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2012.09.19

 [読む年表] 三代の大元帥の戦争は何だったのか その四 明治天皇 朕は汝等(なんじら)軍人の大元帥(だいげんすい)なるぞ。」。

 一八八二年(明治十五年)一月四日、明治天皇は、陸海軍の軍人に「陸海軍軍人に賜はりたる敕諭」(軍人勅諭)を下賜(かし)します。前文で「朕は汝等(なんじら)軍人の大元帥(だいげんすい)なるぞ。」と天皇の統帥権を明示しました。続けて、軍人に忠節・礼儀・武勇・信義・質素の五つの徳目を説いた主文、これらを誠心をもって遵守実行するよう命じた後文からなります。「忠節」の項では「…世論(せいろん)に惑わず政治に拘らず、只々一途(いちず)に己(おのれ)が本分の忠節を守り、義は山獄よりも重く、死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ。」と命じています。

 同年七月二十三日から、朝鮮で兵士、市民が蜂起し、王宮、日本大使館などを襲います(壬午=じんご政変)。

 同年八月十二日、大日本帝国は、壬午政変を受けて徴発令(明治十五年太政官布告四十三号)を制定します。戦時・事変のさいの軍需調達を規定。

 一八八四年(明治十七年)十二月四日から朝鮮で独立党の金玉均らのクーデター計画に日本軍も介入し、清国軍と衝突しました(甲申=こうしん=政変)。

 一八八五年(明治十八年)四月十八日、日本側全権・伊藤博文と清国側全権・李鴻章の両全権の合意の下で天津(てんしん)条約が締結されました。条約の内容は、・日清両国は朝鮮から即時に撤退を開始し、四箇月以内に撤兵を完了する。・日清両国は朝鮮に対し、軍事顧問は派遣しない。朝鮮には日清両国以外の外国から一名または数名の軍人を招致する。・将来朝鮮に出兵する場合は相互通知を必要と定める。派兵後は速やかに撤退し、駐留しないというものでした。

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