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2013.04.29

二〇一三年四月二十六日 金曜日 国民学校で竹やりをつくらされてい男性の話。

二〇一三年四月二十六日 金曜日 国民学校で竹やりをつくらされてい男性の話。

 晴れ。

 午前九時前にFUさんの車で香南市へ。
 Iさんの案内で平井山に登りました。
 ここで作業していた男性によると、アジア太平洋戦争中に、この山の太平洋側の斜面に高射砲が三台おかれていた、その下の段に七つか八つ横穴壕があったということです。一か所、地面が崩れている所があります。壕のあった所だそうです。

 ところで、この人は戦争中は香我美町に住んでいたそうです。
 一九四五年四月に西川国民学校の二年生に。同学年性は約十五人。
 学校で「竹やりづくりを強制的にやらされた」ということでした。二メートルくらいに切った竹の先を「ケンツにする」。火をたいて、その先をあぶります。そうして竹の油をジーッと出します。
 できた竹やりは、馬で引っ張る荷車の所までもっていったといいます。
 みんなで「何千本もつくった」といいます。

 午後一時、MAさん宅へ。
 彼女が三十年かけて書き続けている原稿を『高知の戦争 証言と調査』にいただくという件の打ち合わせです。

 午後四時、論文執筆のための一対一の授業。勉強になりました。
 そのあと、二十八日の研修についての打ち合わせに参加。

 写真のデータの整理。なかなか終わりません。

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