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2012.07.29

二〇一二年七月二十九日 日曜日 ワオーッ、宿毛市の沖の島。【写真、岩礁の釣り師たち】

二〇一二年七月二十九日 日曜日 ワオーッ、宿毛市の沖の島。

 晴れ。

 午前八時半、宿毛市の港に約二十人が集合。宿毛市、四万十市、高知市の人が参加する沖の島ツアーです。

 沖の島の人口は二〇〇六年現在二百八十三人。いたる所に斜地が見られ平地は少ない。母島地区と弘瀬地区を中心に大小五つの集落より形成されています。
 今回行くのは広瀬地区です。

 船では、外の後部に乗り込みました。写真を撮影するためです。
 船からアジア太平洋戦争中の特攻関係の壕のようなもの、自衛隊の艦船や美しい風景を見ました。

 沖の島に着きました。
 自由時間がいっぱい。
 ・神社に行きました。ここにも忠魂碑が……。
 ・高知短期大学専攻科のリポートのための買い物調査をしました。
 ・昼飯は焼き肉をお呼ばれしました。
 ・山口県から四万十市へきている小学校一年生の女の子、五年生の男の子が泳いでいるというので、僕もドッボーン。「海中トランポリン」を楽しみました。へその所まで飛び上がれるようになりました。
 ・荒木初子さんの生家に行きました。

 帰りの船では「屋上」に乗りました。
 イルカを見ました。
 釣り人二人を岩礁に降ろすのを見ました。

Photo

 四万十市に帰る女性の車に便乗させていただいてJR中村駅へ。

  高知市の井上書店に寄って槇村浩関連の本を三冊ゲット。

 妻は、今夜も実家泊。
 東京の娘たちは、夫かたのツアーに参加したのち高知に来るとのこと。

 【参考】

 ウィキペディア

 荒木初子(1917年 - 1998年)(保健婦)
 弘瀬出身。沖の島(鵜来島兼任)の駐在保健婦として長年にわたり活躍し、地域の保険衛生環境の改善・向上に多大な貢献をした。第一回吉川英治賞を受賞しその半生は小説(「沖ノ島」よ 私の愛と献身を)を経て映画化された(孤島の太陽)。自宅は弘瀬地区に現存する。

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