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2012.11.19

高知県南国市の明見(みょうけん)の山の戦争遺跡 入山六回目【写真三枚】。四本のビールビンは戦前につくられたものでした。

 十一月十八日午後、高知県南国市の明見(みょうけん)の山の北面に登りました。この日は、向かって右の端の山道から入り、左に入りました。
 左下に行った所に長さ数メートルの潰れた壕がありました。

Photo_6

 もうすごく左に行くと十数メートルの横穴壕が崩れた所がありました。

Photo_7

 その壕の入り口の右手前にビンが五つ半分埋まった形でありました。
 キリンビールのビン。

 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanka/2012/11/post-b662.html

 キリンビールのビン。上と同じですが、底に「9」か「6」の下に「-」の印。
 キリンビールのビン。上と同じですが、底に「14●不明の記号●36」。
 ニッポンビールのビン。文字は左から横に「DAINIPPON BREWERY Co,LTD」不明のマークもはいっていました。

 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanka/2012/11/post-25c8.html

 もう一つ、小さなビン。何も書かれていません。
 そして、その手前に電球がありました。「100V ナショナル 20W」とありました。
 尾根の近くにはタコツボがありました。

Photo_8

 十九日、ビールビンがいつころのものかキリンビール、サッポロビールに問い合せました。

 同日午後一時過ぎ、キリンビールから電話。「大正時代から一九四五年の終戦までにつくられていたビールビンです」。

 午後二時四十分には、アサヒビールから電話。「このニッポンビールのビンは、戦前のもので1930年代につくられたものです。」。

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コメント

お久しぶりです、ダバオの夢太です、

 人間魚雷、之で今日の日本が有ると信じておる日本人が少なくなりましたね、
東北では戦中ですが、昔ほど皆さん大変だと思ってませんね、しかし、大変なのでしょう。

 日本の戦中の歴史を埋もれないようにどうすれば良いのでしょうかね
懐古だけでは前進も無いが、忘れてはいけませんよね。

投稿: 夢太郎 | 2012.11.20 02:00

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