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2012.06.17

【石に刻まれた高知の戦争】 愛媛の安藤正楽さんの「忠君愛国の四字を滅するにあり」。 

 このタイトルのテーマで調査をはじめた動機の一つは、戦争の時代の高知に「侵略戦争反対」の思いを刻んだ石碑があるのではないか、そのことを知りたいと思ったからです。
 いまのところ出合っていません。
 もし、ごぞんじでしたら教えていただけませんでしょうか。

 展示の準備のために仲間と平和資料館・草の家の資料を整理していたら安藤正楽(あんどうせいがく。一八六六年十一月十五日~一九五三年七月二十四日)さんの「日露戦争従軍記念碑」の拓本が出てきました。
 この名前は、うっすらと知っていました。
 明治時代の非戦論者です。
 一九〇一年、正楽さんは、「徴兵検査場に立会しける時詠みける歌」、八首を詠みます(山上次郎さんの著書『非戦論者 安藤正楽の生涯』)。

 身を挺し国に尽くせと王はのるよ嗚呼[ああ]人を殺しにわれは来つるか
 肉は飛び血ほとばしりてんその時し今日をうらみの人は知りてん
 人の世に男の子となりて生まれこし益荒男[ますらお]よ国は汝が血を徴す
 …………

 一九〇三年、愛媛県議に当選。一九〇七年、軍事優先主義を採る県を批判する反軍演説をおこないました。
 正楽さんの、この石碑は、愛媛県四国中央市の土居町藤原の八坂神社にあるものです。
 「日露戦争から凱旋[がいせん]した藤原の軍人諸氏が予[よ]に其[その]紀念碑の文を請はれた 其人達は越智大吉 越智和田一 越智大三郎 大田亀太郎 大田六助 大田梅三郎 大田春市 大原福太郎 加地幾平 加地弥五郎 加地市太郎 加地定吉 加地浅太郎 加地与吉 高石菊太 高石小三郎 高石市郎 高橋庄作 村上鬼子松 村上佳吉 村上嘉市 村上梅吉 松岡源太 藤田兼太郎 近藤勇吉 近藤保太郎 近藤巻助 安部武平 安部梅太郎 安部福助 青木安吉 岸鶴市 三木鹿太郎 三木久吉 三木鶴吉 三木頼助 三木万吉の三十七氏で八人は負傷し 外近藤嶺吉 高石音吉の二氏は討死されたのである鳴呼[ああ]此[この]部落僅に百七十戸それに此数多の人が出て征ったか 今更[いまさら]当時を回想し戦慄せさるを得ぬ 由来戦争の非は世界の公論であるのに 事実は之[これ]に反し戦は亦明日にも始まるのである 吁之を如何すればよいか 他なし 世界人類の為に忠君愛国の四字を滅するにありと予は思ふ 諸氏は抑此役に於て如何の感を得て帰ったのであらふ

  明治四十年三月

    安藤正楽題選書」

 大日本帝国とロシア帝国の戦争、日露戦争は、一九〇四年、〇五年、満州南部、朝鮮半島沿岸、樺太を戦場にたたかわれたものでした。
 この碑がつくられたのは、一九〇七年です。
 碑文の最大のポイントは「世界人類の為[ため]に忠君愛国の四字を滅するにありと予は思ふ」ではないでしょうか。
 同年三月、正楽さんは、この「世界人類の為[ため]に忠君愛国の四字を滅するにありと予は思ふ」などと書いたため、警察に逮捕され、翌年まで拘置されました。
 また、記念碑の撰文も逮捕と同時に、警察よって削り取られました。
 しかし、もともとの碑文の拓本が、平和資料館・草の家に残っています。
 天皇政府の圧迫のなか、この正楽も、残念ながら一九四一年ころからは、軍部批判を止め戦争協力へと進むようになりました。

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