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2013.06.24

【反戦詩】 槇村浩の「生ける銃架――満洲駐屯軍兵卒に――」。

 槇村浩は、一九三一年十月二十四日、詩「生ける銃架――満洲駐屯軍兵卒に――」を書きあげます。

 高梁(かうりやう)の畠(はたけ)を分(わ)けて銃架(じうか)の影(かげ)はけふも續(つゞ)いて行(ゆ)く
 銃架(じうか)よ、お前(まへ)はおれの心臓(しんざう)に異様(いやう)な戰慄(せんりつ)を與(あた)へる――血(ち)のやうな夕日(ゆふひ)を浴(あ)びてお前(まへ)が默々(もく/\)と進(すゝ)むとき
 お前(まへ)の影(かげ)は人間(にんげん)の形(かたち)を失(うしな)ひ、お前(まへ)の姿(すがれ)は背嚢(はいのう)に隠(かく)れ
 お前(まへ)は思想(しさう)を持(も)たぬたゞ一箇(こ)の生(い)ける銃架(じうか)だ
 きのふもけふもおれは進(すゝ)んで行(ゆ)く銃架(じうか)を見(み)た
 列(れつ)の先頭(せんとう)に立(た)つ日章旗(につしやうき)、揚々(やう/\) として肥馬(ひま)に跨(またが)る將軍(しやうぐん)たち、色蒼(いろざ)め疲(つか)れ果(は)てた兵士(へいし)の群(むれ)――
 おゝこの集團(しふだん)が姿(すがた)を現(あら)はすところ、中國(ちうごく)と 日本(にほん)の壓制者(あつせいしや)が手(て)を握(にぎ)り、犠牲(ぎせい)の××(1)は二十二省(しやう)の土(つち)を染(そ)めた
 (だが經驗(けいけん)は中國(ちうごく)の民衆(みんしう)を教(をし)へた!)
 見(み)よ、愚劣(ぐれつ)な×(2)旗(き)に対して拳(こぶし)を振(ふ)る子供 (こども)らを、顔(かほ)をそむけて罵(のゝし)る女(をんな)たちを、無言(む ごん)のまゝ反抗(はんこう)の視線(しせん)を列(れつ)に灼(や)きつける男(をとこ)たちを!
 列(れつ)はいま奉天(ほうてん)の城門(じやうもん)をくゞる
 ――聞(き)け、資本家(しほんか)と利權屋(りけんや)の一隊(たい)のあげる歡呼(くわんこ)の聲(こゑ)を、軍楽隊(ぐんがくたい)の吹奏(すゐそう)する勝利(しやうり)の由(よし)を!
 やつら、資本家(しほんか)と將軍(しやうぐん)は確(たし)かに勝(か)つた!―― だがおれたち、どん底(ぞく)に喘(あへ)ぐ労働者(らうどうしや)農民(のうみん)にとつてそれが何(なん)の勝利(しやうり)であらう
 おれたちの唇(くちびる)は歡呼(くわんこ)の聲(こゑ)を叫(さけ)ぶにはあまりに干乾(ひから)びてゐる
 おれたちの胸(むね)は凱歌(がいか)を舉(あ)げるには苦(くる)し過(す)ぎる
 やつらが勝(か)たうと負(ま)けようと、中國国(ちうごく)と日本(にほん)の兄弟(きやうだい)の上(うへ)に×(3)壓(あつ)の鞭(むち)は層(そう)一層(そう)高(たか)く鳴(な)り
暴(ぼう)×(4)の軛(わだち)は更(さら)に烈(はげ)しく喰(く)ひ入(い)るのだ!

