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2013.06.02

 【槇村浩研究のために】吉田豊道・槇村浩の同時代人の彼についての手記など(藤原 義一)

 〈高知市第六小学校のころの学友〉

 ・島崎鋭次郎談「槇村浩の思い出」=『土佐ふるさと話・夏の雲重く 大野康雄新聞スクラップ文庫』。一九八三年八月。

 ・島崎鋭次郎(第六小学校)、川島哲郎(土佐中学校)、富永三雄(南海中学)ら「座談会 槇村浩生誕七〇周年記念の集い 槇村浩(吉田豊道)と同時代を語る」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟七号』。槇村浩の会。一九八三年五月二十五日。

 〈土佐中学校の生徒のころの学友〉

 ・下司順吉「吉田豊道の思い出」=槇村浩の会『ダッタン海峡 第五号』。槇村浩の会。一九七九年三月十五日。下司さんは、一九二三年四月、高知市の土佐中学校の予科に入学。同じとき吉田は、同校本科に入学。

・下司順吉「吉田豊道同志を偲んで」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟九号』。槇村の会。二〇〇四年一月二十六日。

 ・沢本幸正「吉田豊道を偲ぶ」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟八号』。槇村浩の会。一九九二年六月一日。沢本は、吉田と土佐中学校の同級生。

 〈海南中学校のころの学友〉

 

 ・富永三雄「槙村浩は生きている」=『ダッタン海峡 復刊一号』。一九七七年七月。

 ・富永三雄「思い出」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟九号』。槇村の会。二〇〇四年一月二十六日。富永は、高知市の海南中学校で槇村と同級。

 ・富永三雄『ひとつの出合い』=「ひとつの出合い」刊行委員会。一九九二年二月二十六日。

 ・弘田競、吉永進、富永三雄、土佐文雄、片岡文雄、西森茂夫、猪野睦「座談会『土佐プロレタリア詩集』をめぐって」= 槇村浩の会『ダッタン海峡 弟六号』。槇村浩の会。一九八一年五月二十五日。

 〈高知のプロレタリア文学、共産主義青年同盟などの仲間〉

 ・信清悠久『半世紀前のはなし』=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟六号』。槇村浩の会。一九八一年五月二十五日。信清は、槇村とは、プロレタリア文学同盟高知支部の仲間。

 ・弘田競「槇村浩は わたしの中に生きている」=近森俊也『ダッタン海峡 一号』。槇村浩祭高知県実行委員会。一九六三年七月。

 ・弘田競「誇り高き青春群像 一~五」=『高知県における共産主義運動戦前の思い出』。治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟高知県支部。一九九〇年七月一日。

 ・浜田勇「槇村浩のことなど」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟八号』。槇村浩の会。一九九二年六月一日。

 ・毛利猛夫「槇村浩の言葉 『不降身・不屈志』について」=近森俊也『ダッタン海峡 一号』。槇村浩祭高知県実行委員会。一九六三年七月。

・「旧友毛利孟夫氏にきく  加藤 恒彦/ききて」=『ダッタン海峡 復刊一号』。一九七七年七月。

 ・毛利猛夫「『旧友』としての槇村のこと 『間島パルチザンの歌』が出来た頃」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟八号』。槇村浩の会。一九九二年六月一日。

 ・山﨑小糸「槇村浩とその時代」=岡本正光、山﨑小糸、井上泉編集『槇村浩全集』。一九八四年一月二十日。

 ・井上清「槇村浩と高知県の反帝・革命運動」=『井上清史論集 三 日本の軍国主義』。岩波書店。二○○四年一月十六日。

・小松とき「『槇村浩』に想う」=詩です。槇村浩の会『ダッタン海峡 弟六号』。槇村浩の会。一九八一年五月二十五日。小松さんは、槇村の活動仲間。

 ・井上泉「吉田さんの憶い出」=近森俊也『ダッタン海峡 一号』。槇村浩祭高知県実行委員会。一九六三年七月。

 ・小松ときのメッセージ=近森俊也編集『ダッタン海峡 二・三号合併号』。槇村浩祭実行委員会。一九六四年十一月。

 ・小松とき「愛と信念に生きた日々」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟九号』。槇村の会。二〇〇四年一月二十六日。

  ・小松とき「浪音抄(一九三二年)」 =槇村浩の会『ダッタン海峡 弟九号』。槇村の会。二〇〇四年一月二十六日。

 ・「座談会 四・二一事件 五十周年 小松ときさんを囲んで」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟七号』。槇村浩の会。一九八三年五月二十五日。

 ・岡本正光「序」=岡本正光、山﨑小糸、井上泉編集『槇村浩全集』。一九八四年一月二十日。

 〈吉田豊道の恩師〉

 ・寺石正路の日記=高知県立民俗資料館所蔵。

 

 〈他都道府県のプロレタリア文学関係者〉

 ・貴司山治「槇村浩の時代」=貴司山治、中沢啓作編『間島パルチザンの歌 槇村浩詩集』。新日本出版社。一九六四年十月十日。

 ・貴司山治「奇跡の詩人」­=近森俊也『ダッタン海峡 一号』。槇村浩祭高知県実行委員会。一九六三年七月。

 ・貴司山治「私の愛する槇村浩」=近森俊也編集『ダッタン海峡 二・三号合併号』。槇村浩祭実行委員会。一九六四年十一月。

 ・伊藤純(貴司山治の息子)「二〇〇三年の槇村浩 西森茂夫さんへの手紙の形で」=槇村浩の会『ダッタン海峡 弟九号』。槇村の会。二〇〇四年一月二十六日。

 ・大谷従二「槇村浩と私」=槇村浩の会『ダッタン海峡 第八号』。槇村浩の会。一九九二年六月一日。大谷は槇村が尊敬していた詩人。

 ・蔵原惟人「プロレタリア文学運動と槇村浩について」=近森俊也編集『ダッタン海峡 二・三号合併号』。槇村浩祭実行委員会。一九六四年十一月。

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