« 【ニュースエッセイ】 政経部長部長の「TPPには反対だ」。 | トップページ | 【研究】 吉田豊道の反戦詩人・槇村浩への飛躍 総集編 »

2013.04.21

【研究】 吉田豊道の反戦詩人・槇村浩への飛躍 はじめに 藤原 義一

吉田豊道の反戦詩人・槇村浩への飛躍 はじめに 藤原 義一
 
 槇村浩(まきむらこう)は戦中の一九三二年からに「お上」に弓を引き「お上」の侵略戦争を詩で批判した高知の青年です。
 東京で発表された雑誌などに数編の反戦詩が掲載されました。
 高知の男女青年たちが高知市内や高知市朝倉の大日本帝国陸軍歩兵四十四連隊などに配布された反戦ビラの原稿も書きました。
 その後、治安維持法違反で逮捕され、投獄されました。
 獄中で精神に異常をきたし、それがもとで二十六歳の生涯を終えました。
 しかし、彼の詩は中国にも渡り、その地の朝鮮民族の子どもにも教えられました。
 戦後、彼がふたたび世に出たのは一九六〇年代でした。
 ある作家のもとに保管されていた彼の原稿が出版され始めました。
 私は、その時期に高知で大学生活を送り(三年間でしたが…)、先輩たちとの交流のなかで彼の作品と出合い、心をゆすぶられました。
 いま、槇村浩をめぐる高知市の状況を見ると、いろんな資料館で彼のことが評価されています。
 民間の資料館、平和資料館・草の家は専門的に彼の表彰をしています。城西公園には彼の反戦詩「間島(かんとう)パルチザンの歌」の碑があります。高知県立文学館には彼のコーナーがあります。旧土佐藩主山内家下屋敷長屋資料館の展示では高知の代表的な文学者の一人として彼についてのパネルを飾っています。高知県立図書館は彼の著作の原稿を収蔵しています。土佐山内家宝物館は彼の小学生時代の文集を所蔵しています(「土佐国」の判子がおされたものです)。高知市立自由民権記念館は彼の書簡を収蔵しています。
 高知県で出された出版物で槇村浩について書かれたものを読むと革新的な人も保守的な人も彼に一目をおく文章を書いています。彼と彼の作品を批判する文章は見当たりません。
 彼の生涯については土佐文雄『人間の骨』(東邦出版社。一九七四年)、大原富枝『ひとつの青春』(講談社。一九六八年)と二つ小説がでました。映画「人間の骨」(脚本・監督・木之下晃明。劇場公開日・一九七八年五月十一日)もできました。演劇にもなりました。いままた、新しい演劇の上演が準備されています。
 私は、この数年、彼の作品や、彼についての文章をあらためて読んできました。
 そのなかで解明したいテーマが生まれました。
 「小学生のころは、比較的体制に順応な内容の文章を書いてきた吉田豊通さんが、中学校を卒業して何か月後かには反戦詩人・槇村浩してたちあらわれますが、彼が、どこで、どう考え方を変えたのかがわからない。そのことを知りたい」
 小学校のころの文章はかなり残っています。
 詩人としての彼の文章は、あります。
 しかし、中学生のころのものはありません(中学校時代に同人誌を出していたという記述はありますが、現物は不明です)。
 そこで、私は、彼が残した文章を読みなおすとともに、彼の同級生などが彼について書いた文章を探して読みながら、そのテーマを解決しようと思い立ちました。
 その試みは、二〇一二年春に始まったばかりです。

 この原稿は、いろいろ寄り道をしながら、ゆっくりとゴールに向かっていきます。

|

« 【ニュースエッセイ】 政経部長部長の「TPPには反対だ」。 | トップページ | 【研究】 吉田豊道の反戦詩人・槇村浩への飛躍 総集編 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/57220708

この記事へのトラックバック一覧です: 【研究】 吉田豊道の反戦詩人・槇村浩への飛躍 はじめに 藤原 義一:

« 【ニュースエッセイ】 政経部長部長の「TPPには反対だ」。 | トップページ | 【研究】 吉田豊道の反戦詩人・槇村浩への飛躍 総集編 »