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2013.01.18

ここまでわかった高知高知海軍航空隊の高天ケ原山の陸戦陣地 その十 陣山へ、野市へ、窪川へ

 高天ケ原山での陣地づくりの見通しがついたころ、明見派遣隊の一部は他の場所にかわっていきました。
 5月、22分隊の一部は高岡郡窪川町(いまは四万十町)の設営に行きました。
 22分隊10班の平野開造さんたちは、国鉄の土佐大津駅から列車に箱入りの機関銃の弾をたくさん積んで西に運びました。弾の重さのためか須崎あたりの坂を列車がなかなか登れなくて何回もスイッチバックしました。土讃線の終点・土佐久礼駅で下車。一晩、土佐久礼で泊まり、弾は翌日、トラックで窪川町宮内の高知海軍航空隊第3飛行場に運びました。すでに飛行場はできていました。
 12分隊の一部の人さんたちは介良から陣山(いまは南国市)の高知海軍航空隊の本部、送信所へ移動します。そこには、大きな坑道がありました。同隊の谷合渉さんも、そこに行きました。
 22分隊第5班の上杉利則さんたちは、中腹で掘っていた3つの横穴を奥で結び合わせるという仕事を未完成のまま、高知海軍航空隊の飛行場の隣の物部川を隔てた香美郡野市町(いまの香美市野市町)に民家に駐留します。
 ここでの上杉さんたちは、高知県に上陸するアメリカ軍の戦車を爆破する訓練をしました。
訓練の場所は、物部川の土手や草原、作物を植えていない田畑や道路でした。
 棒地雷(棒の先端に爆薬を装着したもの)を持って戦車のキャタピラーの下に飛び込む。円錐弾を持って戦車によじ上り、天井の昇降口のフタを開けて投げ込む。破甲(はこう)爆雷を背中に背負って戦車の下に飛び込み、爆破させる。
 「しかし、実際にはいずれの模型すらなく、手ぶらで、あるいは付近に転がっている棒切れなど持って、それらしき真似事をするにすぎませんでした。」
 2分隊の一部も明見を去りました。

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