 おれは思(おも)ひ出(だ)す、銃劍(じうけん)の冷(つめた)く光(ひか)る夜(よ )の街(まち)に反(はん)×(5)の傳單(でんたん)を貼(は)り廻(まは)して行(い)つた勞働者 (らうどうしゃ)を
 招牌(せうひ)の蔭(かげ)に身(み)を潜(ひそ)め
 軒下(のきした)を忍(しの)び塀(へい)を攀(と)ぢ
 大膽(だいたん)に敵(てき)の目(め)を掠(かす)めてその男(をとこ)は作業(さ げふ)を續(つゞ)けた
 彼(かれ)が最後(さいご)の一枚(まい)に取(と)り掛(かゝ)った時(とき)
 歩哨(ほせう)の鋭(するど)い叫(さけ)びが彼(かれ)の耳(みゝ)を衝(つ)いた
 彼(かれ)は大急(おほいそ)ぎでビラを貼(は)り
 素早(すばや)く横手(よこて)の小路(こみち)に身(み)を躍(をど)らせた
 その時(とき)彼(かれ)は背後(はいご)に迫(せま)る靴音(くつおと)を聞(き) き
 ゆくてに燦(きら)めく銃劍(じうけん)を見(み)た
 彼(かれ)は地上(ちじやう)に倒(たふ)れ、次々(つぎ/\)に×(6)き×(7) される銃(じう)×(8)の下(もと)に、潮(うしほ)の退(しりぞ)くやうに全身 (ぜんしん)から脱(ぬ)けて行(ゆ)く力(ちから)を感(かん)じ
 おとろへた眼(め)を歩哨(ほせう)の掲(かゝ)げた燈(ともしび)に投(ね)げ
 裂(さ)き捨(す)てられ泥(どろ)に吸(す)はれた傳單(でんたん)を見詰(みつ   )め
 手(て)をかすかに擧(あ)げ、唇(くちびる)を慓(ふる)はし
 失(うしな)はれゆく感覺(かんかく)と懸命(けんめい)に闘(たゝか)ひながら、死 (し)に至(いた)るまで、守(まも)り通(とほ)した黨(たう)の名(な)をとぎ れ/\に呼(よ)んだ
 ……中(ちう)、國(こく)、共(きやう)、×(9)、×(10)、萬……

 ――秋(あき)。奉天(ほうてん)の街上(かいじやう)で銃架(じうか)はひとりの同志(どうし)を奪(うば)ひ去(さ)つた
 しかし次(つぎ)の日(ひ)の暮(く)れ方(かた)、おれは歸(かへ)りゆく勞働者(らうどうしや)のすべての拳(こぶ)しの中(うち)に握(にぎ)り占(し)められたビラの端(はし)を見(み)た電柱(でんちう)の前(まへ)に、倉庫(さうこ)の横(よこ)に、風(かぜ)にはためく傳單(でんたん)を見た同志(どうし)よ安(やす)んぜよ、君(きみ)が死(ち)を以(もつ)て貼(は)り付(つ)けたビラの跡(あと)はまだ生々(なま/\)しい
 残(のこ)された同志(どうし)はその上(うへ)へ次々(つぎ/\)に傳單(でんたん)を貼(は)り廻(まは)すであらう

