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2013.01.18

ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その七 いま、高天ケ原山には

 昨年11月から平和資料館・草の家のメーバー6人が高天ケ原山に登って、調査しました。
 ふもとに兵舎があった所(2か所)が、さら地になって残っています。
 最初にできた東側の兵舎には、トンネルを掘ったことのある兵士たちがいたといいます。
 もう一つの西側の兵舎跡には井戸や溝も残っていて、溝をたどっていたった先には薬品のビンが散らばっていました。
 ふもとに壕の跡、塹壕(ざんごう)の跡がたくさん残っています。つぶれた横穴壕の一つの入口付近にはビールびんが数本埋もれていました。
 中腹には横穴壕の跡がたくさん残っています。
 その1つは5つに分かれていて、長さの合計は134メートルです。
 もう1つは3つに分かれていて、木の枠がある水槽があります。
 この2つには、壕の壁を補強していた丸太や丸太の跡が残っている所があります。約90cmごとに丸太の跡があります。
 横穴壕の中にカスガイ、電線のための碍子(がいし)が落ちていました。
驚いたのは横穴壕の中にアメリカのB29が落した焼夷弾(しょういだん)の一部が落ちていたことです。
 尾根には1人用の戦闘のためのタコツボの跡が残っています(22分隊の兵がつくったといいます)。

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