« ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十一 ヤリを持った飛行予科練習生たち | トップページ | ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十三 手榴弾の訓練中、頭を直撃されて… »

2013.01.18

ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十二 アメリカ軍機の空襲下で

 アメリカ軍機の空襲が激しくなっていました。
 明見の民家に寝泊まりしていた22分隊10班の平野開造さんは、その家の庭先でアメリカ軍の艦上攻撃機・グラマン群の高知海軍航空隊への空襲を見ています。
 「アメリカ軍の75機か80機の飛行機が急降下してダダダダダダと撃つ。アメリカ軍の飛行機を撃った日本軍の2センチ2ミリの機関砲の弾の流れ弾が、庭先の私の足元にビュンビュン落ちてきました。グラマンは浦戸のほうに去っていきました。」 
 グラマンの同航空隊への空襲は、3月19日朝7時ころ~午後零時ころ、5月14日、6月8日とありました。平野さんのいう空襲がいつのものだったのかは<はっきりしません。
 12分隊の谷合渉さんは「壕の外に1人でいたとき、高知海軍航空隊を襲ったグアメリカ軍の艦上攻撃機・グラマン1機が頭上を超低空で東から西の高知方面へ飛び去りました。翼の星印がハッキリ見えて、すごく口惜しかったことを覚えています。」と、いいます。
 3月か5月のことだといいます。
 7月4日のアメリカ軍の爆撃機・B29群の高知空襲を明見で迎えた隊員たちもいます。
明見に残っていた2分隊の約30人、北村昭さん、利根正義さんたちは高知市に向かったといいます。
 「外出していた者が帰ってから、招集がかかり『いまから消しに行く』という命令が出て、高知まで走りました。菜園場(さえんば)で家に水をかけ、トビグチで家の天井をつきやぶり燃えないようにして、火を止めることができました。」(北村昭さん)

|

« ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十一 ヤリを持った飛行予科練習生たち | トップページ | ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十三 手榴弾の訓練中、頭を直撃されて… »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/56564221

この記事へのトラックバック一覧です: ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十二 アメリカ軍機の空襲下で:

« ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十一 ヤリを持った飛行予科練習生たち | トップページ | ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十三 手榴弾の訓練中、頭を直撃されて… »