 白樺(しらかば)と赤楊(はんのき)の重(かさ)なり合(あ)ふ森(もり)の茂(しげ)みに銃架(じうか)の影(かげ)はけふも續(つゞ)いて行(ゆ)く
 お前(まへ)の歴史(れきし)は流(りう)×(11)に彩(いろど)られて來(き)たかつて龜戸(かめど)の森(もり)に隅田(すみだ)の岸(きし)に、また朝鮮(てうせん)に臺灣(たいわん)に滿洲(まんしう)に
 お前(まへ)は同志(どうし)の咽(のど)を×(12)き胸(むね)を×(13)り
 堆(うづた)い死屍(しかばね)の上(うへ)を×(14)に醉(よ)ひ痴(つか)れて 突(つ)き進(すゝ)んだ
 生(い)ける銃架(じうか)。おう家(いへ)を離(はな)れて野(の)に結(むす) ぶ眠(ねむ)りの裡(うち)に、風(かぜ)は故郷(こきやう)のたよりをお前(まへ )に傳(つた)へないのか
 愛(あい)するお前(まへ)の父(ちゝ)、お前(まへ)の母(はゝ)、お前(まへ)の 妻(つま)、お前(まへ)の子(こ)、そして多(おほ)くのお前(まへ)の兄妹(き やうだい)たちが、土地(とち)を逐(お)はれ職場(しょくば)を拒(こば)まれ、飢(う)えにやつれ、齒(は)を喰(く)ひ縛(しば)り、拳(こぶし)を握(にぎ) つて、遠(とは)く北(きた)の空(そら)に投(な)げる憎(にく)しみの眼(め) は、かすかにもお前(まへ)の夢(ゆめ)には通(かよ)はぬのか裂(さ)き捨(す)てられる立禁(たちきん)の札(ふだ)。馘首(かくしゆ)に対(  たい)する大衆抗議(たいしうこうぎ)。全市(ぜんし)を搖(ゆる)がすゼネストの 叫(さけ)び。雪崩(ゆきなだ)れを打(う)つ反(はん)×(15)のデモ。吹(ふ)きまく彈(だん)×(16)の嵐(あらし)の中(なか)に生命(せいめい)を賭( と)して闘(たゝか)うお前(まへ)たちおれたちの前衛(ぜんゑい)、あゝ×××× ×(17)!
 ――それもお前(まへ)の眼(め)には映(うつ)らぬのか!
 生(い)ける銃架(じうか)。お前(まへ)が目的(もくてき)を知(し)らず理由(りいう)を問(と)はず
 お前(まへ)と同(おな)じ他(た)の國(くに)の生(い)ける銃架(じうか)を射( しゃ)×(18)し
 お前(まへ)が死(し)を以(もつ)て衛(まも)らねばならぬ前衛(ぜんゑい)の胸( むね)に、お前の銃劍(じうけん)を突(つ)き刺(さ)す時(とき)
 背後(はいご)にひゞく萬国(ばんこく)資本家(しほんか)の哄笑(こうせふ)がお前 (まへ)の耳(みゝ)を打(う)たないのか

 突如(とつじょ)鉛色(なまりいろ)の地平(ちへい)に鈍(にぶ)い音(おんきやう) が搾裂(さくれつ)する
 砂(すな)は崩(くず)れ、影(かげ)は歪(ゆが)み、銃架(じうか)は×(19)を 噴(ふ)いて地上(ちじやう)に倒(たふ)れる。
 今(いま)ひとりの「忠良(ちうりゃう)な臣民(しんみん)」が、こゝに愚劣(ぐれつ )な生涯(しやうがい)を終(を)へた
 だがおれは期待(きたい)する、他(た)の多(おほ)くのお前(まへ)の仲間(なかま )は、やがて銃(じう)を×(20)に×(21)ひ、劍(けん)を後(うしろ)に×(22)へ 自(みづか)らの解放(かいほう)に正しい途(みち)を撰(えら)び、生(い)ける銃架(じうか)たる事(こと)を止(とゞ)めるであらう

 起(た)て滿洲(まんしう)の農民(のうみん)勞働者(らうどうしゃ)
 お前(まへ)の怒(いか)りを蒙古(まうこ)の嵐(あらし)に錬(きた)え、鞍山(あんざん)の溶鑛爐(ようこうろ)に溶(と)かし込(こ)め!
 おう迫(せま)りくる××(23)の怒濤(どとう)!
 遠(とほ)くアムールの岸(きし)を嚙(か)む波(なみ)の響(ひゞ)きは、興安嶺(こうあんれい)を越(こ)え、松花江(しようくわかう)を渡(わた)り、哈爾賓(はるびん)の寺院(じゐん)を搖(ゆ)すり、間島(かんたう)の村々(むら/\)に傳(つた)はり、あまねく遼寧(れいねい)の公司(こんす)を搖(ゆ)るがし、日本駐屯軍(にほんちうとんぐん)の陣營(ぢんえい)に迫(せま)る

 おう、國境(こくきやう)を越(こ)えて腕(うで)を結(むす)び、×(24)の防塞(ぼうさい)を築(きづ)くその日(ひ)はいつ。

 (1)鮮血 (2)軍 (3)弾 (4)虐 (5)日 (6)突 (7)刺 (8)剣 (9)産 (10)党
(11)血 (12)突 (13)抉 (14)血 (15)戦 (16)圧 (17)日本共産党 (18)殺 (19)血 (20)後 (21)狙 (22)構 (23)革命 (24)鉄

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