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2013.05.03

【槇村浩の研究のために】 吉田豊道=槇村浩の著作物(文責・藤原義一)

高知の生んだ反戦詩人・槇村浩(本名・吉田豊道)の著作を年代順にまとめました。

【尋常小学校のころのもの】

・吉田豊道『唱歌集』。高知市第六尋常小学校。一九二一年。十歳の時の作品
。高知県立図書館蔵。

 ・『吉田豊道創作 童謡と童話』。高知市第六・尋常小学校お伽会。一九二二年七月。

・『大正十一年八月 吉田豊道創作 童謡と童話』。高知市第六尋常小学校。一九二二年八月。

 

・『吉田豊道作 唱歌集』。高知市第六尋常小学校。一九二二年十二月。

 ・『高知市第六小学校児童文集 蕾』。高知市第六小学校。吉田の八つの文章が載りました。一九二四年一月二十四日。
 

 なお、この時期の吉田豊道について書かれたものに、つぎのようなものがあります。

「高知の天才児 吉田豊道君」=週刊婦女新聞。一九二二年十一月十三日。

長瀬鳳輔「神童 吉田豊道君」=『新青年』三巻十一号。博友社。一九二二年九月一日)。

【中学生とのころ】

私立土佐中学校生徒のころ、『しかばね』(『モダン・マガジン』と改題)という同人誌を出していたといいますが、未発見。吉田自身は懸賞論文に当選した(時期不明)と書いていますが、これも未発見。

【詩人になって検挙、出獄までのもの】

・詩「生ける銃架満州駐屯軍兵卒に」=プロレタリア文化同盟の啓蒙誌『大衆の友』創刊号。一九三二年二月。執筆は一九三一年十月二十四日。

・青年たちが陸軍歩兵四十四連隊に配布した反戦ビラ。一九三二年二月。未発見です。

・詩「間島[かんとう]パルチザンの歌」=『プロレタリア文学』臨時増刊号。一九三二年四月。執筆は一九三二年三月十三日。

・詩「出征」=『大衆の友』四月号。一九三二年四月。

・詩「一九三二・二・二六 白テロに斃された××聯隊の革命的兵士に」。『大衆の友』四月号。一九三二年四月。

 ・詩「明日はメーデー」。一九三二年三月十七日執筆。出版されませんでした。

 ・「入所時感想録 六三五番 氏名 吉田豊道」。 一九三二年四月二十一日、自宅のあった高知市ひろめ屋敷(現・帯屋町二丁目)で治安維持法違反で検挙され、入獄。一九三五年六月、高知刑務所を出獄します。

 この時期の槇村の動向を知るための文書は以下のとおり。

・憲兵司令部編集『日本憲兵昭和史』。憲兵司令部。一九三九年七月。

・「高知隊出征前夜 隊並に高知市へ 反戦ビラを配布したもの 憲兵分隊と特高課が活動」=土陽新聞。一九三二年三月十五日。

・一九三三年四月二十八日の、信清悠久、小松益喜、吉田豊道への治安維持法違反被告事件についての高知地方裁判所刑事部の判決文。

【出獄後の作品】

・詩「田木繁に」。一九三五年八月三日。出版されませんでした。

・詩「獄内にてドイツの同志を思う歌 ――高知監獄にて――」。一九三五年八月二十三日。出版されませんでした。

・詩「詩諷 大江鉄麿諷射宣言」。一九三五年八月二十三日。出版されませんでした。

・詩「餅の歌 ――全農の林延造氏に――」。一九三五年八月三十一日。出版されませんでした。

・詩「同志古味峯次郎 ――現在高知監獄紙折工なる同氏に――」。一九三五年九月二十日。出版されませんでした。

・詩「ダッタン海峡 ――ダッタン海峡以南、北海道の牢獄にある人民××同志のために――」。「一〇・一二」の日付が最後にあります。出版されませんでした。

・『人文主義宣言』。四百字詰め原稿用紙八十枚。一九三五十月三十日。出版されませんでした。高知県立図書館に、この原稿をコピーし製本したものがあります。

・詩「京都帝国大学」。「一・二十四」の日付が最後にあります。出版されませんでした。

・手紙 貴司山治宛て。『槇村浩詩集付人文主義宣言』の表紙のこと、その本に「アジアチッシュ・イデオロギー 第一部」の予告を入れてほしいこと。

・論文「アジアチッシュ・イデオロギー ――アジア的生産の政治・経済・文化批判――」。出版されませんでした。

・手紙 大谷氏従二宛て。発信、一九三五年八月二十八日。

・手紙 大谷氏従二宛て。発信、一九三五年九月十九日。

・手紙 大谷氏従二宛て。発信、一九三五年十一月二十九日。

・『日本ソビエト詩集』。一九三六年二月。発刊を計画しますが、実現しませんでした。

・詩「青春 献じる詞(牢獄にて)」。出版されませんでした。

・詩「獄中のコンミューンの戦士の詩を憶いて」。出版されませんでした。

・詩「異国なる中国の詩人に」。出版されませんでした。

・詩「シュレジェンの職工によせて」。出版されませんでした。

・詩「(ソリ)盲したる民族の憎しみ」。出版されませんでした。

・詩「同志下司順吉」。出版されませんでした。

・詩「野兎の歌」。出版されませんでした。

・詩「小熊英雄と藤原運」。出版されませんでした。

・詩「毛利孟夫に」。出版されませんでした。

・詩「大江満雄に」。出版されませんでした。

・詩「人民詩人への戯詩」。出版されませんでした。

・論文「我々は牢獄で何をなすべきか」。出版されませんでした。

・論文「華厳教と法華経」。出版されませんでした。

一九三八年九月三日、高知市新本町の土佐脳病院で死去。満二十六歳。

【戦後に編集、出版されたもの】

・貴司山治、中沢啓作編『間島パルチザンの歌 槇村浩詩集』。新日本出版社。一九六四年十月十日 初版)。

・槙村浩の会編『土佐プロレタリア詩集 一九三一~三七』。槙村浩の会。一九七九年二月。

・槙村浩「生ける銃架」、「誤って転向を伝えられた同志たちに」= 『日本の詩 第二十四巻』の「近代詩集」三所収。集英社。一九七九年八月。高知県立図書館蔵。

・岡村正光、山崎小糸、井上泉編『槇村浩全集』。一九八四年一月二十日。

・槇村浩『日本詩歌史』。槇村浩の会。平和資料館・草の家。一九九五年十月二十一日。

・槇村浩『槇村浩詩集』。槇村浩の会。平和資料館・草の家。二〇〇三年三月十五日。

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