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2012.08.31

橋下大阪市長の日本軍従軍慰安婦問題をめぐる暴言 【資料集】

2012831() しんぶん赤旗

 「慰安婦」否定暴言 撤回を 党大阪市議団橋下市長に申し入れ 「不見識極まる」

 

 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-31/2012083104_02_1.html

 旧日本軍「慰安婦」をめぐり、強制はなかったとする橋下徹大阪市長の暴言に対し、日本共産党大阪市議団は30日、「不見識極まる」と発言を撤回するよう申し入れました。

 橋下市長は「軍に暴力や脅迫をうけて連れてこられたという証拠はない。あったというなら韓国に出してもらいたい」「(慰安婦制度が)当時の時代においてどういうものだったか議論しなきゃいけない」と強弁し、国内外から厳しい批判が寄せられています。

 「慰安婦」問題をめぐっては1993年、旧日本軍の関与と強制性を認め、「おわびと反省」を表明した河野洋平官房長官談話が出され、98年には国連で、「慰安婦」は事実上の奴隷であり、「当時ですら、奴隷制を禁じた習慣的国際法に違反する」との報告書が採択されています。

 申し入れは、これらを指摘するとともに、2010年10月に市議会で「慰安婦問題の真相究明を行い、被害者の尊厳回復」へ「誠実に対応」するよう国に求める決議が採択されていると紹介。国内外の到達を否定し、旧日本軍の犯罪行為を免罪し、人間としての名誉と尊厳を著しく傷つけられた被害者の心を踏みにじり、「市長として不見識極まる」と批判しています。

 北山良三団長、山中智子幹事長、井上浩政調会長が訪れ、「近隣諸国との関係を悪化させ、議会決議にも反する」と強調。秘書部長が応対し、「市長に伝える」と答えました。

 2012828() しんぶん赤旗

 橋下氏 「慰安婦」強制否定発言 証言の被害者冒とく 国際的に通用しない

  http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-28/2012082804_01_1.html

 「従軍慰安婦強制の事実に確たる証拠はない」「証人が何百人出てきても信用性に足りるかどうかが問題だ」。日本軍「慰安婦」問題で橋下徹大阪市長がタガの外れた発言をして以降、「慰安婦」問題で旧日本軍の強制を否定する暴言が相次いでいます。

 石原慎太郎都知事が「強制ではない」(24日)と暴言を吐いたのに続き、松原仁国家公安委員長は旧日本軍の関与を認めた1993年の河野洋平官房長官談話を閣僚間で議論すると答弁しました(27日)。いずれも、被害者を含む国際社会の前ではとうてい通用しない暴論です。

 旧日本軍による「慰安婦」問題とは軍がつくった慰安所で女性を拘束し、軍人らの性行為の相手を強いた問題です。女性を人間として扱わず、人権を著しく侵害した犯罪行為として、国連人権委員会や国際労働機関などから日本政府に対し、加害者の訴追、謝罪と補償などを求める勧告が何度も出されています。

 政府も認めた

 政府も93年の河野長官談話で慰安所が「当時の軍当局の要請により設営された」ものであり「慰安婦」の生活は「強制的な状況の下での痛ましいものであった」「その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」と認めています。

 ところが橋下氏は、同談話の発表までに政府が発見した資料の中には「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とした安倍晋三政権時代の答弁書(2007年3月16日)を根拠に「談話の見直しに入るべき」だと主張しています。

 しかし、軍や官憲による直接の強制連行であれ、軍の要請を受けた業者がだまして連れて行ったのであれ、女性たちが軍の「慰安所」に閉じ込められ、一日に何回も兵士たちの相手を強いられたという事実は変わりません。「強制連行」したかどうかだけに問題を矮小(わいしょう)化する橋下氏らの主張は、日本政府の責任を認めない卑劣な議論であり、すでに破綻ずみです。

 しかも、橋下氏があげた07年の答弁書こそ、当時、安倍首相の「慰安婦」問題での強制性を否定する発言に続いて国際社会の怒りの火に油を注いだ答弁書でした。

 当時、強制を否定した安倍首相らの態度に、シーファー駐日米大使は「(米国内に)破滅的影響を及ぼす」と警告。韓国での抗議行動も当然強まり、元「慰安婦」は「私が生きた証人だ」と訴えました。

 謝罪求め決議

 07年4月、国際的な批判に追い込まれた安倍首相は訪米先の議会指導部との会談で「元慰安婦の方々に申し訳ない気持ちでいっぱい」と表明せざるをえなくなり、会談したブッシュ大統領は河野長官談話の継承を前提に「首相の謝罪を受け入れる」と述べました。7月には米下院議会が、日本政府に日本軍が女性たちに「性奴隷」化を強制した事実を承認し、謝罪を求める決議を全会一致で採択。その後、オランダやカナダなども続くという事態に発展します。

 安倍首相自身、任期中、「河野談話を継承している」と繰り返さざるをえなかったのであり、問題の答弁書でも談話「継承」の建前は崩していません。

 河野長官談話で強制を認めたのは「強制的な連行があったとする証言集等も存在し、当時の政府で、各種証言集の記述、韓国での聞き取り調査(の結果)を含め総合的に判断した結果」(8月23日、玄葉光一郎外相の答弁)です。軍や官憲が直接かかわった強制連行の証言はその後も相次いでいます。

 橋下氏は軍の要請を受けた業者が女性をだまして連れてきたケースについても、「民間の問題」「風俗業は今でも世界各国に存在する」「軍が関与していたのは衛生管理上の問題からだ」(24日)などと吹聴しています。

 一連の暴言は、暴虐の限りを尽くされた犠牲者たち、今も証言を続けるハルモニへの冒とくにほかなりません。使い古された「靖国」派の妄言以上の証拠を出すべきなのは橋下氏自身です。 (藤原直)

 「2007年の閣議決定」はいずれも「河野談話」の継承を明示している――「河野談話」の意義を低める橋下市長発言(8月24日)の誤りを正す

 このタイトルの文章が石川康弘さんのサイトに載っています。

 http://nanumu.blog59.fc2.com/blog-entry-282.html

 結論は、以下のようなことです。
 「8月24日の記者会見における橋下市長の発言は、「2007年の閣議決定」が「慰安婦」の強制連行を否定する内容を含むかのように述べ、それを理由に「河野談話」の意義を低め、あるいは否定しようとするものだった。しかし、そこで根拠とされた「2007年の閣議決定」に対する市長の認識は、まるで誤ったものである。」
 以下、引用させていたただきます。

 (1)

 8月24日朝の「囲み取材」で、橋下市長は「慰安婦」問題について、あらためて自説を展開した。ただし「慰安婦」問題をめぐる歴史に対しては、これといって新しい論点が示されたわけではない。むしろ、安倍晋三氏をはじめ様々な論者によって、長く、語られてきた事柄の繰り返しに終始しているといっていい。
 そうした議論への基本的な批判は、「『慰安婦』問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会」による「橋下市長の『慰安婦』問題での発言(8月21日)に対する抗議文」ですでに明らかにしておいた(
http://nanumu.blog59.fc2.com/blog-entry-278.html)。これはもちろん市長にも届けさせていただいている。
 上の「抗議文」は次の文章で締めくくられた。
 「日本の政治家の責務として、橋下市長には『慰安婦』問題の歴史と関連する戦後政治史の事実、さらには戦時性暴力の克服をめざす現代国際社会の努力を、広く、しっかり学んでいただくことを要望するものです」。

 (2)

 その上で、ここで追加してとりあげたいのは、市長が、24日に次のように語ったことである。
 「河野談話でいろんな表現はあるけれども、しかし2007年に強制連行を示す、それを裏付けるような、直接示すような記述、直接のその証拠はなかったということを2007年の安倍内閣のときに閣議決定はされているわけです。そうであれば、河野談話の中身をもう一度、しっかり疑義がないように、内容を見直すのか、それとも2007年の閣議決定が間違っていたか。どちらかですよ。
 で、僕はやっぱり2007年の閣議決定というのは、河野談話を出した以降、それは日本政府がそういう閣議決定をする以上はやっぱりそれは責任をもってやっていると思いますよ。河野談話は閣議決定されていませんよ。それは河野談話は、談話なんですから。
 だから、日本政府が、日本の内閣が正式に決定したのは、この2007年の閣議決定だった安倍内閣のときの閣議決定であって、この閣議決定は慰安婦の強制連行の事実は、直接裏付けられていないという閣議決定が日本政府の決定です。」
 ごらんのように市長は、➀強制連行を裏付ける直接の記述・証拠はないということが、2007年に閣議決定されており、➁それは河野談話を「見直す」か、閣議決定が「間違って」いるかの「どちらか」という二者択一の内容をもつものであり、➂「談話」より閣議「決定」は上位に立つのだから、その「2007年の閣議決定」こそが「日本政府の決定」なのだと述べている。
 結果として、これは日本政府に対する重要な告発にもなっている。「慰安婦」問題についての政府見解をまとめた外務省のサイトは、「2007年の閣議決定」については一言もふれず、「河野談話」やそれに先立つ「加藤談話」を掲載しつづけているからである(
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/index.html)。
 もし市長がいうように、「2007年の閣議決定」が「河野談話」と両立しえないものであり、しかも前者が「日本政府の決定」だというのが事実であれば、日本政府は2007年から今日までの5年間、日本政府の見解の重要な転換を、世界に隠し続けてきたことになる。
 同サイトに外務省が掲げた最新の文書は、2011年8月の「慰安婦問題に対する日本政府のこれまでの施策」(
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/ianfu.html)だが、それは次のように述べている。
 「平成5年(1993年)の調査結果発表の際に表明した河野洋平官房長官談話において,この問題は当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるとして,心からのお詫びと反省の気持ちを表明し,以後,日本政府は機会あるごとに元慰安婦の方々に対し,心からのお詫びと反省の気持ちを表明している。」
 これが事実を隠すための文章であれば、それは重大な国際問題となる。
 ただし、それは、橋下市長の上の議論が正しいとすればの議論である。

