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2012.01.24

Sunday essay Siyoudoshima and me. 日曜随筆 小豆島と私。

Sunday essay  Siyoudoshima and me.

I talk about  Siyoudoshima and me.
I was in the same poetry circle as Tsuboi Shigeji , a poet.
It is a time I  livied in Nerima-ku in Tokyo.
His hometown was Siyoudoshima.
Although it was a time of war, the government hated his thought, and it threw him into prison repeatedly.
He was a husband of Tuboi Sakae, a novelist.
There are many sad tales in Siyoudoshima island under war.
The army built the base of the Kamikaze boat on this island.
The navy built the base of the Kamikaze submarine.
My wife's father was a captain of the submarine.
During training, he received machine-gun mopping-up of the U.S. Foeces airplane , and got seriously injured.
And he  heard the news of the end of the war  in the sickroom.
I visited the island repeatedly, in order to write his tale.

 小豆島と私のことを話します。
 私は、詩人の壺井繁治(つぼい しげじ)と同じ詩のサークルに入っていました。
 それは、私が東京都の練馬区に住んでいたときのことです。
 彼の、故郷は小豆島でした。
 戦争の時代のことですが、政府は、彼の思想が気に入らないということで、彼を何度も投獄しました。
 彼は、作家の壷井栄の夫でした。
 戦争中の小豆島には悲しい物語がたくさんあります。
 陸軍は、この島に特別攻撃のベニヤ板のボートの基地をつくりました。
 海軍は、特別攻撃用の五人乗りの潜水艦の基地をつくりました。
 私の妻の父は、その潜水艦の艇長でした。
 彼は、訓練中に、アメリカ軍の飛行機の機銃掃射を受け重傷を負いました。
 そして、彼は、終戦を病室で迎えました。
   私は彼の物語を書くために何度も小豆島を訪れました。

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