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2012.03.06

二〇一二年三月五日 月曜日 太宰治さんの『お伽草紙(おとぎぞうし)』の桃太郎書かざるの弁。

二〇一二年三月五日 月曜日 太宰治さんの『お伽草紙(おとぎぞうし)』の桃太郎書かざるの弁。

 雨。

 太宰治さんの作品や、彼の作品を集中的に読み続けてきたというNさんから彼の作品『お伽草紙(おとぎぞうし)』についての評価を聞きました。
 アジア太平洋戦争の時代に戦争賛美を書かなかった彼の姿を象徴する作品だというのです。
 その中の「舌切雀(したきりすずめ)」を読みました。
 彼は、この『お伽草紙』に桃太郎を「私の物語に鋳造し直すつもりでいた」といいます。しかし、その「計画を放棄した」という心の中のいきさつをしるしています。
 行間から読み取れるのは、それをすると、どうしても、侵略戦争、いけいけどんどんのようになってしまうから……ということのようです。
 『お伽草紙』は、新潮文庫でも、このタイトルのものがありますので、読んでみてください。

 彼が、本当に書きたかった桃太郎は、どんなだっただろうかと想像しました。
 以下、私の勝手な想像です。

 りりしい日本の若い兵隊・桃太郎たちは、部下をひきつれ、鬼たちの島に敵前上陸しました。
 桃太郎たちは、逃げ回る鬼たちをばっさばっさと撫で斬りにしました。
 そして、最後に残った十人ほどの鬼たちを取り囲みました。
 そのなかの長老格の鬼が桃太郎たちに向かって訴えました。
 「あなたたちは、なぜ、突然やってきて、こんな殺生をするのですか。私たちは、この島で助けあって仲良く暮らしているだけですのに。ほかの国に迷惑をかけたことは、一度もありません。もしかして、私たちの島にある燃える水(石油のこと)がほしいのですか。それなら、あり余るほどですので十分に差し上げますものを……」
 桃太郎たちは、生き残った鬼たちを檻に入れました。
 そして、燃える水をたくさん船に運び入れさせました。
 燃える水を持って凱旋した桃太郎たちを迎えて国の人々は歓迎の提灯行列をしました。
 日本一の桃太郎の、お話です。

 【参考】 「ウィキペディア」の「お伽草紙」から。

 「(中略) 太宰治が日本の昔話などを題材に執筆した『お伽草紙』という短編小説集がある。1945年刊行。太宰治が第二次世界大戦の中、防空壕の中で子どもに読んで聞かせる「ムカシムカシノオ話ヨ」という絵本を元に練り上た作品。
 日本人の誰もが知って居る民話・御伽話の中に込められた作者独特のユーモア・ウィットに富んだ解釈や語り口調が特徴。大胆で自虐的な空想が日頃の作者の深い人間洞察を反映しており、他のパロディと呼ばれる作品の中でも傑出した作品と言える。」
 「第二次世界大戦下、言論統制の厳しい、文学不毛と呼ばれた時代において、太宰は多くの作品を発表し続けた。『お伽草紙』もそのうちの一つである。」

 この日夜、私は東京から、さぬき市志度に移動しました。

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