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2012.01.26

二〇一二年一月二十六日 木曜日 戦中に屋島神社の近くの太鼓橋が撤去されたわけ?

二〇一二年一月二十六日 木曜日 戦中に屋島神社の近くの太鼓橋が撤去されたわけ? 

 晴れ。

 朝食は、セルフのうどん店で。
 「かけ、小」というと、どんぶりに冷たいうどんが入ったものを渡してくれました。
 「??」
 そのうどんを自分でアミに入れ湯の中でゆでて、また、どんぶりに戻します。
 そして、つぎにあるスープの容器から自分でどんぶりにスープを入れます。
 味は、「うまいいーっ!!」。
 午前中、高松市牟礼町で終戦時にM国民学校の先生だった男性宅に行き、当時のお話を聞かせていただきました。国民学校で講堂で女学生たちが木製飛行機をつくっていたこと、戦中に屋島神社の近くの太鼓橋が撤去されたこと(陸軍屋島秘匿飛行場づくのとの関係か?)。
 昼食はフランスパン一つ。
 午後、ある人の紹介で同じく牟礼町で、終戦時に国民学校二年生だった男性から、お話を聞かせていただきました。戦中、女性たちの竹槍訓練を見ていたこと、M国民学校の講堂の物置に木工の機械が幾つもあったこと、戦後、房前(ふさざき)の壕に入った時のこと。
 午後四時頃から九時まで韓国語の勉強をしました。

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