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2013.07.25

連載 四十一 タイムマシンで「生ける銃架」の十九歳に会い行く 反戦詩人・槇村浩の誕生。【『大衆の友』二月創刊号に槇村浩「生ける銃架 ― 満州駐屯軍兵卒に ―」が載りました。】

 侵略戦争が拡大されるなかの一九三二年一月初旬、プロレタリア文化同盟の啓蒙誌『大衆の友』二月創刊号に槇村浩の「生ける銃架 ― 満州駐屯軍兵卒に ―」が載りました。槇村浩は吉田豊道のペンネームでした。
 弾圧が激しくなっていました。
 二月一日、高知高等学校では、一円一億、島村三郎が高知警察署特高課に検挙されました。一円は、戦旗班の責任者でした。
 翌二月二日、高知高等学校の百人余の学生たちが四列縦隊の隊伍を組み高知警察署(いまの高知新聞社の所)に押しかけ、特高課主任・松田警部補に不当弾圧の抗議をし、一円、島村を釈放せよとシュプレヒコールをあげました(岡村新一、川島哲郎も参加)。
 二月五日、共産青年同盟高知地区委員会が確立されました。第一回会議を高知市内大川筋廿代橋から東へ四、五軒目の家を借りて開催。委員会のメンバーは、池本良三郎、浜田勇、信清悠々、吉田豊道、毛利猛夫、山崎小糸でした。キャップは浜田勇に。当時の高知高等学校のキャップは山本大和でした。
 二月はじめ、全協高知地方協議会が確立されました。

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