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2012.09.08

槇村浩生誕百周年「間島(かんとう)」を訪ねる旅 その六 龍井の朝鮮銀行龍井出張所跡を見ました。

 二〇一二年九月四日、火曜日。晴れ、雨。

 龍井の朝鮮銀行龍井出張所跡を見ました。
 朝鮮銀行は、日本の特殊銀行の一つです。
 近代金融制度の基盤がないまま欧米や日本の資本主義の影響を受けた李氏朝鮮では、一八八四年以後、日本の第一銀行韓国総支店に関税収入の管理を委託し、やがてそれを担保にして同銀行からの融資を受けるようになりました。一九〇二年以降、大韓帝国(李氏朝鮮が改称)で第一銀行券を発行して、それを韓国の公用紙幣として流通させる権利を得て、事実上の中央銀行化しました。
 第一次日韓協約により目賀田種太郎が韓国の財務顧問につくと、民間銀行に過ぎない第一銀行が外国の中央銀行業務をおこなっていることを問題視して伊藤博文・韓国統監と相談した結果、一九〇九年に大韓帝国政府、日本皇室、韓国皇室および個人から資本金により設立された韓国銀行条例(韓国法)にもとづく中央銀行・韓国銀行が設立されて、第一銀行から中央銀行業務を取り上げました。その韓国銀行は日韓併合後の一九一一年には朝鮮銀行法(日本法)にもとづく特殊銀行として朝鮮銀行と改称されました。
 日本軍とともに占領地へ進出したため朝鮮以外に内地および満州、中国北部およびシベリアに支店等を持ちました。

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