 (3)

 以下では、この事実関係を確かめたい。行うべきは「2007年の閣議決定」の調査である。
 首相官邸には「閣議案件」をまとめたサイトがある (
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/index.html)。そこで「閣議案件のバックナンバー」(http://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/kakugi-bk.html)のページを開けば、「平成19年1月9日」から「平成19年12月28日」までの105回の閣議案件が確かめられる。
 105回の案件一覧をすべて開いて検索したところ、案件のタイトルに「慰安婦」の文字が含まれたのは、次の9件だけであった。
 ➀平成190316()「衆議院議員辻元清美(社民)提出安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問に対する答弁書について」
 ➁平成190420()「衆議院議員辻元清美(社民)提出安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する再質問に対する答弁書について」
 ➂平成190420()「衆議院議員辻元清美(社民)提出安倍首相の「慰安婦」問題についての発言の「真意」に関する質問に対する答弁書について」
 ④平成190605()「衆議院議員辻元清美(社民)提出安倍首相の「慰安婦」問題についての発言に関する質問に対する答弁書について」
 ⑤平成190605()「衆議院議員辻元清美(社民)提出バタビア臨時軍法会議の証拠資料と安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問に対する答弁書について」
 ⑥平成190605()「衆議院議員辻元清美(社民)提出極東国際軍事裁判の証拠資料と安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問に対する答弁書について」
 ⑦平成190706()「衆議院議員鈴木宗男(無)提出米下院外交委員会で可決された従軍慰安婦問題への決議案に対する日本政府の対応に関する質問に対する答弁書について」
 ⑧平成190815(水「衆議院議員辻元清美(社民)提出「慰安婦問題」についての米下院決議と安倍首相の謝罪に関する質問に対する答弁書について」
 ⑨平成191109()「衆議院議員辻元清美(社民)提出福田首相の慰安婦問題についての認識に関する質問に対する答弁書について」
 ご覧のように、以上はいずれも衆議院議員からの質問に対する「答弁書」の確認である。
 この「答弁書」と事前に衆議院議員から提出された「質問趣意書」については、衆議院のサイトに全文が公開されている (
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_shitsumon.htm)。それを読めば、上記➀~⑨のすなわち「慰安婦」を案件名にふくむ「2007年の閣議決定」のすべてを確かめることができるというわけである。

 (4)

 以下、1件ずつ内容を確かめたい。確認すべき論点は、a)「強制連行」に対する認識、b)「河野談話」に対する認識の2点にしぼりこむ。
 ➀について(2007316日)
 答弁書はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識
 「お尋ねは、『強制性』の定義に関連するものであるが、慰安婦問題については、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、同月四日の内閣官房長官談話(以下「官房長官談話」という。)のとおりとなったものである。また、同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。
 調査結果の詳細については、「いわゆる従軍慰安婦問題について」(平成五年八月四日内閣官房内閣外政審議室)において既に公表しているところである・・・」。

