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2012.09.22

【歴史の自習の時間】 異国船打払令(いこくせんうちはらいれい)って、どんな内容?

 異国船打払令(いこくせんうちはらいれい)は、外国船がしばしば来訪し上陸や暴行事件、特にフェートン号事件が発生したことに対し、江戸幕府が一八二五年(文政8年)に発した外国船追放令です。
 フェートン号事件は、一八〇八年十月十五日、長崎港で起きたイギリス軍艦侵入事件です。
 この日、オランダ船拿捕を目的とするイギリス海軍のフリゲートフェートン(フリートウッド・ペリュー艦長)は、オランダ国旗を掲げて国籍を偽り、長崎へ入港しました。これをオランダ船と誤認した出島のオランダ商館員ホウゼンルマンとシキンムルの二人は慣例に従い、長崎奉行所のオランダ通詞らとともに出迎えのため船に乗り込もうとしました。ところが、武装ボートによって商館員二人が拿捕され、船に連行されました。それと同時に船はオランダ国旗を降ろしてイギリス国旗を掲げ、オランダ船を求めてボートで長崎港内の捜索をおこない、人質の一人、ホウゼンルマンを派遣して薪水や食料(米・野菜・肉)の提供を要求しました。
 長崎奉行の松平康英は、湾内警備を担当する鍋島藩・福岡藩の両藩にフェートンの焼き討ち、もしくは抑留を命じ、大村藩などにも派兵を促しました。オランダ商館長(カピタン)ヘンドリック・ズーフは長崎奉行所内に避難し、戦闘回避を勧めましたが、ここに来て長崎警衛当番の鍋島藩が守備兵をわずか百五十人程度に減らしていたことが判明します。
する。
 翌十六日、イギリス船がオランダ人一人を釈放して、欠乏食料の供給を求め、供給がない場合は港内の和船を焼き払うと脅迫してきました。襲撃兵力のない長崎奉行はやむなく要求を受け入れ、食料や飲料水を供給し、オランダ商館も豚と牛を送りました。このためイギリス船は残りのオランダ人も釈放し、翌十七日に港外に去りました。
 松平康英は、国威を辱めたとして自ら切腹し、鍋島藩家老等数人も責任を取って切腹しました。幕府は、鍋島藩が長崎警備の任を怠っていたとして、十一月には藩主鍋島斉直に百日の閉門を命じました。
 その後もイギリス船の出現が相次ぎ、幕府は異国船打払令を発令しました。

 ・データーは、ウィキペディアなど。

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