【反戦詩】中野鈴子の「母の叫び」。
中野鈴子(一九〇六年~一九五八年。筆名・一田アキ)は、一九三一年一月五日、詩「母の叫び」を書きました。「ああ戦場からいま直ぐに/息子をとりもどしたい」の思いを代弁しました。
行ってしまった
もう煙も見えない
息子を乗せた汽車は行ってしまった
剣を抜いて待ちかまえている
耳や 手足の指がくさって落ちるという
そんな寒い
戦場の硝煙の中へ
息子の汽車は走って行った
生きて帰るようなことはあるまい
汽車の窓のあの泣き笑いがお
あれがあの子の見おさめなのか
親一人子一人の暮らしで
あの子は毎晩
わたしの夜具の裾をたたいてくれた
いつもやさしい笑顔で働いてくれた
ああ わたしを大事にしてくれたあの子
わたしのひとり子
物持ちの子供らは
きりきず一つ
鼻風邪一人引いても
それ医者それ薬と大さわぎして
ふかふかとまるまると育って行ったけれど
わたしらの子供は生みっぱなし
田ノ畔を引っぱりまわすやら
ぼろくずにおしこめたりして
ひもじ泣きに死んで行った
風邪ヒキやハラをこわし 三人の子供が死んでしまった
その中で あの子だけ行きのこってくれて
あんな大きな若者に成人してくれたのだ
いまになって
戦さで死なせねばならないなんて
剣が突きさし
大砲がまい込む
おお恐ろしや
あのしゃんとして胸を
米一俵やすやすとかついだあの大きな肩
あのような二十三のからだを
おお そして
それが万歳だと
おお恐ろしや
敵も味方も命に変わりはなかろうに
旗振り上げて万歳だと
金持ちののらくら息子は座らせておいて
わたしらの子供ばかり箱づめにし
泣きすがる親きょうだいを蹴ちらして
お上の者どもは、わたしらの殺されるのがうれしいのだ
平常は平常でしぼり抜き飢え死にさせ
どこまでもわたしらの生命をふみにじるのだ
わたしらとて命に変わりはないぞ
真っ平だ 真っ平だ
何とチョウバツしようと
命をかけて絶対反対だ
ああ戦場からいま直ぐに
息子をとりもどしたい
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