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2012.07.22

二〇一二年七月二十二日 日曜日 戦死した池本清一郎さんのこと。

二〇一二年七月二十二日 日曜日 戦死した野市の池本清一郎さんのこと。

 宿毛市の男性から忠霊塔についての問い合わせの電話がありました。

 高知県の野市出身の池本清一郎さんのことを調べ始めました。
 アジア太平洋戦争で戦死した人で、いくつもの油絵を残しています。

 高知市内の原子力発電所ノーの集会に参加。
 知り合いの大学の先生たちも参加していました。
 「ひさしぶりに」会った妻に、〝私たちの集団の写真を撮影しなさい〟と指示されました。

 いま、ある新聞に連載中の「石に刻まれた高知の戦争」、二十回までやらせていたただけることになりました。いまは七回目が掲載されたところです。

 池本清一郎さんについて高知県立図書館で資料を探しました。
 平和資料館・草の家研究員のFさんが来ていました。
 近くで研修中だけど昼休みに……ということでした。
 近く放送される民放のテレビ番組に出演するとのことでした。
 横に座っていた女性が話しかけてきました。
 名刺を渡すと「高知城の(戦争中の)壕のことを調べている。あの藤原さんですか」

 高知短期大学存続運動のためのつどいに参加しました。

 私の感じではキャッチフレーズは「高知には やっぱり必要 夜の二年制大学」という感じですね。

 参加者の一人、GEさんが「ほかにも高知城の壕を知っている。土木用の印をつけるものを持ってきたら、そこにいって説明します」。
 
 終わってから「印をつけるもの」を買いに行きました。

 帰宅。
 槇村浩についてのデータについてメールが着いていました。
 未知の人でした。 
 ありがとうございます。

 友人SAさんたちの演奏会でチケットも買っていたのに行けませんでした。

 残念。ごめんなさい。

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