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2013.07.25

連載 四十七 タイムマシンで「生ける銃架」の十九歳に会い行く 反戦詩人・槇村浩の誕生。【「間島パルチザンの歌」を書きあげます。】

 
 一九三二年、高知の青年たちが反戦ビラを配布している間にも大日本帝国は侵略政策を拡大していました。
 三月一日、日本は、中国東北部に、カイライ国・満州国を成立させました。
 槇村は、そうしたなかの三月十三日、反戦詩「間島[かんとう]パルチザンの歌」を書きあげます。槇村の化身(けしん)が、中国の朝鮮人の多い地域・間島で天皇の軍隊とたたかう間島パルチザンの一員になって日本軍とたたかっている、そんなイメージの詩でした。

 

 思ひ出はおれを故郷へ運ぶ
 白頭の嶺を越え、落葉(から)松の林を越え
 蘆の根の黑く凍る沼のかなた
 赭ちゃけた地肌に黝[くろ]ずんだ小舎の續くところ
 高麗雉子が谷に啼く咸鏡の村よ

 雪溶けの小徑を踏んで
 チゲを負ひ、枯葉を集めに
 姉と登った裏山の楢林よ
 山番に追はれて石ころ道を驅け下りるふたりの肩に
 背負(しょい)縄はいかにきびしく食ひ入つたか
 ひゞわれたふたりの足に
 吹く風はいかに血ごりを凍らせたか

 雲は南にちぎれ
 熱風は田のくろに流れる
 山から山に雨乞ひに行く村びとの中に
 父のかついだ鍬先を凝視(みつ)めながら
 目暈[めま]ひのする空き腹をこらへて
 姉と手をつないで越えて行つた
 あの長い坂路よ

 えぞ柳の煙る書堂の蔭に
 胸を病み、都から歸つて来たわかものゝ話は
 少年のおれたちにどんなに樂しかつたか
 わかものは熱するとすぐ咳をした
 はげしく咳き入りながら
 彼はツァールの暗いロシアを語った
 クレムリンに燻[くすぶ]つた爆弾と
 ネヴァ河の霧に流れた血のしぶきと
 雪を踏んでシベリヤに行く囚人の群と
 そして十月の朝早く
 津浪のやうに街に雪崩れた民衆のどよめきを
 ツァールの黒鷲が引き裂かれ
 モスコーの空高く鎌と槌(ハンマー)の赤旗が翻つたその日のことを
 話し止んで口笛を吹く彼の横顔には痛々しい紅潮が流れ
 血が繻衣(チョゴリ)の袖を眞赤に染めた
 崔先生と呼ばれたそのわかものは
 あのすざましいどよめきが朝鮮を揺るがした春も見ずに
 灰色の雪空に希望を投げて故郷の書堂に逝った
 だが、自由の国ロシアの話は
 いかに深いあこがれと共に、おれの胸に泌み入つたか
 おれは北の空に響く素睛らしい建設の轍[わだち]の音を聞き
 故國を持たぬおれたちの暗い殖民地の生活を思つた

 おゝ
 蔑すまれ、不具(かたわ)にまで傷づけられた民族の誇りと
 聲なき無数の苦惱を載せる故國の土地!
 そのお前の土を
 飢えたお前の子らが
 苦い屈辱と忿懣[ふんまん]をこめて嚥[の]み下(くだ)すとき――
 お前の暖い胸から無理強ひにもぎ取られたお前の子らが
  うなだれ、押し默つて國境を越えて行くとき――
 お前の土のどん底から
 二千萬の民衆を揺り動かす激憤の熔岩を思へ!

 おゝ三月一日
 民族の血潮が胸を搏(う)つおれたちのどのひとりが
 無限の憎惡を一瞬にたゝきつけたおれたちのどのひとりが
 一九一九年三月一日を忘れようぞ!
 その日
「大韓獨立萬歳!」の聲は全土をゆるがし
 踏み躙られた××旗に代へて
 母國の旗は家々の戸ごとに翻った

 胸に迫る熱い涙をもつておれはその日を思ひ出す!
 反抗のどよめきは故郷の村にまで傳はり
 自由の歌は咸鏡の嶺々に谺[こだま]した
 おゝ、山から山、谷から谷に溢れ出た虐げられたものらの無數の列よ!
 先頭に旗をかざして進む若者と
 胸一ぱいに萬歳をはるかの屋根に呼び交はす老人と
 眼に涙を浮べて古い民衆の謠(うた)をうたふ女らと
 草の根を?りながら、腹の底からの嬉しさに歡呼の聲を振りしぼる少年たち!
 赭土(あかつち)の崩れる峠の上で
 聲を涸らして父母と姉弟が叫びながら、こみ上げてくる熱いものに我知らず流した涙を
 おれは決して忘れない!

 おゝ
 おれたちの自由の歡びはあまりにも短かゝった!
 夕暮おれは地平の涯に
 煙を揚げて突き進んでくる黑い塊を見た
 悪魔のやうに炬火を投げ、村々を焔の×に浸しながら、喊聲[かんせい]をあげて突貫す  る日本騎馬隊を!
 だが×け×れる部落の家々も
 丘から丘に搾裂する銃彈の音も、おれたちにとつて何であらう
 おれたちは咸鏡の男と女
 搾取者への反抗に歴史を×つたこの故郷の名にかけて
 全韓に狼煙を揚げたいくたびかの蜂起に×を滴らせたこの故郷の土にかけて
 首うなだれ、おめ/\と陣地を敵に渡せようか

 旗を捲き、地に伏す者は誰だ?
 部署を捨て、敵の鐡蹄(てってい)に故郷を委せようとするのはどいつだ?
 よし、焔がおれたちを包まうと
 よし、銃剣を構へた騎馬隊が野獸のやうにおれたちに襲ひ掛からうと
 おれたちは高く頭(かしら)を挙げ
 昂然と胸を張つて
 怒濤のやうに嶺をゆるがす萬歳を叫ばう!
 おれたちが陣地を棄てず、おれたちの歡聲が響くところ
 「暴壓の雲光を覆ふ」朝鮮の片隅に
 おれたちの故國は生き
 おれたちの民族の血は脈々と搏(う)つ!
 おれたちは咸鏡の男と女!

