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2013.01.18

ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その八 長崎山で陶器製の手榴弾づくり

 1945年、明見の北側の長岡郡大津村長崎(いまは高知市大津)の長崎山には高知海軍航空隊の火薬庫がありました。
 2分隊の北村昭さんたちが、そこの近くの横穴壕で陶器製の器に火薬をつめて、竹でついて手榴弾(しゅりゅうだん)をつくっていました。
 陶器製の手榴弾を使っていたのは、ここだけではありません。
 平和資料館・草の家に陶器製の手榴弾を展示しています。
 これは高知市池の浦戸海軍航空隊の跡地から出土したものです。

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