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2012.03.08

国民義勇隊から国民義勇戦闘隊へ ⑦ 国民義勇戦闘隊は、どうたたかったか

 実際に国民義勇戦闘隊は、どう組織され、どうたたかったのでしょうか。
 【中央】

 鉄道義勇戦闘隊(7月23日発令、8月1日編成完結)と船舶義勇戦闘隊(8月1日発令、8月5日編成完結)、船舶救難戦闘隊(8月5日発令)ができました(ウィキペディアの「国民義勇隊」)。
 【樺太】
 「(前略)樺太では広く国民義勇戦闘隊が編成され、1945年8月9日のソ連対日参戦により侵攻してきたソ連軍を迎撃するため、正規の陸海軍部隊とともに停戦命令(18日発令)受領まで実戦に参加している。樺太では8月1日に樺太鉄道連合義勇戦闘隊が編成されたのを最初に、8月13日には全地区に対し義勇召集と義勇戦闘隊の編成が発令されており、第88師団の指揮下に編入されて警戒や陣地構築、避難誘導などを行った。恵須取支庁では直接の戦闘任務にも参加し、劣悪な装備状況にもかかわらず善戦している。なお、樺太では、国民義勇戦闘隊以外の民兵組織として在郷軍人などを中心とした地区特設警備隊も編成され、猟銃などで武装のうえ実戦投入されている。」(ウィキペディアの「国民義勇隊」)。
 【福井県】
 一九四五年六月二十二日、国民を戦闘組織に編入するため「義勇兵役法」が制定、公布され、ほとんどの国民を兵役に服させる道が開かれました。翌日に「国民義勇戦闘隊統率令」も制定され、義勇戦闘隊は完全に軍の統率下に組み入れられることとなりました。義勇兵役法実施に関する近畿、東海、北陸地区軍官関係者打合せ会では、義勇戦闘隊の敢闘目標として、最少限「一人一殺」が指示され、訓練が求められました(福井新聞、一九四五年六月三十日付)。しかし、県民の戦意の燃えあがりはほとんどみられませんでした。それは戦局の悪化もさることながら、生活そのものが崩壊に瀕していたことが大きな原因でした。国民義勇隊の編成は「一億玉砕」のスローガンどおり、国民を皆殺しにする国民動員体制の極限の形態でした(ウエブサイト=『福井県史』通史編6 近現代二 第二章 日中戦争から太平洋戦争へ」)。
 【千葉県】
 千葉県では、一九四五年八月四日、田中村国民義勇隊が、より軍事色の強い国民義勇戦闘隊へと組織変更をしています(「柏市富勢地域ふるさと協議会ホームページ」の「みんなの富勢百科47」)。
 【兵庫県】
  国民義勇隊兵役法が施行され全国民が軍事動員されうることになり、尼崎市では七月二十六日、市内を八区十一班に分け、市会議員を中心として各区三~四人の軍事委員が委嘱されました( Web版尼崎地域史事典『apedia』)。
【沖縄県】
 「敗戦直前の七月八日、沖縄師範学校と沖縄県立一中の学徒隊が、東京で文部大臣の表彰を受けている。[沖縄戦で]一二〇〇人以上の学徒隊が死に、沖縄守備軍は壊滅していた。本来の受取人のいない表彰式であった。大田耕三文部大臣は次のように挨拶し、全国に大号令を発している(朝日新聞・一九四五年七月八日付)。
 『今や敵の本土上陸は殆ど必至の情勢にあり已(すで)に義勇兵役法も制定せられ国民義勇戦闘隊も結成せられました。学徒としましては学徒隊を組織し夫々(それぞれ)戦時に緊切なる要務に挺身しつつ愈々(いよいよ)事態が切迫致しまするならば義勇戦闘隊員として最前線に立つべき秋(とき)に当り魁(さきが)けて学徒の本分を竭(つく)し皇国護持の大任に殉じた鉄血勤皇隊、殊に右二校の如きがあります事は全国の教職員および学徒の重大なる覚悟を促すものと謂(い)はねばなりませぬ、全国学徒は愈々(いよいよ)平素の錬成に筋金を入れて醜敵撃滅の一途に邁進(まいしん)するばかりであります』。((ウエブサイト『読谷村史 「戦時記録」上巻 第一章 太平洋戦争』)。

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