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2012.12.20

【本土決戦】 「婦女子はなるべく苦痛を与えぬよう、殺すメスを用意してください。」 香川県善通寺の陸軍第十一師団での四国の医師たちの戦時訓練。

 高知市の医師・乾政明(いぬいまさあき)さんの「終戦当時の思い出」という文章を読みました。
 高知県医師会史編纂委員会『高知県医師会史』(高知県医師会。一九九八年)のものです。
 一九四五年夏のことです。
 八月十三日、彼に高知県衛生課から、八月十三日に香川県善通寺の陸軍第十一師団に行って戦時訓練を受けてくるようにという通知がありました。四国全体の四日間の訓練でした。
 高知県医師会を代表して彼と佐藤忠士さん、岡崎菅夫さんが行きました。
 薬剤師会からは高知県衛生課の植田香苗さん、徳直左衛門会長、池上禎純さんが。
 歯科医師会からは島崎直省さん、高知県衛生課の森下さんら三、四人が。
 十五日には講演がありました。
 「某軍医」は、以下のようなことをいいました。
 「敵は九州から四国へと上陸するだろう。
 そのときは、みな、覚悟してください。
 四国へ上陸すれば、まず、高知県か徳島県へ上陸するだろうから、十分に注意して国民をリードしてください。
 そのときは、玉砕を覚悟せねばならん。
 それがためには、第一、婦女子はなるべく苦痛を与えぬよう、殺すメスを用意してください。
 第二、しこうして自分たちは、あとで青酸カリで自殺してください」
 講演中、午後零時に「重大ニュースがありますから……」の知らせがあったといいます。
 その結果、本土決戦はなくなりました。
 しかし、「某軍医」の講演の中身、いま読んでも背筋がゾクゾクとします。

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