 b)「河野談話」に対する認識
 「三の1について-官房長官談話は、閣議決定はされていないが、歴代の内閣が継承しているものである」「三の2について-政府の基本的立場は、官房長官談話を継承しているというものであり、その内容を閣議決定することは考えていない」「三の3について-御指摘の件については、官房長官談話においてお詫びと反省の気持ちを申し上げているとおりである」。
 ※b)に登場する「三の1」などは質問の項目である。念のために、以下に「三の1」から「三の3」までの質問を全文書き写しておく。「三 《「河野官房長官談話」の閣議決定》について」「1 『河野官房長官談話』が閣議決定されていないのは事実か。事実であるなら、どのような扱いなのか」「2 安倍首相は、『河野官房長官談話』を継承すると発言している以上、『河野官房長官談話』を閣議決定する意思はあるか。ないのであれば、その理由を明らかにされたい」「3 政府は『慰安婦』問題について『すでに謝罪済み』という立場をとっているが、いつの、どの文書や談話をもって謝罪しているという認識か。すべて示されたい」。
 a)を読むにあたり確認しておきたいのは、「河野談話」や談話のための調査の経過と概要を記した「いわゆる従軍慰安婦問題について」は、「強制連行を直接示すような記述」を根拠に事柄への判断を下したとはどこにも書いていないということである。この点について「河野談話」の内容を導く調査の経過と内容について「いわゆる従軍慰安婦問題について」(
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/pdfs/im_050804.pdf)は次のように述べている。
 「政府は、平成3年12月より、関係資料の調査を進めるかたわら、元軍人等関係者から幅広く聞き取り調査を行うとともに、去る7月26日から30日までの5日間、韓国ソウルにおいて、太平洋戦争犠牲者遺族会の協力も得て元従軍慰安婦の人たちから当時の状況を詳細に聴取した。また、調査の過程において、米国に担当者を派遣し、米国の公文書につき調査した他、沖縄においても、現地調査を行った。調査の具体的な態様は以下の通りであり、調査の結果発見された資料の概要は別添の通りである」。
 また「上記の資料調査及び関係者からの聞き取りの結果、並びに参考にした各種資料を総合的に分析、検討した結果、以下の点が明らかになった」として、「慰安婦の募集」について次のように述べている。
 「慰安婦の募集については、軍当局の要請を受けた経営者の依頼により斡旋業者らがこれに当たることが多かったが、その場合も戦争の拡大とともにその人員の確保の必要性が高まり、そのような状況の下で、業者らが或いは甘言を弄し、或いは畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースが数多く、更に、官憲等が直接これに加担する等のケースもみられた」。
 以上のように「河野談話」は、政府諸機関の文書資料だけでなく、「元軍人等関係者」や「元従軍慰安婦の人たち」からの聞き取り、米国公文書の調査、沖縄の現地調査など行い、さらに各種の参考資料にもあたった上での「総合的」な判断にもとづいたものである。
 この点を了解した上で、a)を読むならば、「河野談話」発表の日までに「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」ことが、仮に事実であったとしても、それだけで「河野談話」の内容を覆す意味をもつわけでないことは明らかである。
 くわえてb)を見るならば、質問「三の2」に対して政府(安倍内閣)は「河野談話」の閣議決定をしりぞけながらも、同時に「政府の基本的立場は、官房長官談話を継承している」と述べている。
 a)で「河野談話」を否定し、b)で「河野談話」を継承するという自己撞着に陥っているのでなければ、この「答弁書」は、a)をあえて書き込みはしたが、それ理由に「河野談話」を否定しようとしたものでないと理解する他ない。
 ➁について(2007420日)
 「答弁書」はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識-(直接の言及なし)。
 ※ただし、A・「極東軍事裁判所の判決の中国の項に『女工』の名目で『募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した』とあるがこれを認めるか、B・オランダ政府公文書「旧オランダ領東インドにおけるオランダ人女性に対する強制売春」に含まれた「スマラン事件」についてのバタビア臨時軍法会議の判決(抑留所の女性を暴力的に慰安所に移したとして日本人担当者は死刑)を認めるかとの「質問」に、「我が国は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号。以下「平和条約」という。)第十一条により、同裁判を受諾しており、国と国との関係において、同裁判について異議を述べる立場にはない」「我が国は、平和条約第十一条により、連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾しており、国と国との関係において、同裁判について異議を述べる立場にはない」と繰り返し、「強制連行」の認定をふくむ2つの判決を承認している。
 b)「河野談話」に対する認識
 「オランダ出身の慰安婦を含め、慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりである」「我が方在オランダ大使より、オランダ外相に対し、慰安婦問題に関する日本政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話を継承するものであること、また、安倍総理は、元慰安婦の方々が極めて苦しい状況に置かれ、辛酸をなめられたことにつき、心から同情し、おわびする旨明確に述べていること等を説明した」。
 以上である。a)が、強制連行の認定にもとづく判決に「国と国との関係において」「異議を述べる立場にない」というのが日本政府の態度だとしていることは重要ある。
 先の316日の「答弁書」➀は、「調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」と書いていたが、では、その「政府が発見した資料」に、このように政府として「受諾」済である裁判資料は含まれていたのか、いなかったのか。そういう問いが、そこから立つ。
 「裁判について異議を述べる立場にはない」のであるから、そこに含まれた証拠書類についても「異議を述べる立場にはない」。これが常識的な判断だろう。そうであれば、先の「政府が発見した資料」は、これらの裁判資料を除外したものだということになる。
 ➂について(2007420日)
 「答弁書」はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識
 「二の1及び2について-平成五年八月四日の内閣官房長官談話は、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、当該談話の内容となったものであり、強制性に関する政府の基本的立場は、当該談話のとおりである」。
 b)「河野談話」に対する認識
 「一の3について-政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話の内容全体を継承しているというものである」。
 ※質問「一の3」は「『当初、定義されていた強制性を裏付けるものはなかった。その証拠はなかったのは事実ではないかと思う。』という三月一日の安倍首相の発言は、河野官房長官談話のどの箇所を踏襲したものか。安倍首相の真意を示されたい」というものである。
 質問「二の1」は「安倍首相のいう『狭義の強制性』とは、どのような定義によるものか。『家に乗り込んでいって強引に連れていった』以外にどのようなケースがあるのか。具体的に示されたい」であり、また質問「二の2」は「安倍首相のいう『狭義の強制性』以外は、すべて『広義の強制性』になるのか。安倍首相の見解を示されたい」である。
 a)は「強制性に関する政府の基本的立場は、当該談話のとおりである」と述べており、これは強制連行の有無をめぐる「閣議決定」としてきわめて重要なものである。質問は「強制性」一般についてではなく、「慰安婦」の連行の「強制性」を問うていた。その「強制性」について、安倍内閣は「政府の基本的立場」は「河野談話」の「とおりである」と明言したのである。
 ここにいたって橋下市長が語った「河野談話」と対立する「2007年の閣議決定」の存在は、かなり危ういものとなってくる。ここで結論をあわてる必要はない。最終の結論は、当然のことながら、関連情報のすべてをしっかり確かめてから、厳密に下すことにしたい。
 ④について(200765日)
 「答弁書」はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識-(直接の言及はない)。
 ※ただし、現地時間4月27日のブッシュ大統領との「記者会見において、安倍内閣総理大臣は、日本語で、慰安婦の問題について昨日、議会においてもお話をした、自分は、辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情するとともに、そうした極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ないという気持ちでいっぱいである、二十世紀は人権侵害の多かった世紀であり、二十一世紀が人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、日本としても貢献したいと考えている、と述べた」とある。
 b)「河野談話」に対する認識
 「いずれにせよ、御指摘の安倍内閣総理大臣の発言は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話に沿ったものである」「慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりである」。
 b)で「河野談話」が「政府の基本的立場」だと繰り返しながら、a)の※印部分のように「元慰安婦の方々に」「申し訳ない」と謝罪しているのであるから、それは「河野談話」が認めており、安倍内閣も「答弁書」➂で認めた「強制性」の承認とその上にたった「お詫びと反省」(河野談話)に「沿ったもの」だと理解する他にない。
 ⑤について(200765日)
 「答弁書」はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識-(直接の言及はない)。
 ※ただし、「マゲラン事件」についてのオランダ・バタビア臨時軍法会議書類番号23126(この書類はオランダ政府戦争犯罪調査局が作成したもので、バタビア臨時軍法会議に証拠資料として提出され、採用されたものとされる)が、少女たちの強制連行に関する証言を記録していることを問われて、「答弁書」は「連合国戦争犯罪法廷の裁判については、御指摘のようなものも含め、法的な諸問題に関して様々な議論があることは承知しているが、いずれにせよ、我が国は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)第十一条により、同裁判を受諾しており、国と国との関係において、同裁判について異議を述べる立場にはない」とこたえている。
 b)「河野談話」に対する認識-「いずれにせよ、オランダ出身の慰安婦を含め、慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりである」。
 これも「河野談話」を「政府の基本的立場」として認めており、さらに強制連行の証言を証拠書類として採用した「マゲラン事件」についての裁判結果を、日本国は「受諾」していることを繰り返し認めるものとなっている。
 ⑥について(200765日)
 「答弁書」はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識-(直接の言及はない)。
 ※ただし、「マゲラン事件」についてのオランダ・バタビア臨時軍法会議書類番号7868/R(極東国際軍事裁判での書類番号:PD5770/EX1725)(この書類はオランダ政府戦争犯罪調査局が作成したもので、極東国際軍事裁判に証拠書類として提出され、採用されたものとされる)が、民間人抑留所からマゲランへの女性の連行と日本兵による性交の強要を記録していることについての質問に、「極東国際軍事裁判に対しては、御指摘の資料を含め、関係国から様々な資料が証拠として提出されたものと承知しているが、いずれにせよ、オランダ出身の慰安婦を含め、慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりである」とこたえている。
 b)「河野談話」に対する認識-「御指摘の点を含め、慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話を継承しているというものである」。
 これも「河野談話」を「政府の基本的立場」として認め、「マラゲン事件」の被害者を含む「オランダ出身の慰安婦」に対しても同様の姿勢を確認するものとなっている。
 安倍内閣の「答弁書」➂は、連行の「強制性」についての理解を「河野談話」と同じくすることを明言したが、そうであればこれら「慰安婦」に対する「お詫びと謝罪」(河野談話)は、その「強制性」に対する「お詫びと謝罪」を当然含むものとなろう。
 ⑦について(200776日)について
 「答弁書」はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識-(直接の言及はない)。
 b)「河野談話」に対する認識-(直接の言及はない)。
 ※ただし、2007年6月26日に米下院外交委員会が、「第二次世界大戦中に日本軍に強制的な売春を強いられたとされているいわゆる従軍慰安婦(以下、「従軍慰安婦」という。)の問題に関して、日本政府に対し謝罪を求める決議案」を「可決」したことに関する質問に、「慰安婦問題に関しての政府の立場については、例えば、安倍内閣総理大臣が平成十九年四月の訪米の際明らかにするなど、既に説明してきているところである」とこたえている。
 ここで「答弁書」がいう「四月の訪米」は、「答弁書」④で見たように、「いずれにせよ、御指摘の安倍内閣総理大臣の発言は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話に沿ったものである」ことが確認されているものである。したがって、この「答弁書」も「河野談話」に対立する内容を含むものではまったくない。
 ⑧について(2007815日)
 「答弁書」はこう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識-(直接の言及はない)。
 b)「河野談話」に対する認識-「慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話を継承しているというものである」。
 ※ただし、「安倍首相は、『米下院外交委員会の決議案は客観的事実に基づいていない』と考えるか。基づいている、いないで答弁されたい。また、そう考える根拠も併せて示されたい」との質問に、「答弁書」は「御指摘の決議の内容につき一つ一つ取り上げて意見を述べることは差し控えたいが、全体的に言えば、特に、慰安婦問題に対する日本政府の取組に対して正しい理解がなされていないと考える」と答えている。
 一部に文章の曖昧さが見られるが、それでも、※印の部分は「政府の基本的立場」が「河野談話」の「継承」であることを前提しており、前記「答弁書」④⑦は「四月の訪米」で「河野談話」にそった説明がなされたことを明らかにしていた。
 そうであれば、ここでの「日本政府の取組に対して正しい理解がなされていない」ことの内容は、「河野談話」が示した「お詫びと反省の気持ち」が正しく理解されていないことを指摘したものと見るべきだろう。
 いずれにせよ、ここでも「河野談話」に対する見解の明示はない。
 ⑨について(2007119日)
 この「答弁書」は安倍内閣退陣後の福田内閣によるものだが、こう述べている。
 a)「強制連行」に対する認識-(直接の言及はない)。
 b)「河野談話」に対する認識-「慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりであり、現内閣においてもそれを継承している」。
 ※ただし、「安倍前首相による『慰安婦問題に対する日本政府の取組に対して正しい理解がなされていない』とする答弁(四)について、福田首相は同じ認識か。そうであれば具体的にどのような取組に対し、どのように『正しい理解がなされていない』と考えるか」との質問に、「回答書」は「お尋ねについては、先の答弁書(平成十九年八月十五日内閣衆質一六七第六号)二についてでお答えしたとおりであり、御指摘の決議の内容につき一つ一つ取り上げて意見を述べることは差し控えたい」と述べている。
 上の「答弁(四)」は、前記「答弁書」⑧の※印部分に引用したものである。この再度の問いに対して、福田「内閣」も「河野談話」を「継承している」ことを前提に、安倍首相と同じ回答を繰り返した。

 (5)

