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2013.05.30

【右の手足がうごかん、言葉が出ん闘病日誌】 二〇一三年五月二十七日 点滴の針を除けてくれました。

【右の手足がうごかん、言葉が出ん闘病日誌】 二〇一三年五月二十七日 点滴の針を除けてくれました。

 曇り。

 朝五時半、起床。五十分、採血。
 この血の分析、血液をサラサラの薬が効いているかどうか、で「今後」が決まります。

 妻が来てくれました。
 OSさんが来てくれました。

 入院してから気がついたのは足を支えないと腹筋運動ができないということ。
 それが、午後五時、できました。まずは二十五回。
 うれしい。

 午後七時五十分、点滴の針をのけてくれました。

 【メモ】

 大阪市北区天満での二十八の母、三歳の息子の餓死。なぜ、こんなことに。
 橋下市長は、どう対応しているのでしょうか

 別件で、ある新聞記者に電話。

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