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2013.06.26

【エッセイ】高知市の警察署で殺された筒井泉吉さんの「灯をつぐもの」の血書

 六月二十日、平和資料館・草の家の岡村正弘さんと、高知県四万十市の筒井泉吉さんの墓を訪ねました。彼のことを展示にできないかという思いでした。日本共産党幡多地区委員長の大西正祐さんが案内してくれました。

 赤鉄橋の近くの須賀神社と法然寺の間の山を登っていくと中腹の左側にありました。

 墓には「筒井泉吉こゝに眠る」、「一九一四年一月一日生 共青 全協 プロレタリア作家同盟の活動に従事 一九三三年九月一九日 時の権力により虐殺される。行年二〇歳/志を継ぐもの之を建つ」とありました。 

 あらためて、北あきら編著『泥の道は長くとも』(一九六九年)、高知県における共産主義運動の足跡編集委員会『高知県における共産主義運動の足跡編集委員会』(一九七三年)、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟高知県支部編『高知県における共産主義運動 戦前の思い出』(一九九〇年)、『高知県人名事典 新版』刊行委員会『高知県人名事典 新版』(一九九九年)、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟高知県支部編『高知県における共産主義運動 戦前の思い出 第三集』(一九九四年)などを読み筒井さんのことを調べました。

 高知県安芸郡芸西村和喰の生まれ。父・甚吉さん、母・左馬尾さんの長男。

 三歳のとき、両親と中村へ移転。一九二八年、中村高等小学校を卒業し、中村の四国電力会社の給仕に。その後、大阪に出ましたが、中村に帰って野村自動車の切符売りをしました。

 一九三〇年、日本労働組合全国協議会(全協)に入ります。

 仲間とプロレタリア作家同盟高知支部幡多地区を結成し、機関紙『百姓』を出しました(のちに『驀進』と改題)。

 彼は、一九三二年十月ころ、詩「木原よ!」を書いています(『驀進』、一九三三年四・五月合併号に渡川専太の名で発表)。同四月二十一日に逮捕された「木原」にささげたこの作品は、そのころの彼の思いを伝えています。

 〈牢獄の中に春を送り夏を送り/冬を迎えた木原よ!〉、 〈木原よ!/俺達は立上る!/想ひ起す。喧嘩と女の話しか知らなかった/俺達に、本当の世界を教へ来れた――/お前木原よ!〉

 一九三二年暮れごろ、検挙で手うすになっていた高知市に出て運動をはじめました。

 一九三三年五月、共産青年同盟高知市委員会結成。筒井さんは、黒原善太郎さんらと参加します。

 活動中の同年七月七日、筒井さんは、黒原さんらとともに治安維持法違反容疑で検挙されます。七月九日の高知新聞夕刊に二十九人逮捕の記事が大々的に載りました。「……市内江ノ口[三葉寮]のアジト[元高校生の]下田徳幸方に、特高課の命を受けた中野刑事が張り込んでいると、首脳分子の筒井長吉[ママ]がそれとも知らずに入って来たのを検挙、警察に連行しようとした処……。」(この記事は高知新聞社には保存されていなくて、『泥の道は長くとも』に転載されたものを使用しました。

 そして、その二か月半後の九月二十日朝、高知市の高知署で亡くなりました(高知市の水上署でとする文献もあります)。十九歳でした。

〈[筒井泉吉は]各警察署をたらいまわさしにされて、ひどい拷問の末、高岡署から高知署へまわされてきた時はすでに瀕死の状態にあった。祖母が高知署へ面会に行ったが面接は許されなかった。その祖母が中村へ帰りつくと「センキチキトクスグコイ」の電報が来た。祖母はその足で引きかえし午後八時にやっと高知署へ着いた。『会わせろ』というと『落ちつけ、落ちつけ明日は会わす』といってその夜は会わせなかった。(中略)。翌朝祖母が会った時は泉吉は死体となっていた。祖母が泉吉を愛撫しながら話しかけると、鼻や口から、どくどくと黒い血がふき出した。(中略)死亡原因を警察医は『心臓かっけ』と言った。」(『高知県における共産主義運動戦前の思い出』)。

 七月七日に幡多地方で逮捕された中筋村の国見善弘さん、農業の浜田初広さんは中村署で特別高等警察官から「筒井のようにしてやるぞ」といわれながら拷問を受けました。

 高知市の水上署の監房の壁に筒井さんの血書「灯(ともしび)をつぐもの」が残されていました。

 筒井さんの実家はいまの四万十市中村の山手通り一二番地にあったといいます。

 裏山の墓地には筒井さんの墓がありましたが、くり石が並べられただけで墓標もありませんでした。

 一九七六年七月、国民救援会と解放運動旧友会、筒井泉吉墓碑建設幡多地区委員会が筒井泉吉の墓を建立しました。これが私たちの訪れた墓です。「志を継ぐもの之を建つ」の言葉にぐっときました。彼の「灯をつぐもの」たちです。

 一九九三年九月十九日には筒井泉吉没後六十周年墓前祭がおこなわれました。これには弟の筒井清太さんも参加しました。

                    

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