 以上が、「慰安婦」を案件名に含む「2007年の閣議決定」の「a)強制連行」と「b)河野談話」に関する認識のすべてである。これを了解した上で、再び、橋下市長の8月24日に発言にもどってみたい。
 先に(2)で確認したように、橋下市長は「2007年の閣議決定」について、要旨、次のように述べていた。
 ➀「2007年の閣議」では、強制連行を裏付ける直接の記述・証拠はないということが決定されており、➁それは河野談話を「見直す」か、閣議決定が「間違って」いるか「どちらか」という、二者択一の関係に立つものである、➂その上で、閣議の「決定」は「談話」より上位に立つものであり、「2007年の閣議決定」こそが「慰安婦」問題についての「日本政府の決定」ある。
 しかし、見てきたように、2007年の9件の「閣議決定」の中に「政府の基本的立場」が「河野談話」の「継承」にあることを表明しなかったものは、ただの1つもない。逆に、9件の「閣議決定」のすべてで「河野談話」の「継承」を確認したのが、「2007年の閣議決定」であった。
 つまり、市長が上記➁のように強調した、「河野談話」の内容に対立し、双方の「どちらか」だけが正しいという関係にたつ「2007年の閣議決定」はどこにもなく、したがって「河野談話」の内容に反する決定が「日本政府の決定」として行われている事実もどこにもない。
 日本政府が外務省のサイトに「河野談話」を掲載し、これを最新の2011年8月の文書でも再確認していることは、まったく適切なことであり、ここに市長がいう「2007年の閣議決定」を掲載していないことも、まったく適切なことであった。
 「2007年の閣議決定」が、強制連行をめぐる証拠がなかったことを確認しているという点については、重要なところなので、あらためて整理をしておきたい。
 第一に、2007年3月16日の「答弁書」➀(答弁第110号)は、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」と述べている。しかし、「河野談話」は、そもそもそうした直接の「記述」に依拠して「慰安婦」連行の強制性を認めたものではなく、これをもってただちに「河野談話」との対立をいうことはできない。
 第二に、2007年4月20日の「答弁書」➁(答弁第168号)、⑤(答弁第266号)は、個々の強制連行の認定の上に立って下された極東軍事裁判所やバダビア臨時軍法会議の判決を国として「受諾」し、国としてこれに「異議を述べる立場にない」ことを明らかにした。そうであれば「答弁書」➀が「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする「政府が発見した資料」には、これらの裁判資料は含まれていないということになる。
 第三に、2007年4月20日の「閣議決定」➂(答弁第169号)は、「慰安婦」の強制連行をめぐる質問に「平成五年八月四日の内閣官房長官談話は、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、当該談話の内容となったものであり、強制性に関する政府の基本的立場は、当該談話のとおりである」と明快に述べている。
 この「強制性」について「河野談話」は次のように述べている。「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」と述べている。「閣議決定」は、これを「強制性に関する政府の基本的立場」だと認めているのである。
 以上のことから、「2007年の閣議決定」が、「慰安婦」連行の「強制性」について、「河野談話」の内容に反する決定をふくむものないことは明白である。

 (6)

 最終的な結論を述べておこう。
 8月24日の記者会見における橋下市長の発言は、「2007年の閣議決定」が「慰安婦」の強制連行を否定する内容を含むかのように述べ、それを理由に「河野談話」の意義を低め、あるいは否定しようとするものだった。しかし、そこで根拠とされた「2007年の閣議決定」に対する市長の認識は、まるで誤ったものである。
 あらためて前掲「抗議文」の末尾の文章を採録しておきたい。
 「日本の政治家の責務として、橋下市長には『慰安婦』問題の歴史と関連する戦後政治史の事実、さらには戦時性暴力の克服をめざす現代国際社会の努力を、広く、しっかり学んでいただくことを要望するものです」。
 深く、胸に刻んでいただくことを期待したい。(W)

 橋下大阪市長の記者会見に出てくる「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」は日本国外務省のホームページに掲載されています。

 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

 慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
 平成584

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。

 平成十九年三月八日提出

 安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問主意書

提出者  辻元清美

 米国議会下院で、「慰安婦」問題に関して日本政府に謝罪を求める決議案(以下決議案)が準備されている。これに対し安倍首相が総裁を務める自民党内部から「河野官房長官談話」見直しの動きがあり、また首相自ら「米決議があったから、我々が謝罪するということはない。決議案は客観的な事実に基づいていない」「当初、定義されていた強制性を裏付けるものはなかった。その証拠はなかったのは事実ではないかと思う」と述べ、談話見直しの必要性については「定義が変わったということを前提に考えなければならないと思う」と述べたことから、米国内やアジア各国首脳から不快感を示す声があがっている。
 同時に安倍首相は、米国に対して「引き続き理解を得るための努力を行っている」と述べている。米下院外交委アジア太平洋地球環境小委員会のファレオマバエンガ小委員長もまた、「米国を訪れる安倍首相に恥ずかしい思いをさせたくない」と述べ、下院決議の採択を四月下旬に予定される首相訪米後へ先送りすることを明言した。首相訪米に先立ち、日本政府は米国の誤解を解き、「慰安婦」問題に対する態度を明確にすることが求められている。
 一方、新聞報道によれば、安倍首相は「河野談話が閣議決定されていると誤認していたこともあり、河野談話を継承すると表明した」(二〇〇七年三月六日・産経新聞)とされている。「河野談話」については明白な政治の決定プロセスを欠いていることも米国の誤解を生む一因と考えられるため、「河野談話を継承する」と首相や官房長官が明言している現内閣において閣議決定を検討すべきでは、という意見もある。
 さらに、米国議会下院では、日本軍当局が慰安所運営に直接関わったことを示す証拠として中曽根康弘元首相の回顧録『終わりなき海軍-若い世代へ伝えたい残したい』(発行年月日:一九七八年六月一五日、発行所:株式会社文化放送開発センター出版部、編著:松浦敬紀)が提出された。同書の中で中曽根元首相は、「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。」(同書第一刷九八頁)と記述している。「慰安婦」「慰安所」に関する証言を得ることは年々困難になっている。日本の首相経験者が当時大日本帝国の軍人として直接的に慰安所設立・運営に関わり証言まで残している以上、日本政府には早急かつ充分な調査を期待するものである。
 従って、以下、質問する。

一 《安倍首相の発言》について
 1 「定義が変わったことを前提に」と安倍首相は発言しているが、何の定義が、いつ、どこで、どのように変わった事実があるのか。変わった理由は何か。具体的に明らかにされたい。
 2 「当初、定義されていた強制性を裏付けるものはなかった。その証拠はなかったのは事実ではないかと思う」と安倍首相は発言しているが、政府は首相が「なかったのは事実」と断定するに足る「証拠」の所在調査をいつ、どのような方法で行ったのか。予算を含めた調査結果の詳細を明らかにされたい。
 3 安倍首相は、どのような資料があれば、「当初、定義されていた強制性を裏付ける証拠」になるという認識か。
 4 「理解を得るための努力」とは具体的にどのような行為を指しているのか。複数あればすべて明らかにされたい。
 5 安倍首相は、「決議案」のどの部分が、どのように「客観的な事実に基づいていない」と判断しているのか。文言ごとにすべて明らかにされたい。また政府は、指摘部分以外はすべて「客観的な事実に基づいて」いるという認識でよいか。
二 《米下院外交委アジア太平洋地球環境小委員長の発言》について
 1 米下院外交委アジア太平洋地球環境小委員長はなぜ安倍首相が「恥ずかしい思い」をすると考えたのか。安倍首相の認識を示されたい。
 2 米下院で「慰安婦」問題に関して「決議案」が採決された場合、安倍首相は「恥ずかしい思い」をするのか。安倍首相の認識を示されたい。
三 《「河野官房長官談話」の閣議決定》について
 1 「河野官房長官談話」が閣議決定されていないのは事実か。事実であるなら、どのような扱いなのか。
 2 安倍首相は、「河野官房長官談話」を継承すると発言している以上、「河野官房長官談話」を閣議決定する意思はあるか。ないのであれば、その理由を明らかにされたい。
 3 政府は「慰安婦」問題について「すでに謝罪済み」という立場をとっているが、いつの、どの文書や談話をもって謝罪しているという認識か。すべて示されたい。
四 《中曽根康弘元首相の回顧録》について
 1 安倍首相は、中曽根康弘元首相が「慰安所をつくってやった」という事実を知っていたか。
 2 「慰安所」設立・運営に対し、軍の関与のもとでいかなる「強制」があったか、政府は中曽根康弘元首相への調査を行ったか。行ったのであれば、調査結果をすべて明らかにされたい。
 3 行ってないのであれば、政府は中曽根康弘元首相への調査を行う予定があるのか。時期・調査項目など詳細について明らかにされたい。行う予定がなければ、なぜ行わないのか理由を示されたい。

