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2013.01.18

ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その九 震洋特別攻撃隊員を志願した11人

 高知海軍航空隊の2分隊の北村昭さんたちは、5月1日に2等飛行兵曹(下士官)になりました。
 その後、高天ケ原の陣地づくりが一段落したころ、北村昭さんたち明見の松村薫さん宅に住んでいた11人は、震洋(しんよう)特別攻撃隊員を志願しよう思い立ちました。
 高知市の御畳瀬(みませ)にも基地があったベニア板製のボートの前方に爆弾を載せて敵艦に突っ込む部隊です。
 志願の「血書」を書きました。
 「震洋特攻隊を志願いたします。」
 終りに「散る桜、残る桜も散る桜」と書きました。
 署名して、小指を切って出た血で血判をおしました。
 「小指を切ったとき、母の顔を思い浮かべました」と北村さん。
 松村さんの玄関前広場に11人が整列し、同じ松村宅にいた分隊士たちの出てくるのを待ちました。
 最年長で代表の妹尾幸夫練習生が「お願いがあります。私たちは、震洋特攻隊を志願したいのでお願いします」といい、志願書を玉井分隊士(少尉)に渡しました。
 分隊士たちは少し協議していました。
 玉井分隊士が11人の前に立ち、「おれたちは、どこにいても、何をしていても、ご奉公は同じである。いまの職務を忠実に果たすよう」と、たしなめました。
 「これは、俺がいたただいておく」
 玉井分隊士は、おしいただいて、それを胸のポケットに入れました。

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