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2013.07.24

連載 三十三 タイムマシンで「生ける銃架」の十九歳に会い行く 反戦詩人・槇村浩の誕生。【『プロレタリア科学』高知支局を確立しました。】

 小学生のときから文章を発表し、中学生のころは文学書にしたしみ文学の力をたくわえ、プロレタリア文学の作品も読んできた吉田。
 天皇にたいして批判的で、軍事教練を嫌い、科学的社会主義の文献や研究運動に親しんだ吉田。
 その吉田が反戦詩人として登場するには、一九三一年三月に中学校を卒業してからの高知での日々が必要だったようです。
 高知県における共産主義運動の足跡編集委員会『高知県における共産主義運動の足跡』には、こうあります。
 〈一九三一年(昭和六年)四月、岡山から帰った槇村は〝プロレタリア科学者同盟〟中央との連絡の線を持って帰ってきた。そして友人の毛利孟夫、奴田原三郎らをメンバーとしてプロ科高知支局を確立した。〉
 ここでいう〝プロレタリア科学者同盟〟は、プロレタリア科学研究所のことだと思います。月刊機関誌『プロレタリア科学』を出していました。
 毛利とは中学南海学校のころの『戦旗』読書班でいっしょでした。
 奴田原は中学南海学校の同級生でした。

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