 右質問する。

 
  政府の答弁

  平成十九年三月十六日

内閣総理大臣 安倍晋三

       衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問に対する答弁書

一の1から3までについて

 お尋ねは、「強制性」の定義に関連するものであるが、慰安婦問題については、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、同月四日の内閣官房長官談話(以下「官房長官談話」という。)のとおりとなったものである。また、同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。
 調査結果の詳細については、「いわゆる従軍慰安婦問題について」(平成五年八月四日内閣官房内閣外政審議室)において既に公表しているところであるが、調査に関する予算の執行に関する資料については、その保存期間が経過していることから保存されておらず、これについてお答えすることは困難である。

一の4について

 在米国日本大使館を始めとする政府関係者から、米国議会及び行政府関係者等、各方面に対し、日本政府の立場について十分説明し、米国側の理解が得られるよう最大限努力している。
 他方、説明の相手方との関係もあり、それらの説明の個々の事例について明らかにすることは差し控えたい。

一の5について

 御指摘の決議案については、米国議会で今後議論されていくものでもあり、政府として、その問題点を一つ一つ取り上げて意見を述べることは差し控えたいが、全般的に、慰安婦問題に関する事実関係、特に、慰安婦問題に対する日本政府の取組に対して正しい理解がされていないと考えている。

二の1について

 御指摘の米国の小委員長の発言の理由について推測を述べることは差し控えたい。

二の2について

 御指摘の決議案については、米国議会で今後議論されていくものであり、これが採択された場合という仮定に立った質問にお答えすることは差し控えたい。

三の1について

 官房長官談話は、閣議決定はされていないが、歴代の内閣が継承しているものである。

三の2について

 政府の基本的立場は、官房長官談話を継承しているというものであり、その内容を閣議決定することは考えていない。

三の3について

 御指摘の件については、官房長官談話においてお詫びと反省の気持ちを申し上げているとおりである。

四の1について

 御指摘の回顧録の中に御指摘の記述があることは承知している。

四の2及び3について

 関係者からの聞き取り調査について、特定の個人を識別することができる情報を記録していること等から個々の内容は公表しないこととしており、御指摘の調査については、答弁を差し控えたい。

【ニュース】 バリックパパンの日本海軍322基地に「設営班慰安所」 1942年3月11日、中曽根康弘主計中尉の「取計(とりはからい)」で開設 防衛省防衛研究所所蔵の文書に記述   高知市の平和・資料館の調査で判明 

http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanoshi/2011/10/post-191b.html

中曽根康弘海軍主計中尉がアジア太平洋戦争中に「外地」で海軍の慰安所を取りはからったとして各方面が追求してきました(本人は、いわゆる「慰安所」ではないと否定してきました)。高知市升形9の11の平和資料館・草の家は、防衛省防衛研究所に、その問題に関連した資料があることをつきとめ、10月27日午前、その文書の内容を同館ホールでの記者会見で報告しました。その文書は、ボルネオ島バリックパパンの日本海軍322基地に海軍の「設営班慰安所」があったこと、それは、中曽根康弘主計中尉の「取計(とりはからい)」で「土人女を集め」、1942年3月11日に開設したとをのべています。会見には、同館の岡村正弘館長、馴田正満、岡村啓佐、藤原義一の各研究員が出席しました。

 【文書の所蔵先】

 草の家の会見によると、その文書は、東京都目黒区の防衛省防衛研究所にあります。同所の戦史研究センター史料室で閲覧できます。請求記号は「航空基地」、史資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(防衛研修所戦史室。表紙をあわせて26ページ)です。
 この文書は、海軍航空基地第2設営班(隊長・矢部雅士海軍技師)の工営長(海軍技師)だった宮地米三氏がまとめたもので、1962年4月に、その文書の複製がつくられ、それを同研究所が収蔵してきたものです。
 文書の中身は、
同班の動きの大要を書いた縦書きのもの、その詳細を書いた横書きのメモ、地図などです。

 【文書の意味】

 中曽根康弘氏は、かつて、「衆議院議員 中曽根 康弘 (海軍主計大尉)」の名で「二十三歳で三千人の総指揮官」という題名の文章を書いています。松浦敬紀編著『終わりなき海軍』(文化放送センター。1978年8月30日)の90-98ページに載っています。
 これに、つぎのようなことを書いています。

 ・ 海軍主計中尉だった1941年11月26日、設営隊の主計長を命ぜられた。部隊を編成し、11月29日に出航した。目的地は、フィリピン、インドネシアだった。
 ・ 12月8日の開戦と同時に、「わが船団」は、ダバオに突入した。早速、飛行場設営の仕事が始まった。
 ・ その後、バリクパパンに進入した。
 ・ 「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである。………
 この文章の「慰安所」について、中曽根氏はジャーナリストに質問されてきました。
 中曽根氏は、それは、いわゆる軍慰安所ではないといってきました。
 しかし、こんどの文書には、中曽根氏が「苦心して」「つくってやった」慰安所が、中曽根氏が「土人女を集め」て日本海軍の基地内につくった日本海軍の慰安所だったことが書かれています。

 【文書の内容】

 縦書きの文書の内容は、以下のとおりです。の所は活字が見つからなくて打てない所、[]の中は記者の注です。(原文は略字もありますし、読み違いもあるかもしれません。引用する場合は、原文を確かめてください)

   第二設営班  矢部部隊

 一、編制
    隊長   海軍技師     矢部 雅士
    工営長   〃        宮地 米三
    軍区長  海軍々医大尉  平  敏郎
    主計長  海軍主計中尉  中曾根康弘
    通信長  海軍兵曹長   宮西
    職員 亀本技手始め 別記の通り
    徴用工員 約二、三〇〇名
    兵員  看護兵曹 主計兵曹 通信兵等約四〇名

 二、装備
   1、主機械
    一〇屯 八屯 六屯 五屯等の各種ローラー各輸送船
    毎に積込
    自動車 日産トラック 豊田トラック
    大発(上陸機材運搬用)
    ヤンマー(〃    )
    発電機(一〇KW)
    水槽車
    ヤンマージーゼルエンジン
    ウインチ動力付
    杭打機
    自転車
    潜水道具一式 井戸堀機 給水パイプ等一式
    トランシット、レベル、ポール箱尺等測量用具一式
    ショベル、鶴バシ、ハンマー、斧、鋸[のこぎり]等土工用具一式
    鋸 鉋[かんな] 等 大工道具一式
    フイゴ 金敷、其他[そのた] 鍛冶道具 一式
    ホースイ道具

   2、材料
     油類、ガソリン、重油、泥油
     砂利、川砂、各輸送船下積
     セメント、組立家屋用 合掌 パネル
     防虫網、蚊帳、穴ドラム缶、洗面器、風呂桶(小判型)
     ローソク 携帯電気入
     ●[「飛行」の印]場滑走路整備用 鉄板
     波形鉄板  天幕
     木材類、電柱、仝腕木 丸太
     鉄筋 釘 等

   3、糧食
     耺員及工員分として約二、五〇〇名分二ケ月分積込

    軍医長 約二、五〇〇名分の医療準備

    主計長 糧食の外戦地にて使用すべき軍票を
          準備する

   5、設営後の状況

  ダバオ上陸設営出航迄[まで][一九四一年の]十二月二〇日-一月一四日迄[一月十四日まで]
 二五日餘[]の短い忙しい日々であった 整備出来次第
 攻撃に取かかつた状況で休息の暇がなかった
 第二次進出も後発し来多[きた] 朝日山丸 金那摩山丸 日帝丸
 等に工員約六〇〇名及設営機材を搭載し来多[きた]ので
 そのまゝ進出した次第であった ダバオは邦人二〇、〇〇〇余
 カンキンされて居[]て占領と仝時[どうじ]に釈放され設営に協
 力して呉れ多[くれた]

 バリクパパンでは●[「飛行」の印]場の整備一応完了して攻撃機による蘭印[オランダ領東インド]作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風
 で又[また]日本出港の際約二ケ月の旨申し渡しありし為皈心矢の如く[帰心矢のごとく]氣荒くなり日本人同志けんか等起る様になる
 主計長[海軍第二設営班主計長の中曽根康弘・海軍主計中尉]の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり

 6 所見

 一 急速に取集めた機械類の為か其[その]當時の実力の不備の為か新品の機械なるにも拘[かかわ]らず故障続出、上陸して●[「飛行」の印]場に運搬する途中にて故障し相当苦しむ
   ダバオに於[おい]ては土民は排他的眼にて我方に対して居[]たので不安があつたがバリクパパンにては非常に好意を持つて  接して呉[]れ 協力して呉れ多[くれた]

