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2012.08.23

一九一五年三月、日本軍が南洋のチューク諸島を占領。くわしく知りたい。

 一九一五年(大正四年)三月、日本軍が南洋のチューク諸島を占領したということを、きょう知りました。
 チューク諸島は、ウエノ島(春島)、トノアス島(夏島)、ウドット島(月曜島)、トル島(水曜島)などからなります。かつてはトラック諸島と呼ばれていました。いまは、ミクロネシア連邦のチューク州の州都。
 大日本帝国が南洋庁をつくったのは一九二二年です。
 これは、ヴェルサイユ条約によって日本の委任統治領となった南洋群島(内南洋)に設置された施政機関で、所在地はパラオ諸島のコロール島。その下に支庁が置かれました。
 発足時には六つの支庁が置かれました。
 サイパン支庁:サイパン島、テニアン島、ロタ島
 ヤップ支庁:ヤップ島
 パラオ支庁:バベルダオブ島、アンガウル島
 トラック支庁:春島、夏島、水曜島
 ポナペ支庁:ポナペ島、クサイ島
 ヤルート支庁:ヤルート島

 チューク諸島の占領は、南洋庁が置かれる前のことです。
 占領の実際、理由などを知りたいと思っています。
 一九四一年に入るとチューク諸島の武装化に拍車がかかります。
 竹島飛行場は陸上攻撃機の離着陸が可能なように拡大整備されました。
 夏島には水上機基地が設けられました。
 島々の各所には要塞砲が設置され、三万トンの重油保管タンク、四千トンの航空燃料保管タンクの設置も進められました。

 僕が行ったことのあるのはテニアン島だけです。

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