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2012.06.17

【ニュース】 「国旗と国歌について村長の認識は」 六月議会での長野県中川村長の答弁の「すごさ」。

 長野県上伊那郡中川村のページから。
 曽我逸郎村長の書いた記事です。

  http://www.vill.nakagawa.nagano.jp/index.php?f=hp&ci=10685&i=11049

 村議会6月定例会 「国旗と国歌について村長の認識は」との一般質問を頂きました。

 中川村議会6月定例会で、高橋昭夫議員から、「国旗と国歌について村長の認識は」という一般質問を頂いた。
 一問一答方式のため、受け答えはやりとりの流れに応じた“アドリブ”になっていき、正確に再現することは難しいので、頂いた通告と私の答弁原稿を以下に掲載する。

 <一般質問通告>
 小・中学校の入学式や、卒業式の席で、村長は(壇上に上る際、降りる際に)国旗に礼をされていないように思います。このことについて村長のお考えをお聞きしたい。
 <答弁原稿>
 たいへんありがたい質問を頂戴しました。ご質問の件については、村民の皆さん方の中にも、いろいろ想像して様々に解釈しておられる方がおられるかもしれません。説明するよい機会を与えていただきました。感謝申し上げます。
 私は、日本を誇りにできる国、自慢できる国にしたいと熱望しています。日本人だけではなく、世界中の人々から尊敬され、愛される国になって欲しい。
 それはどのような国かというと、国民を大切にし、日本と外国の自然や文化を大切にし、外国の人々に対しても、貧困や搾取や抑圧や戦争や災害や病気などで苦しまないで済むように、できる限りの努力をする国です。海外の紛争・戦争に関しても、積極的に仲立ちをして、平和の維持・構築のために働く。災害への支援にも取り組む。
 たとえて言えば、日の丸が、赤十字や赤新月とならぶ、赤日輪とでもいうようなイメージになれば、と思います。
 世界中の人々から敬愛され信頼される国となることが、安全保障にも繋がります。
 これは、私一人の個人的見解ではなく、既に55年以上も前から、日本国憲法の前文に明確に謳われています。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 そして、憲法前文は、次のような言葉で締めくくられています。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。

 しかし、現状はまったく程遠いと言わざるを得ません。日本国は、名誉にかけて達成すると誓った理想と目的を、本気で目指したことが、一度でもあったのでしょうか。
 東京電力福島第一原発による災害では、国土も、世界に繋がる海も汚染させました。たくさんの子ども達が、かつての基準なら考えられない高汚染地域に放置されています。そしてまた、安全基準も確立しないまま、目先の経済を優先して、大飯原発の再稼動を急いでいます。放射性廃棄物をモンゴルに捨てようとしたり、原発の海外輸出まで模索しています。
 明治になって日本に組み入れられた琉球は、抑止力のためという本土の勝手な理屈で多くの米軍基地を押し付けられ、さらにまた美しい海岸をつぶして新たな米軍基地を造ろうとする動きがあります。イラク戦争に協力し、劣化ウラン弾で子どもたちが苦しめらることにも、日本は加担しました。兵器輸出の緩和さえ模索しています。
 他にも、福祉を削り落として、貧困を自己責任に転嫁するなど、言い出せばきりがありません。ともかく今の日本は、誇りにできる状態から程遠いと言わざるを得ません。
 しかしながら、誇りにできる状態にないから、国旗に一礼をしない、ということではありません。完璧な理想国家はあり得ないでしょう。しかし、理想を目指すことはできる。しかし、そのそぶりさえ日本にはない。それが問題です。
 もっと問題なのは、名誉にかけて誓った理想を足蹴にして気にもしない今の日本を、一部の人たちが、褒め称え全面的に肯定させようとしている点です。この人たちは、国旗や国歌に対する一定の態度を声高に要求し、人々をそれに従わせる空気を作り出そうとしています。
 声高に主張され、人々を従わせようとする空気に従うことこそが、日本の国の足を引っ張り、誇れる国から遠ざける元凶だと思います。
 人々を従わせようとする空気に抵抗することによって、日本という国はどうあるべきか、ひとりひとりが考えを表明し、自由に議論しあえる空気が生まれ、それによって日本は良い方向に動き出すことができるようになります。
 人々に同じ空気を強制して現状のままの日本を肯定させようとする風潮に対して、風穴を開け、誰もが考えを自由に表明しあい、あるべき日本、目指すべき日本を皆で模索しあうことによって、誇りにできる日本、世界から敬愛され信頼される日本が築かれる。日本を誇りにできる国、世界から敬愛される国にするために、頭ごなしに押しつけ型にはめようとする風潮があるうちは、国旗への一礼はなるべく控えようと考えております。
 <以上、初回答弁の原稿>

 <一問一答のやりとりの最後(要旨)>
Q:村長は子供たちが国旗に礼をしないようになる方がいいと考えているのか?
A:教育内容について行政から口を挟むことは控えるべきだと考える。なにをどう教えるかは、教育委員会の管轄である。国旗に対して、どういう態度を取るべき、とか、取るべきでない、とか、これまでも申し上げたことはないし、今後も申し上げるつもりはない。

 <新聞記者(信濃毎日新聞、長野日報)との取材でのやりとりの最後(要旨)>
Q:子どもたちには、どうあって欲しいと思っているのか?
A:いろいろな人がいて、いろいろな考え方があるのだな、と感じてもらえれば嬉しい。その上で、自分はどう考えるのか、じっくり検討して欲しい。こういう態度を取らねばならないと、ただひとつの形しか提示しないのは問題。型にはめようとするのはよくない。「まぁ、この場は空気を読んでこう振る舞うのが大人だし…」というような対応を積み重ねた結果、曾て、場の空気に絡め取られ戦争に向けて後戻りできない状況に陥り、後悔したのではなかったか。どういうものであれ、自分の感じ方、思いを気安く表明できる「空気」を創っていくことが大事。それによって、互いに議論が深まり、理想の日本、あるべき日本、目指すべき日本が模索され、その結果が皆に共有されていけば嬉しい。

 2012年6月12日 曽我逸郎

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