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2012.05.31

【アジア太平洋戦争下の高知城】 板垣退助も、山内一豊も…… 銅像がつぎつぎと「出陣」。

 日中戦争のさなかの一九四一年九月一日、武器生産などに必要な金属資源を補うため官民署、職場、家庭の金属類を回収する「金属回収令」が施行されました。同令施行の年の十二月八日、天皇はアジア太平洋戦争を始めました。同令によってさまざまな金属が国家に吸い上げらていきます。

 高知城の銅像も、なくなっていきました。

 一九四三年九月二日、金属回収で供出される高知城公園の板垣退助の銅像の壮行式がおこなわれました。

 つづいて九月十四日、高知市の高知県議会議事堂前の片岡健吉の銅像が金属回収のため供出されました。

 一九四四年一月二十九日、金属回収で供出される県社藤並神社の山内一豊の銅像を壮行する式典がおこなわれました。
 同月十八日付の高知新聞に「一豊公の銅像往く」。「…今回金属非常回収により市追手筋県社藤並神社内に建立されてゐる藩主山内一豊公の銅像も近く米英撃滅のため出征しあの一丈八尺の勇ましい槍[やり]をルーズヴエルトの横腹へ突込むこととなつた」。
 ルーズヴエルトは、アメリカ大統領です。
 同月二十二日付の朝日新聞の高知版には、「颯爽[さっそう]と出陣 一豊公の銅像 金属非常事態に応召[おうしょう]」が載っていました。「高知市丸の内県社藤並神社境内の山内一豊公の銅像も金属回収の呼びかけに応じて率先赤襷[あかだすき]をかけて御用に立つことに決定し近く供出奉告祭を執行の上金属回収工作隊の手によつて撤去される」。
 「応召」というのは召集令状を受け軍務につくために指定地に行くことです。

 同年。高知城公園二ノ丸の山内容堂の銅像も供出されました。

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