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2013.07.25

連載 五十一 タイムマシンで「生ける銃架」の十九歳に会い行く 反戦詩人・槇村浩の誕生。【井上泉の「動員令が下つた」と槇村の「出征」との観点の違い。】

 陸軍歩兵第四十四連隊の上海出征については槇村の仲間・井上泉が文章を書いています。
 それを読めば、槇村と井上の観点の違いがわかります。
 それは、井上泉が『大衆の友』一九三二年四月号書いた「動員令が下つた」です。
 「高知・青木一郎」名で書いています。

 <「土佐にも動員令が下つた。そして召集された家の者には戦争の害、被害が露骨にやって来た。
 そして出発したのが三月の三日位であつた 兵士の通る道は見送人(みおくりにん)でギッシリだつた。正にブル新聞の言ふ国民的見送(みおくり)だ。朝日や毎日、高知の各新聞は宣伝の為(た)め社のマーク入(いり)の旗をこしらえみんな振廻してゐいる活動カンも休んでデカデカタイコやラッパを鳴らしてやつてゐる。
 動員令が下るとすぐ戦争反対を叫んで数々の革命的兵士は銃×された。同志を残して彼等は遠く上海(シャンハイ)へ×されに行くのだ。
 何にも荷物を持たずに馬に乗つて行く上官、それにひきかえ鉄カブト鉄砲ハイノウ等十四五貫もある重い物を背負つて汗を流しながら歩いて行かねばならぬ兵士、疲れ切った足取(あしどり)を俺の前に表はした時、俺は兵士の姿をまともに見る事は出来なかった。遠く上海へ資本家の為(た)めに戦争に出された兵士の顔は余(あま)りにも悲惨なのだつた。まなじりの赤くなつてゐる者、顔の青白くなつてゐる者、見送人に笑(わらひ)を送らうとして泣きそうになるその深コクな表情、それに対して市民達はうれしそうに兵士の顔え[ママ]旗をばさばさなげて万歳々々と叫んでゐるのがにくかつた。
 彼等兵士は人の前では涙を見せまい見せまいと出来得るだけ心をはりつめてゐるが、汽車の中、船の中では貧しい故郷の家の事を思ひ出して泣くだらうと想像された。
 ブル新等の言ふ元気にみちみちた兵士とか、紅潮しきつた顔などは、ドコをさがしても見当(あた)らないのだ。彼等は××の為(た)め、国家の為とか言ふ何(な)にか分からんインチキなギマンの下(した)に出征してゐるのだ。遠く北海道より飛んできた者父の死に掛(かゝ)つてゐるのをすてゝやつてきたものなど、幾多の悲劇を生んで国家の干城(かんじやう)、日本帝国の為(た)めにとブルジヨア共にだまされてやつてきたのだ。そして其(そ)の大多数は俺達労働者・農民ばかりだ。家に残つた者はどうなる、唯(ただ)一人の働き手をうばはれ、米は高くなる、税金も高くなる、揚げ句の果て餓死だ。戦争で死んでも名誉の戦死と言ふ名と、少しの涙金位(なみだきんくらい)だ。
 そして少数の資本家ばかり儲けさすのみだ。そして彼等はあらゆる機関を動かし、戦争を都合よくやらうやらうと考えて居る。キネマは肉弾三勇士や、古賀レンタイ、満洲行進曲など戦争物ばかり造つたり、新聞は新聞で自己の立場を利用し、戦争宣伝にヤツキとなつてゐる。文学の方面においても、直木(なおき)一派が五日会を造つて軍部と手をつなぎ合つてやつて居るしもう彼等は唯(ただ)革命化した日本の労働者・農民を戦争に都合よく送り出すのに必死となつてゐる。
 昨日(きのふ)も近所の出征した人の妻が二人きて話すには、『戦争へ夫がいつたから唯(たゞ)おつても食えんので、山へたきものを取りに行つたがたきものは無かつた、それ位でも気がしづまつて……』と言つて、それなりオイオイ泣き出して仕舞つた。戦争と言ふ者が出征した者だけではなく、家に残つた者に対してもどれだけの物質的、精神的損害をあたえるかは、この若い妊婦の言葉によつてもよく分(わか)るだらうと思ふ。
 するとも、一人の人も又(また)思ひ出して泣きそうになって『そうそう御上(おかみ)ももう少し考へてやつてくれたらよいのに、戦争をやるにも、時期があらあのう、この不景気に戦争なんかやつて、やらす御上はどうか知らんが、残つたわし等(ら)には一文もくれんに、ほんとうに餓死だよ。二十一の年(とし)までやつと育てたと思ふとすぐ兵隊に取られ、戦争に行くなど、わしは残念で、残念で……』とオイオイ泣き出した。この二人の残つた妻の話しは、はつきりと戦争の本質をつかみ、そして彼等(かれら)は御上がいかに自分の(彼等は即ち全民衆だ)為(ため)にやつて、俺達無産者のものでないと言ふ事をはつきりつかんでゐるのだ。俺達プロレタリヤは資本家の為(ため)の戦争中国ソヴエートぶツつぶしの戦争に対し断乎として反対し、勇ましくそれに対して闘争しやう。>

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