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2012.05.03

二〇一二年五月三日 陸軍船舶特別幹部候補生隊。【写真、一枚】

二〇一二年五月三日 陸軍船舶特別幹部候補生隊。

 曇り。

  午前八時半、高知駅発の高速バスで、松山市へ行きました。
 道後温泉駅で妻と別れました。
 僕は、小豆島の陸軍船舶特別幹部候補生隊で訓練し、その後、戦死した人の弟さん・Dさんに、お兄さんの話を聞くためです。

 Dさんのお兄さんのこと。
 大正十五年二月生まれ。ルーツは愛媛県の宇和島です。
 東京に住んでいました。昭和八年三月生まれのDさんも一緒に住んでいました。
 お兄さんは、東京・立川の第二中学校を卒業しました。
 大東亜戦争のさなかです。
 父は、早くに両親をなくし、たたきあげで会社の重役をやっていましたが、はやくから「この戦争は勝てん」と、いっていました。
 アメリカの工業力を知っていたんですね。
 「兵隊になるだけが国にご奉公じゃないぞ。技術を高めるのも立派な、ご奉公だ」とも、いっていました。
 お兄さんは勝てないことを承知していました。「アメリカ軍に対抗できるのはドイツ軍しかいないんじゃないか」と、いっていました。
 陸軍船舶特別幹部候補生隊の募集があり、そのお兄さんが志願して合格しました。
 入隊は昭和十九年四月か五月です。
 一期生です。
 小豆島にいました。
 その後、台湾からはがきが一通来ました。
 そして、戦死の公報が来ました。
 昭和二十年八月一日、フィリピンのラモン湾(ルソン島のマニラの東海岸)で戦死というものです。
 一期生の三千人うち十一人しか生き残らなかったのですが、生き残った戦友は、戦死したのは八月十一日、ラモン湾でだといっています。
 一方で、部隊長は、陸上に配置換えになって、七月末、どっかで戦死したといっています。

 Dさんに近くの湯築城(ゆづきじょう)跡を案内していたただきました。

Photo_6

 いまは夜。
 僕は二階の書斎のパソコンで韓国映画「イルマーレ」に見入っています。
 三毛猫が近くで寝入っています。
 妻は一回の大きなデスクに向かって何やらやっていることでしょう。
 一緒に住んでいるのですが、それぞれが別の世界。

 「イルマーレ」の、セリフから。

  「私の会いたい人は、みんな遠くにいるわ」

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