 横書きのメモと地図から読みとれることは、つぎのとおりです。

 海軍航空基地第二設営班の任務は、フイリッピンのダバオ、ボルネオのバリックパパンに「敵前上陸」して、飛行場、居住施設の整備をすることでした。
 同班は、アジア太平洋戦争開始(1941年12月8日)の前の11月29日、呉軍港を出港しました。
 まず、12月20日、ダバオに上陸して海軍313基地に陣取ります。
 「313基地(ダバオ) 作業」の項目に「慰安所 組立家屋建設」の記述があります。
 同班は、313基地に1500人を残して、その他の人員で、1942年1月24日、バリックパパンに上陸し、海軍322基地に陣取ります。
 「322基地(バリックパパン) 作業」の項目に「(設営班用)→慰安所(組立家屋)建設」の記述があります。
 1942年3月11日、晴れ、「慰安所(設営班)開設」の記述があります。

 「322基地(バリックパパン) 完了時の状況」と題するバリックパパンの海軍322基地の地図に「設営班慰安所」がえがかれています(写真は、その地図と、それをアップ=次ページに掲載)
 これを見ると、「設営班慰安所」全体は垣で囲まれていて、組立家屋、接収した民家、天幕、トイレがあることがわかります。

 【草の家の主張】

 草の家は、この日の会見で、中曽根氏の軍慰安所への関与の件は国際的にも問題視されてきたものであり、中曽根氏に、この問題の全容をみずから明らかにすべきだと働きかけていくとしています。

 【その他】

 なお、東京都目黒区中目黒2の2の1の、防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室については、以下の同研究所のホームページでごらんください。
 この文書は、一部を除きコピー可となっています。ただし、コピーが届くのに3週間ほどかかることがあります。

 http://www.nids.go.jp/military_archives/index.html

(文責・藤原 この記事についてのお問い合わせは bqv01222@nifty.com )

 八月二十四日の橋下大阪市長会見の日本軍の従軍慰安婦部分。

 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanoshi/2012/08/post-4a5b.html

 男性記者 先日の慰安婦問題なんですけど。
 赤旗のフジワラです。
 慰安婦問題で、「強制の事実は今のところ確たる証拠はない」とおっしゃられましたが、河野談話を見ていると、「軍当局の要請により設営され」「管理」された慰安所で「総じて本人たちの意思に反して」強いられた被害だという感じで強制の事実を認めていると思うんですけど、河野談話については見直すべきだという考えなんですか。

 橋下 じや、二〇〇七年の閣議決定はどう書かれていました?

 男性記者 ……。
 [筆者注・「二〇〇七年の閣議決定」といっていますが、これは、安倍晋三政権時代の辻元清美衆院議員の質問主意書への答弁書(二〇〇七年三月十六日)のことをいっているようですね]

 橋下 いや、だから、そのぉ、自分の関心のあるところだけ、赤旗は調べて、もうちょっと烏の目というか、全体の視野をもたないと、自分の関心の持っている河野談話のところだけをとりあげていますけれども、二〇〇七年の閣議決定では、強制連行の事実を直接示す記述は見当たらなかったと、そういう閣議決定が安倍内閣のときに出されています。
 だから、僕は歴史家ではありませんからね、すべての資料について、古文書等を含めて行政文書を含めてぜんぶそういうことを調べたわけではないので、僕は政治家として、九三年の河野談話とそれからそれについての二〇〇七年の閣議決定、この二つをもとにして、自分の意見を組み立てているわけですよ。
 だから、河野談話でいろんな表現はあるけれども、しかし、二〇〇七年に強制連行を示す、それを裏付けるような、直接示すような記述、直接のその証拠はなかったということを二〇〇七年の安倍内閣のときに閣議決定はされているわけです。
 そうであれば、河野談話の中身をもう一度しっかり、疑義がないように、内容を見直すのか、それとも二〇〇七年の閣議決定が間違っていたか、--どちらかですよ。
 で、僕は、やっぱり二〇〇七年の閣議決定というのは、河野談話を出した以降、それは日本政府がそういう閣議決定をする以上はやっぱりそれは責任をもってやっていると思いますよ。
 河野談話は閣議決定されていませんよ。それは河野談話は。談話なんですから。
 だから、日本政府が、日本の内閣が正式に決定をしたのは、この二〇〇七年の閣議決定だった安倍内閣のときの閣議決定であって、この閣議決定は[慰安婦の強制連行の事実は、直接裏付けられていない]という閣議決定が日本政府の決定です。
 河野談話は閣議決定じやないですから。官房長官の談話なんでね。
 じやあ、そういう二つの文書が出てきたときに、二つの政府からの意思表示が出てきたときに、官房長官の談話と、それから政府の、内閣の閣議決定、どちらを尊重するのかといったら、どちらですかね? 赤旗さん。それでも河野談話ですか?
 談話と閣議決定の法的なその、位置づけなんですよ。
 まず一般論をどう思われます?
 官房長官の談話と閣議決定というのはどちらの方が重いんですかね?

 男性記者 あのぉ、ちょっとそれは…。

 橋下 いやいや、まずそこをね。この間のMBS[毎日放送]の記者と同じで、まずきちんと、そこをまず確定しないと。自分の気になる一般論と……。

 男性記者 閣議決定の方が、一般論としては、重い…。

 橋下 当たり前ですよ、そんなのは。一官房長官の談話なんかより閣議決定に決まっているじやないですか。一官房長官の談話じやなくてね。閣議決定ってね、内閣全員の署名が必要なんですよ。これは。

