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2013.07.25

連載 四十六 タイムマシンで「生ける銃架」の十九歳に会い行く 反戦詩人・槇村浩の誕生。【反戦ビラを読んだ兵士が考えたこと。】

 反戦ビラ配布のインパクトは、どうだったでしょうか。
 一九三九年に憲兵司令部が編集した『日本憲兵昭和史』の、この「事件」の記述で、反戦ビラなどの「反響」を気にしていたことが何度ものべられているのを見ても軍隊のろうばいぶりがわかります。
 高知県朝倉村の陸軍歩兵第四十四連隊の兵士だった高橋繁義(一九〇九年、高知県東津野村生まれ)は、同連隊内で反戦ビラを拾いました。
 〈召集されて行った晩、といっても[一九三二年二月]二十八日二時ごろ、忙しすぎて干してあったパンツの取り込みを忘れていたことに気付きパンツを取りに外へ出ました。そのとき、第一号炊事のある垣根の穴にヒラヒラしているビラを見つけ、その二、三枚を拾い小さく折りたたんで、ズボンの右ポケットへ入れました。キコクとスギの間に鉄条網を張っている生け垣で子犬が入るような穴でした。
 中隊へ走り込み石廊下から班の方を見ると、班の入り口に腕章を巻いた週番士官と憲兵が、
 「共産党がビラを撒いた」
 と、皆を並ばせて服装検査をしています。
 “このビラの事だ”と瞬間的に便所へ走り込み、立つと電灯の光が入るので、立ったまま読みました。
 「兵士諸君 銃口を後ろに向けろ お前たちの敵はむこうにはいない……」という出だしで、わかりやすく、短い文章だったので完全に読み終えて、丸めて便所へすてました。
 素知らぬ顔で元へ戻ったが、その事は胸にしまい込み誰にも言えなかった。……〉(飛鳥出版室「かわら版 第九十号」)。
 〈ビラがまかれて兵舎は沸き返りました。憲兵が「共産党がビラを入れた」などと大声で叫び、兵士たちをたたき起こして身体検査を始めたのです。私はその時起きていて干し場におり、偶然そのビラを手にしていたのですが、憲兵の声にとっさに身を隠しました。持っていると重罪の“師団送り”です。しかしどんなことが書いてあるのか興味もあり、一気に読んだところ「兵士諸君!敵と味方を間違えるな」「本当の敵はうしろにいる。上海出兵に反対しよう」などの文字が目にとび込んできました。〉
 〈私は愕然(がくぜん)としました。この戦争は間違いだというのですから、それから私は「戦争」や「軍隊」にかすかな疑問を抱くようになり、軍隊が必死になって共産党を追うのはなぜだろうと考えてきました」(治安維持法犠牲者国家賠償同盟高知県支部『続・高知県における共産主義運動 戦前の思い出』)。

  高知の青年・中沢啓作は、陸軍歩兵第四十四連隊の出征の翌日、反戦ビラのことを聞きます。
 〈それは特高、憲兵たちのうたえぶりをあざわらう市民の声であった〉(中沢啓作「槇村浩没後四十周年によせて--はしり書き的覚書--」=雑誌『日中』一九七八年十一月号)。
 この年、中沢は高知高等学校文科に入学して共産青年同盟の学内組織に近づいていきます。

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