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2013.06.27

【反戦詩】 今野大力(こんの・だいりき)の「凍土を噛む」。

 今野大力の詩「凍土を噛む」が『プロレタリア文学』一九三二年二月号に載りました。〈兵士(××)は故国ヘ/おれたちの仲間/中国の仲間/そしてソヴェート・ロシアの仲間の/共同の戦線(××)こそ勝利(××)を固(×)めよ」と歌っています。

 土に噛りついても故国は遠い
 負いつ 負われつ
 おれもおまえも負傷した兵士
 おまえが先か
 おれが先か
 おれもおまえも知らない
 おれたちは故国へ帰ろ(××)う
 おれたちは同じ仲間のものだ
 お前を助けるのは俺
 俺を助けるのはお前だ
 おれたちは故国へ帰(××)う
 この北満の凍土の上に
 おれとお前の血(×)は流れて凍る
 おお赤い血(×)
 真紅のおれたちの血(×)の氷柱(つらら)

 おれたちは千里のこなたに凍土を嚙む
 故国はおれたちをバンザイと見送りはしたが
 ほんとうに喜こんで見送った奴は
 俺達の仲間ではない
 おれたちは屠殺(××)場へ送られてきた
 馬
 豚
 牛だ!
 いつ殺さ(××)れるかも知らない
 おれたちは今殺さ(××)れかけている

 おれたちは故国へ帰ろ(××)う
 土に嚙りついても故国は遠い
 だがおれたちは故国へ帰ろ(××)う
 戦争とはこういうものだ
 戦地ではおれたちの仲間がどうして殺さ(××)れたか
 あんな罪もない者を
 殺す(××)のがどんなに嫌でも
 何故殺(×)せと命(×)ずるのか
 殺す(××)相手も
 殺さ(××)れる相手も
 同じ労働者の仲間
 おれたちにはいま仲間を殺す(××)理由はない
 この戦争(××)をや(×)めろ

 兵士(××)は故国ヘ
 おれたちの仲間
 中国の仲間
 そしてソヴェート・ロシアの仲間の
 共同の戦線(××)こそ勝利(××)を固(×)めよ

 おお おれたちは今銃創の苦るしさに凍土を嚙み
 傷口から垂れた血(×)の氷柱を砕きつつ
 故国の仲間に呼びかけたい
 おれたちは故国へ帰ろ(××)う
 お前もおれもがんばろう

 今野大力は、天皇制政府による激しい弾圧のもとで、反戦平和と国民が主人公の世の中をつくるために、最後まで命がけでたたかった日本共産党員の詩人です。
 今野は、一九〇四年に宮城県丸森町に生まれ、三歳のとき北海道旭川に移住。父母は馬車鉄道の待合所をかねて雑貨店を営みますが、貧しい中で弟や妹を出生間もなく失います。しかし、今野は、逆境にめげず、幼少のころから心やさしく、仲間たちからも慕われました。旭川時代から郵便局などで働きながらも向学心に燃えて独学に励み、十七歳のころからは叙情性の豊かな作品で詩人としての才能が認められ、文学活動をつづけるなかで、民衆の生活への社会的関心をつよめていきます。
 一九三一年九月、中国東北部への侵略(満州事変)が始まると、今野は、「日本プロレタリア文化連盟(コップ)」(同年十一月結成)でひるまずたたかいました。
 一九三二年三月、文化運動の広がりと発展にたいして、天皇制政府は、文化活動家四百四人を逮捕。今野は駒込警察署での拷問がもとで、人事不省におちいり釈放されます。健康を害した今野は、奇跡的に回復すると、屈することなく、小林多喜二の虐殺、今村恒夫逮捕の後の「赤旗」(せっき)配布などに参加し、一九三三年には野呂栄太郎、宮本顕治の推薦で日本共産党に入党します。しかし、ふたたび結核が悪化し、一九三五年六月十九日、三十三歳で永眠しました。

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