 男性記者 ただ、その官房長官の談話は、いろいろ政府として調査した上で、いろいろな資料にあたって出てきているわけですよね。だから…。

 橋下 閣議決定もそうじやないですか。どちらの方の調査の方が信を置かなきゃいけないんですか。日本政府、わが日本国の意思表示として?
 そりや談話なんていうのはだれでもがやっていますよ。談話っていうのは。そんなの普通の記者でちょっと調べればね、普通の知識があれば、談話と閣議決定、こんなの天と地の差がありますよそんなのは。
 それは僕ら公(おおやけ)の仕事をやっていますから、文書のポジションといいますか、そういうものは非常に重要なわけであってね。
 それは、例えば市長が何か意見を出した。
 これは個人的な意見ですとか。
 いや意見交換の中で出た。まだきちんとした組織として決定をしていないコメントですというのとね、戦略会議できちんと決定した意見ですというのとでは、これは全然違いますよ。
 官房長官談話というのは官房長官の談話なんです。
 閣議決定は政府の決定なんです。
 官房長官談話は閣議決定していませんよ。
 ただ、官房長官談話を僕はね、いまのこの段階で全否定できるだけの歴史的なそういう知識とか、僕は歴史家ではありませんから、全否定をするつもりはありませんけれども、しかし、日本政府が二〇〇七年に閣議決定をやっているその中身でね、強制連行の事実はなかった、強制連行の事実を示す証拠はなかったと。
 だから、事実があったかどうかではなくて、その証拠がなかったといっているんです。
 だから僕がいっているのは事実論じやなくて証拠論なんでね。
 だから証拠がないというふうになったんであれば、証拠をやっぱりちゃんと見つけてきましょうよというところです。
 吉田清治さんのーーあの~何でしたっけ、名前忘れましたけど著作ですよ、あれもあとであれは虚偽の主張だっということが、あとでこう、いろいろそういうことが話題になったりだとか、吉見さんという方ですか、あの方が強制連行という事実というところまでは認められないという発言があったりとか、まあこの強制連行の事実については、いろんな意見があるなかでね、それでも日本政府は国家としての意思表示として二〇〇七年に強制連行の事実を裏付ける証拠はなかったということを閣議決定したわけです。
 だから、僕は韓国側のほうにね。
 事実の有無を問題視しているわけじやないですよと。
 証拠の有無なんですと。
 だから、日本政府が調べた限りでは証拠はなかったと。
 それからチェジュ島のかたの新聞社か何かが、現地調査、吉田清治さんの事実について本当かどうかをチェジュ島のほうで確認をしたら、そういう事実はないというような話があったとか、あいやいやあの、そういう事実がないというね、そういう報道をチェジュ島の方の新聞社がしたとか、いろんなあの~、そういう情報はもう調べればいくらでもでてくるわけです。
 じやあ、いろんな情報があるなかで、じゃあ、強制連行の事実を裏付ける証拠はあったのかどうかといえば、それは日本政府としてはそういう証拠はなかったといっているわけです。
 で、僕が今回この発言をしたら、韓国サイドのメディアが「証拠は河野談話だ」といってきたわけですよ。
 これは、たいーへんな日本政府の大失態ですよ、これは。
 河野談話は証拠じゃないんですから、これ僕ら裁判やるときに事実の主張と証拠というのは、これ全然次元の違うものです。
 事実の主張というのは証拠があるなしにかかわらず、事実として、認識を表明すること。
 その認識を表明したことに関して証拠があるかどうかというのは、これは証拠の問題なんでね。
 だから、河野談話というのは事実主張の段階なんですよね。まだね。
 だって、河野談話はああいうふうにいろんな問題、官房長官が談話を出されましたけれども、あれはそういう認識を表明しただけ。
 証拠があるということではないわけです。
 それを韓国側の方が、あの河野談話が強制連行を裏付ける証拠だというのはこれはまったく論理的に間違っていますね。だから僕は韓国サイドのほうに強制連行の事実の有無の問題についてね、証拠があるんだったら、出してくださいと。
 いろんな証言者がいましたけれども、この証言者の証言のいろんな変遷についても、いろんなところでそんな情報なんかでまわっているじやないですか。
 だからいまのところは日本においては、客観的な証拠はない。
 韓国サイドのほうに証拠があるというんだったら、それをしっかり出してもらいたいと。
 だから河野談話で重要なことは、軍の関与。
 僕はだからね、軍の関与までは否定していません。
 それはあの慰安所というね、そういう施設の性質からすれば、やっぱり公的な管理というものはしないと衛生上、秩序上、それから戦時下っていう状況上、これは公的な管理が必要ですよ。それは。
 だって今だって風俗営業というのは公安委員会の管理下におかれているわけですから、風俗営業は。
 ある意味、慰安所という施設の性質からすれば公的な管理は必要。
 公的な管理があったということと、それからそこで働か、働いていた慰安婦のみなさんが、強制的に連れて来られて無理やり働かされていたかどうかっていうのは別問題ですよ。
 施設を公的管理していたことと、慰安婦を無理やり連れてきたっていうことは別問題。
 それから、本人の意思に反してということをたぶん、赤旗は問題視するんだと思うんです。河野談話のなかの。
 しかし、「本人の意思に反して」というのは、これは法律の用語でもね、二つの意味があって、本人が不本意に感じているという意味とね、それから第三者から強制的にやらされたっていう、この二つの意味が「本人の意思に反して」というその言葉に入るわけです。
 だからこれは僕ら裁判でやればそれはどっちなんだということを確定するわけですよ。
 こんなの当たり前の話なんです。
 本人の意思に反してといったときに、これはいろんな性犯罪とかそういうときに、本人の意思に反してという話になったときには、それは不本意だったと、本人は「強制されたわけではない、やっぱりそこで働く」ていう自らの意思で言ったんだけれども、でも内心はやっぱり本当はやりたくなかったんだよというような不本意の意味とね。
 それから第三者に強制的に無理やりにやらされたというというのは、これはね、本人の意思に反してというのは二つの意味があって、これはどちらの意味なのかというのは、ものすごい重要なので、やっぱり政治家が、そこできちんと法律家がいなかったのか。 河野談話をつくった作文者は誰か知りませんけど、「本人の意思に反して」ということを入れちやったものだから、不本意という意味なのか。強制の意味なのか、はっきりさせずに本人の意思に反してという言葉を入れたもんですから、これはね、大変な問題になりましたよ。強制の意味にやっぱりとられかねないですよ。
 だから、河野談話というのはいろいろ問題があります。
 だから僕は、河野談話をいまの段階で全否定するつもりはないけれども、軍の関与があったということは間違いないでしょう。
 軍が一定の管理をしていたということは間違いないでしょう。
 そういう資料はいっぱいあるということも、これも、事実みたいです。
 だけれども、慰安婦自体が強制的に暴行脅迫を受けて連れてこられたということは、そういう証拠はないというふうにいっているんですね。
 あとはね、そういう慰安婦とか慰安所という問題、これが倫理的にどうなのかっていうような問題です。
 強制的に連れて来られたのでなければ、慰安所というそういう存在がどうなのかという問題です、慰安婦という存在がどうなのかという問題ですけれども、倫理的にみれば、それはやっぱりかわいそうだなと、そういういろいろ不本意にそういう仕事について、いろいろ心身ともに苦痛をこうむったということはかわいそうだなという思いはそりゃあね、人間としてそういう感情が沸き起こるのは当然だと思いますけれども、しかしそれを、日本のわがニッポン国が、軍や官憲が強制的に連れてきたということでないという前提で、そういうしんどい仕事について大変でしたねっていう気持ちを表すのは、それは僕は否定しませんけれども、しかし、強制的に連れてきたわけではないということをはっきりした上でね、そういう気持ちを表さないと、このかわいそうですねというのは、やっぱりこれは謝罪とはまた別です。
 あの、同情と謝罪は違います。
 だから、河野談話っていうのは非常に問題で、僕はやっぱりああいう形で、ちょっと自分の主張をね、大阪市長という立場では、外交問題だから行き過ぎだったのかもわかりませんが、大阪維新の会の代表としてね、河野談話と二〇〇七年の閣議決定の、この二つの法的な文書をもとに僕の見解をのべたら案の上、韓国サイドの方は強制連行の事実は九三年の河野談話だと言ってきた。
 これはたいへんな日本政府としては大失態で、ただちにこれは是正すべきですね。事実と証拠は違うんです。河野談話は証拠ではありません。
 二〇〇七年には強制連行の事実を裏付ける証拠はなかったという日本政府の閣議決定があります。

 男性記者 証拠がないという政府の話は、おそらく公文書とか、そういうのにないっていう?

 橋下 そうですね。

 男性記者 それで、そうすると、韓国側の人とか、いろんな証言があるじやないかとか、歴史学界の人は、証言の中でも、かなり揺れがないようにいろいろ検証したものもあるとかいっているが?

 橋下 だから、それをたたかわせたらいいじやないですか。
 そのなかで証言者の中から、もう名前が出ているから出してもいいんでしょうけど、キムさんという人ですかね。
 最初いろんな問題出されたその方は、裁判まで起こしたけど、実は自分は身売りされたんだと。
 日本の官憲に強制的に連れて行かれたのではなくてね、いわゆる公娼制度といいますか、そういう慰安所というところに身売りされたんだということの事実も訴状の中に入っていたということもあるしね。
 だから、それはね、いろんなそういう証言があったりとか、いろんなものがあると思うので、だからそれを整理したらいいじやないですか。
 日本政府は公文書だけじやないですよ。
 いろんなその証言者。河野談話出す前の証言者にも聞き取りをやったわけで、その聞き取りも踏まえて、やっぱりその聞き取りが揺れに揺れて、その証言というものが客観的な証拠になりえなかったという判断のもとにね、二〇〇七年の閣議決定をやったわけですから、これは日本人なんだから、なにも自分たちで証拠もないのに、悪い方悪い方に考える必要ないじゃないですか。
 ちゃんとただね、事実の有無をね、いまのこの段階で確定しなくても、証拠の問題にもっていって、もう一回だから、日本政府はないっていっているんだから、あるというなら、赤旗が出してきたらいいじゃないですか。
 こういうものがある、こういうものがあると、どんどん出してください。
 「赤旗」は、市役所でもとってますから、見ときます。
 だから、慰安婦の問題についてはね、二つの問題を間違っちゃいけないんですよ。
 強制的に連れてきた。
 これはね僕は、やっぱりあってはならない、もしそういうことがあったんだったら、これは謝らなければいけないですよ。
 強制的に連れてきた、強制的にやらしたということであればね。
 しかしね、慰安所というもの、慰安所という存在自体について、韓国側の主張というのは、それがどっちかがよくわからない。
 強制的に連れてきたことを問題視しているのか。
 慰安婦とか慰安所の存在自体を問題視にしているのか、もし、慰安所とか慰安婦だけの問題ということであれば、これは日本国だけじやないですよ。
 慰安所、慰安婦というのは、もっといえば、現代社会にあっても、同じような状態、これは各国の法制度によっては違いますけれども、いわゆるそういう性を商売にするということはこれは世界各国でもあるわけです。
 こういう問題について倫理的にそれはよくないとか、働いている人、いろんないきさつがあってそういうふうになったことは、それは、かわいそうですねと。
 違う職業につこうとするんであったら、それはサポートしますよという話と、強制的に連れきたからそれはごめんなさいという話はこれは別問題ですよ。
 赤旗の記者のおたくはいままで風俗営業にいったことないんですか? 風俗店。ないんですか。ないんですか。

