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2013.01.18

ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その二 「飛行作業をする」と、いわれて

 高知海軍航空隊の第40期飛行術偵察専修練習生たちの座学は終了していましたが搭乗実習が遅れていました。
 そんななかの1945年2月末ころ、2分隊の北村昭さんたちは教員から「明日から飛行作業をするから早く起きよ」と通告されました。
このころの起床時刻は午前6時でしたが、翌朝5時半ころ、起こされました。
 「駆け足」
 西の裏門から出て、そのまま西に向かいました。
着いた所は明見でした。星神社に集合しました。
その時の分隊長の訓示は以下のようなものでした。
 「物部川の河口が一番地形的に見て、アメリカ軍が上陸するに最適の所だ。あそこにアメリカの艦隊、揚陸艦が来る。前浜で陣地をつくって、まず、そこで防ぐ。そこがやられたら本隊もやられる。それから高知市に来る。それで、ここらの山で順に防いでいく。」
 3月下旬には上海海軍航空隊の隊員たちが、ここに転任してきました。2分隊には20人から30人配属されました。

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