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2013.07.23

連載 四 タイムマシンで「生ける銃架」の十九歳に会い行く 反戦詩人・槇村浩の誕生。【詩「生ける銃架 ― 満州駐屯軍兵卒に ―」が生まれたころ】

 一九三一年の九月十八日夜、中国東北部の奉天(現在の瀋陽)近郊の柳条湖(りゅうじょうこ)付近で鉄道爆破事件が発生しました。日本の陸軍部隊・関東軍が、南満州鉄道(満鉄)線路上で自分で爆薬を爆発させながら、これを中国軍のしわざだとして、近くの中国軍兵営を攻撃し、中国侵略を拡大しました(「満州事変」)。
 翌日の九月十九日、日本共産党は、全国の労働者、農民、兵士にたいする檄(げき)を発表して、満州における日本軍の進撃の意味と目的を説明し、「帝国主義戦争反対、中国から手を引け」と、国民に呼びかけました。
 日本労働組合全国協議会(全協)は、九月二十五日付の「労働新聞」で、政府のいつわりを指摘して「侵略戦争に対し大衆的罷業(ひぎょう)へ」、「大衆的デモで抗議しろ」、「兵士及び軍需品輸送を拒否せよ」と呼びかけました。
 こんななかの十月二十四日、槇村浩は詩「生ける銃架 ― 満州駐屯軍兵卒に ―」を書きます。
 槇村は、この詩で、中国東北部の満州に派遣された満州駐屯軍兵卒に侵略の先兵たることをやめよう、銃をうしろ後に狙い、剣をうしろ後に構え、みずからの解放に正しい道を選び、生ける銃架たることをやめよと訴えています。民族と国境を超えた日本と中国の民衆の連帯と決起で大日本帝国の侵略をやめさせようと呼びかけています。

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