 おう血の三月!――その日を限りとして
 父母と姉におれは永久に訣[わか]れた
 砲彈に崩れた砂の中に見失つた三人の姿を
 白衣を血に染めて野に倒れた村びとの間に
 紅松へ逆さに掛つた屍の間に
 銃劍と騎馬隊に隠れながら
 夜も晝もおれは探し歩いた

 あはれな故國よ!
 お前の上に立ちさまよふ屍臭はあまりにも傷々しい
 銃劍に蜂の巣のやうに×き×され、生きながら火中に投げ込まれた男たち!
 強×され、×を刳[えぐ]られ、臓腑まで引きずり出された女たち!
 石ころを手にしたまゝ絞め××[殺さ]れた老人ら!
 小さい手に母國の旗を握りしめて俯伏した子供たち!
 おゝ君ら、先がけて解放の戰さに斃れた一萬五千の同志らの
 棺(ひつぎ)にも蔵められず、腐屍を兀鷲[はげわし]の餌食に曝す?(むくろ)の上を
 荒れすさんだ村々の上を
 茫々たる杉松の密林に身を潜める火田民(かてんみん)の上を
 北鮮の曠野に萠える野の草の薫りを籠めて
 吹け!春風よ!
 夜中馥(よぢう)、山はぼう/\と燃え
 火田を囲む群落(むら)の上を、鳥は群れを亂して散つた
 朝
 おれは夜明けの空に
 渦を描いて北に飛ぶ鶴を見た
 ツルチュクの林を分け
 鬱蒼たる樹海を越えて
 國境へ――
 火のやうに紅い雲の波を貫いて、眞直ぐに飛んで行くもの!
 その故國に帰る白い列に
 おれ、十二の少年の胸は躍った
 熱し、咳き込みながら崔先生の語つた自由の國へ
 春風に翼(はね)を搏(う)たせ
 歡びの聲をはるかに揚げて
 いま樂しい旅をゆくもの!
 おれは頬を火照らし
 手をあげて鶴に應(こた)へた
 その十三年前の感激をおれは今なま/\しく想ひ出す

 氷塊が河床にくだける碎ける早春の豆滿江を渡り
 國境を越えてはや十三年
 苦い闘争と試練の時期を
 おれは長白の平原で過ごした
 氣まぐれな「時」をおれはロシアから隔て
 嚴しい生活の鎖は間島におれを繋いだ
 だが かつてロシアを見ず
 生れてロシアの土を踏まなかつたことを、おれは決して悔いない
 いまおれの棲むは第二のロシア
 民族の墻(かき)を撤したソヴェート!
 聞け!銃を手に
 深夜結氷を越えた海蘭(ハイラン)の河瀬の音に
 密林の夜襲の聲を谺した汪淸(ワンシン)の樹々のひとつひとつに
 ×ぬられた苦難と建設の譚を!

 風よ、憤懣の響きを籠めて白頭から雪崩れてこい!
 濤よ、激憤の沫[しぶ]きを揚げて豆滿江に迸[ほとばし]れ!
 おゝ、××旗を飜す強盗ども!
 父母と姉と同志の血を地に灑[そそ]ぎ
 故國からおれを追ひ
 いま劍をかざして間島に迫る××の兵匪!
 おゝ、お前らの前におれたちがまた屈從せねばならぬと言ふのか
 太て??しい強盗どもを待遇する途をおれたちが知らぬといふのか

 春は音を立てゝ河瀬に流れ
 風は木犀の香を傳へてくる
 露を帶びた芝草に車座になり
 おれたちはいま送られた素睛らしいビラを讀み上げる
 それは國境を越えて解放のために闘ふ同志の聲
 撃鐡を前に、悠然と階級の赤旗を掲げるプロレタリアートの叫び
 「在滿日本××兵士委員會」の檄!

 ビラをポケツトに
 おれたちはまた銃を取つて忍んで行かう
 雪溶けのせゝらぎはおれたちの進軍を傳へ
 見覺えのある合歓(ねむ)の林は喜んでおれたちを迎へるだらう
 やつら!蒼ざめた執政の蔭に
 購はれた歡聲を擧げるなら擧げるがいゝ
 疲れ切つた號外賣りに
 嘘つぱちの勝利を告げるなら告げさせろ
 おれたちは不死身だ!
 おれたちはいくたびか敗けはした
 銃剣と馬蹄はおれたちを蹴散らしもした
 だが
 密林に潜んだ十人は百人となって現はれなんだか!
 十里退却したおれたちは、今度は二十里の前進をせなんだか!
「生くる日の限り解放のために身を献げ
 赤旗のもとに喜んで死なう!」
「東方××軍」の軍旗に唇を觸れ、宣誓したあの言葉をおれが忘れようか
 おれたちは間島のパルチザン。身をもつてソヴェートを護る鐡の腕。生死を赤旗と共に  する決死隊
 いま長白の嶺を越えて
 革命の進軍歌を全世界に響かせる
 ――海 隔てつわれら腕(かひな)結びゆく
 ――いざ戰はんいざ、奮ひ立ていざ
 ――あゝインターナショナルわれらがもの……

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