 男性記者 はい。

 橋下 いままでに? ああそうですか。
 じやあまあ、こんなところではいえないからあれでしょうけど、世の中にそりゃ風俗業なんてやまほどあるわけです。
 そりや倫理的にね、どうなんだという考え方はいろいろとありますけれども、しかし、それは強制的に連れてきて無理やり働かせたということでなければ、それはもう倫理の問題ですよ。
 謝罪の問題とかじやないです。
 だからこの従軍慰安婦の問題というものは、やっぱり二つ整理をして、慰安婦の問題、慰安所、これを軍が管理をしていた、それは軍の管理というのは秩序とか衛生上の問題でまあ管理をこれはしなきやいけないそういう施設だから、そういう話と、無理やり慰安婦を連れてきたのかどうかという話と二つ分けて、いまは前者にしか証拠がありません。
 軍が慰安所を管理をしていましたというところの証拠しかない。
 慰安婦を強制的に連れてたという証拠はない。
 そこを暖味に書いたのが河野談話で、だからそれは河野談話というものは、慰安婦を強制に連れてきたことまでを認めたのか、軍が一定の管理をしていたということを認めたのか、そこをはっきりさせないというのが河野談話の一番の問題点ですね。これが日韓関係を一番こじらせている最大の元凶です。
 結局、こういうことをやって、こういう領土問題にまで発展していってしまった。
 僕は河野談話というものが、今回の日韓紛争のなかの一番の問題。まあいわゆる僕が最近言っている言葉からすればね、日韓関係を修復する一番のセンターピン。
 これは韓国サイドからしたら、激しい批判が来ると思います。反発くると思います。
 それでいいじゃないですか。日本は日本でしっかり主張して、証拠のあるなしをしっかり検討して、証拠が出てきたら、これはやっぱり日本国家として謝らなければいけない。
 証拠がないんだったら、これは謝る問題ではなくて、それは大変でしたねと。
 そのときの状況で慰安婦、慰安所というのはいろんな軍がそういうものを併設している場合もあれば、その性を商売にするという職業もある。
 そういう問題として倫理的にどう考えるのかという問題にすべきであって、謝罪の問題ではない。
 だから、そこをあいまいにした日本政府の態度が一番これ、だめなんですよ。
 そういう答弁をつくったことに関して政治家がきちんとそういう方針を示さなかったということが、今日における日韓関係をこじれさせている最大の原因だと思いますよ。 ただ、僕は歴史家ではないですから、河野談話と二〇〇七年の閣議決定の二つの日本政府の認識の表明されている、この二つをもって、いま僕はそういう立場を表明しているんですけどね。

 女性記者 そしたらですね、元慰安婦のかたの証言は証拠にならないという認識ですか。

 橋下 閣議決定はそうなってますね。

 女性記者 橋下さんが証拠にならないという認識ですか。

 橋下 証言に信用性があるかどうかですね。
 言ったからといって証拠ではありません。
 裁判でもそうです。証人が何十人、何百人出てきても信用性に足りるかどうかということが問題で、いろいろ慰安婦の方が証言者としてでてきましたけども、それは身売りだったというようなそういう話も四十何人の証言者のうち半数近くが身売りだったとかいう話だったから、強制の話じやないっていうそういう整理をされたこともあるわけですね。
 だから、身売りの話と、ある意味、家と家族と業者の間でのいわゆる身売りの話と、政府が国が強制的に拉致、暴行、脅迫をもって連行したというのは、これはまったく別問題です。

 女性記者 暴行・脅迫ではなく、だまして連れてきて。

 橋下 それは誰がだますんですか。

 女性記者 あのお業者とかも含めて。

 橋下 業者は、国じゃないですよ。

 女性記者 軍の関与で業者が連れてきている事実がありますが。

 橋下 その証拠はないです。出てきていないです。

 女性記者 たとえば、そういうだまされたといって連れてこられたところが慰安所だったという場合も強制にはあたらないと?

 橋下 それは日本政府の問題じやないですね。民間業者と慰安婦との問題です。

 女性記者 軍の関与で。

 橋下 軍が関与していたのはその施設を、秩序の問題から衛生管理上の問題から管理をするということであって、その慰安婦自体を、だまして連れてきたという証拠はないのですよ。

 女性記者 それが証言者の証言があったとしても、証拠にならないと?

 橋下 だから繰り返し言ってるじゃないですか、証言が採用されるかどうかは、信用性の問題ですから。
 聞き取り調査をして、信用性があるかどうか、事実と照らして確認するわけです。
 吉田清治さんの本、なんでしたつけ。
 「戦争と犯罪」?
 要は吉田清治さんっていう人が、自分が韓国で女性を縄をくくって連れてきた、だからごめんなさいと言ったところから問題になってきたわけでね、吉田清治さんがいくら言っても実際に済州島で現地調査をやつたらそういう事実はなかったということになって、吉田清治さんがいくら自分はこういう悪いことやったんだ、悪いことやったんだ、韓国の女性を無理やり連れてきて慰安所で働かせたんだといくら言ったとしても吉田清治さんの言ってることは虚偽ですね、ということになったんです。
 だから証言というものは、しゃべったことがすぐ証拠になるんではなくて、その信用性、事実に照らしあわせてどうなのかという信用性をチェックしなきやいけない。
 だからいま日本政府といいますかね、従軍慰安婦の問題で強制連行があったあったと言っている人たちは、客観的な証拠がないなかで本人たちの証言で「強制連行があった、強制連行があった」と言ってますけど、その証言内容をしっかりと精査する作業をいま日本政府も韓国政府もそこをしっかりやらなきゃいけないと思いますけどね。
 日韓紛争の根底のところにはこの従軍慰安婦問題があるわけですから、日本政府はいま領土問題で激しい応酬を繰り返してますけどもね、激しい応酬を繰り返しても、結論としては韓国の実効支配を覆すってことまではなかなかいかないわけですから、そうであればね、こういう機会をとらえて根っこにある従軍慰安婦問題についてはもう-回、日本と韓国でしっかりと証拠の有無について僕は論戦すべきだと思いますよ。
 ここをうやむやにするからいつまでたってもね、日韓の関係ってものがね、成熟してないんですよ。
 日本人というか日本政府としては二〇〇七年の閣議決定、強制連行の事実はないという、そういうスタンスで韓国にのぞむ、韓国は韓国で強制連行の問題なのか慰安所の問題なのかわかりませんけれども、日本はとんでもないことをやったってことでのぞむ、これは日韓ね、レベルの高い関係になりませんよ。
 従軍慰安婦についてはしっかりと強制連行の事実について証拠があるのかどうか確認する、強制連行の事実はなかった場合には慰安婦とか慰安所の存在をどう考えるのか、当時の社会的状況・背景から慰安婦とか慰安所をどうとらえるのかってことをもう一度議論する。この作業が絶対必要です。
 九三年の河野談話は、なんかうやむやにしてしまって、強制を認めたんだか謝ったんだが、何の事実を認めたのか、どの部分について謝ったのかをうやむやにしたような形の九三年の河野談話っていうのは、最悪ですよ。
 だから二〇〇七年に閣議決定ああいうようにしたんであれば、もう一度、河野談話を全否定しないけれど内容をもう一回、きちんと明確に確定して韓国の言い分を聞いて、証拠のあるなしを日韓でオープンでやりあったらいいじゃないですか。
 とことんやっぱり、腹の中にたまっているものを出してね、主張をぶつけあわないとね、双方の関係、レベルの高いものにいきませんよ。

 ABC木原記者 日ごろ外交問題はわりと慎重な発言されていますが、こういう問題をどうしてそこまでつっこんで話されるのか。

 橋下 そりゃやっぱり韓国の大統領が現状維持っていうね、外交の大原則を踏み外したってところがありますよ。
 野田首相との間でね従軍慰安婦の問題、首脳会談でどういう議論になったのか僕は知りませんけどね、日本も一九六五年の日韓基本条約で解決済みというだけじややっぱり裁判所の形式論理的な判断の下し方であって、従軍慰安婦についてどこが問題で強制連行の事実があったのかどうなのか、いまの日本政府の立場はこうで、じゃあ証拠の有無についてきちんとやりましょうよというコミュニケーションがあったのかどうなのか、僕はわかりませんけども、だれか、韓国の大統領も野田首相もね、きちんとしたコミュニケーションをとらずにどんどんエスカレートしていく。
 そんな中でも領土問題について現状維持をこわすってことは、やっぱり僕は韓国側に非があると思うし、それからいまもう応酬合戦になってますけどね、やったところで実益ないわけですから、早くこの部分については終息はかって、でも言うべきこととやるべきことはしっかりやらないといけない。
 でもそのあとに従軍慰安婦問題、九三年の河野談話と二〇〇七年の閣議決定の整合性と従軍慰安婦の強制連行の事実についてのの有無はね、これはしっかりやらなきやいけない。
 ほんとは、これにエネルギー裂かなきやいけないと思ってるんですね。
 だから、本来は大阪市長という立場でいうべきではないけれども、やっぱり現状維持ってものを韓国側が崩してきた、大統領が竹島に、不法上陸ですよ、わが日本の立場からすれば。
 なんで訪問なんて言葉使うのかわかりません。
 わが日本国の立場からすれば不法上陸、そうなれば根っこの部分については一政治家としてしっかり発言しなければいけないと思ってますけども、僕は早く隣国どうしなんでね、事態の終息をはかって、それからやっぱり一番の根っこの部分、従軍慰安婦の問題が両国の国民の心のなかにくすぶっていることは間違いないから、この部分についてね、どうそのくすぶりをおさめていくかといえば、腹にはいってるものを表に出して、何が問題でこの問題についてはどうなんだというところをはっきりと明らかに、あいまいにせずにね、決着させるべきだと思ってます。
 それが、日韓関係をレベルの高いものにすると僕は確信しています。

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