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2013.01.02

2013年、いい年にしたいですね。高天ケ原山の戦争、高知短期大学、反戦詩人・槇村浩……。藤原 義一

 みなさん、いい年を迎えられましたか。

  「ヨイトマケ」 聴いて迎えた 新年を エンヤコラ、よいしょと 走りぬけたい

  窓辺から じっと外見る 冬のネコ 「冷い」は苦手 この飼い主も

 わが里に 自由かかげた 人がいた 小山を歩き 足跡探す

  年明けて 近所の神社 歩いたら 戦争壕跡 二つもあったよ

 あすこそは ご近所の山 めぐろうか 戦跡探しを またはじめよう

 民間の小さな資料館、平和資料館・草の家(高知市)の学芸員、高知短期大学専攻科学生の藤原義一(ふじはら・よしかず)です。
 高知市の東の端の農村で妻、ネコ三匹(三毛のメス、白のオス、白だが顔と尾っぽに黒がまじったオス)と住んでいます。

 ☆ 企画展の準備をしながら、年を越しました。こんな企画展です。

 平和資料館・草の家 企画展
 高天ケ原山(たかまがはらやま)の戦争
 本土決戦に向けて山に陣地をつくっていた航空兵たち

 2013年1月10日(木曜日)~2月9日(土曜日)
 会場:平和資料館・草の家ホール(高知市升形9-11)
 時間:午前9時~午後5時
 休館:土・日・祝
 入場無料

 高知市、南国市の境にある高天ケ原山(標高107.0m)。この山に高知海軍航空隊の航空兵たちが、1945年3月から陣地をつくっていました。
 アメリカ軍の空襲などで翼を奪われた航空兵たちの陣地です。
 アメリカ軍が高知県に上陸して来る、そのとき、横穴壕やタコツボに隠れながらたたかおうという構えでした。
 今も、その陣地の様子が残っています。
 中腹にある横穴壕の一つは5つに分かれていて、長さの合計は134メートルです。

 ☆ 高知短期大学存続への運動への、ご協力を訴えながら、年を越しました。こんな、お願いです。

 高知短期大学は、社会科学科、専攻科をあわせて学生二百数十人の夜の学び舎です。
 「学舎(まなびや)のガラス窓から見る星は集う学生(なかま)の生き様に似て」。学友の短歌です。
 高知県知事は、合理的な理由も示さないまま、この大学を廃止しようとしています。いっぽう、「やっぱり高知には必要、夜間の短期大学」県民の会が昨年8月19日に結成され、私も入会しました。
 県民の会は、「200字メッセージ」運動をやっています。「高知には夜間の2年制大学が必要です」のメッセージをみなさまからいただき、ブログにも掲載させていただき、知事などにも渡し、夜間2年制短期大学の灯を守り、発展させる力にしたいという趣旨です。みなさまのお気持ちをお寄せいただけませんでしょうか。
 メッセージには【タイトル/お名前/肩書(お仕事、役職名など)/ご住所(市町村名のみ)/メッセージ】をお書きください。
 送り先は【メール】bqv01222@nifty.com か【郵送】780-0051 高知市愛宕町2-23-6 「やっぱり高知には必要、夜間の短期大学」県民の会 です。
 くわしくは、 「やっぱり高知には必要、夜間の短期大学」県民の会ブログ をごらんください。

 ☆ 専攻科は二つの論文を仕上げて修了です。
 私は、高知県における風船爆弾の気球づくりの詳細、石に刻まれた高知の戦争の二本を提出することになっています。
 前者は、論文集に載せていただけることになっています。

 ☆ 四月からは高知県立大学大学院人間生活学研究科の学生になります。

 論文のテーマは、高知市出身の、戦勝国日本を誇っていた少年・吉田豊道が、なぜ反戦詩人・槇村浩になっていったのかです。
 自由民権運動以来の高知の思想運動にも注目して勉強していきたいと思っています。

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