学問・資格

2010.02.15

「やれること」が一つ増えました。テーマにもとづいて写真を撮ること。

Photo

 一月下旬、こういう写真をとってくださいと十六のテーマをあたえられました。
 走りました。
 そして、モデル探しとか、いろいろ苦労して、二月十五日夜、十五はできました。
 あと一つはあきらめました。
 なかなか、こういう作業はむつかしいものですね。
 でも、すごく、いい経験になりました。

 経験といえば、十三日、ある宣伝行動に参加しました。
 準備で、みなが風船をふくらませて棒にくくりつけていました。
 僕もやってみましたが、うまく棒にくくりつけることができません。
 「六十二年生きてきたのに、こんなこともできないのか」と、がく然としました。

 一つひとつ、「やれること」を増やしていきたいと思います。

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2010.01.28

文部省がつくった中学一年生用の教科書『あたらしい憲法のはなし』の全文を掲載しているページ。

  文部省がつくった中学一年生用の教科書『あたらしい憲法のはなし』の全文を掲載しているページがありました。

 ご紹介します。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html

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2010.01.23

国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その八 「武力紛争の犠牲者の保護」

 【戦地軍隊ニ於ケル傷者及病者ノ状態改善ニ關スル千九百二十九年七月二十七日「ジュネーヴ」條約 傷病者条約】

 第一條 軍人及公ニ軍隊ニ附屬スル其ノ他ノ人員ニシテ負傷シ又ハ疾病ニ罹リタルモノハ如何ナル場合ニ於テモ尊重且保護セラルヘシ右ノ軍人及人員ハ國籍ノ如何ヲ問ハス之ヲ自己ノ權内ニ收容シタル交戰者ニ依リ博愛ノ心ヲ以テ待遇セラレ且看護セラルヘシ
 尤モ傷者又ハ病者ヲ敵ニ遺棄スルノ巳ムヲ得サルニ至リタル交戰者ハ軍事上ノ要求ノ許ス限リ其ノ看護ニ寄興スル爲其ノ衛生人員及衛生材料ノ一部ヲ傷者病者ト共ニ遺留スヘシ

 【ジュネーヴ諸条約第一追加議定書】

 第八条 用語
 この議定書の適用上、
 (a)
 「傷者」及び「病者」とは、軍人であるか文民であるかを問わず、外傷、疾病その他の身体的又は精神的な疾患又は障害のために治療又は看護を必要とし、かつ、いかなる敵対行為も差し控える者をいう。これらの者には、産婦、新生児及び直ちに治療又は看護を必要とする者(例えば、虚弱者、妊婦)
であって、いかなる敵対行為も差し控えるものを含む。
 (b)
 「難船者」とは、軍人であるか文民であるかを問わず、自己又は自己を輸送している船舶若しくは航空機が被った危難の結果として海その他の水域において危険にさらされており、かつ、いかなる敵対行為も差し控える者をいう。これらの者は、敵対行為を差し控えている限り、救助の間においても、諸条約又はこの議定書に基づいて他の地位を得るまで引き続き難船者とみなす。
 (c)
 「医療要員」とは、紛争当事者により、専ら
 (e)
 に規定する医療上の目的、医療組織の管理又は医療用
輸送手段の運用若しくは管理のために配属された者をいう。その配属は、常時のものであるか臨時のものであるかを問わない。医療要員には、次の者を含む。
 (i)
 紛争当事者の医療要員(軍人であるか文民であるかを問わない。また、第一条約及び第二条約に規定する衛生要員並びに文民保護組織に配属された医療要員を含む。)
 (ii)
 各国の赤十字社、赤新月社又は赤のライオン及び太陽社及び紛争当事者が正当に認める各国のその他の篤志救済団体の医療要員
 (iii)
 次条2に規定する医療組織又は医療用輸送手段における医療要員
 (d)
 「宗教要員」とは、聖職者等専ら宗教上の任務に従事する軍人又は文民であって次のいずれかに配置されているものをいう。
 (i)
 紛争当事者の軍隊
 (ii)
 紛争当事者の医療組織又は医療用輸送手段
 (iii)
 次条2に規定する医療組織又は医療用輸送手段
 (iv)
 紛争当事者の文民保護組織
 宗教要員の配置は、常時のものであるか臨時のものであるかを問わない。また、宗教要員については、
 (k)
 の規定の関連部分を準用する。
 (e)
 「医療組織」とは、軍のものであるか軍のもの以外のものであるかを問わず、医療上の目的、すなわち、傷者、病者及び難船者の捜索、収容、輸送、診断若しくは治療(応急治療を含む。)又は疾病の予防のために設置された施設その他の組織をいう。これらのものには、例えば、病院その他の類似の組織、輸血施設、予防医療に関する施設及び研究所、医療物資貯蔵庫並びにこれらの組織の医薬品の保管所を含む。医療組織は、固定されたものであるか移動するものであるか、また、常時のものであるか臨時のものであるかを問わない。
 (f)
 「医療上の輸送」とは、諸条約及びこの議定書によって保護される傷者、病者、難船者、医療要員、宗教要員、医療機器又は医療用品の陸路、水路又は空路による輸送をいう。
 (g)
 「医療用輸送手段」とは、軍のものであるか軍のもの以外のものであるか、また、常時のものであるか臨時のものであるかを問わず、専ら医療上の輸送に充てられ、かつ、紛争当事者の権限のある当局の監督の下にある輸送手段をいう。
 (h)
 「医療用車両」とは、陸路による医療用輸送手段をいう。
 (i)
 「医療用船舶及び医療用舟艇」とは、水路による医療用輸送手段をいう。

 (j)
 「医療用航空機」とは、空路による医療用輸送手段をいう。
 (k)
 「常時の医療要員」、「常時の医療組織」及び「常時の医療用輸送手段」とは、期間を限定することなく専ら医療目的に充てられた医療要員、医療組織及び医療用輸送手段をいう。「臨時の医療要員」、「臨時の医療組織」及び「臨時の医療用輸送手段」とは、限られた期間につきその期間を通じて専ら医
療目的に充てられた医療要員、医療組織及び医療用輸送手段をいう。別段の定めがない限り、「医療要員」、「医療組織」及び「医療用輸送手段」には、それぞれ、常時のもの及び臨時のものを含む。
 (l)
 「特殊標章」とは、医療組織、医療用輸送手段、医療要員、医療機器、医療用品、宗教要員、宗教上の器具及び宗教上の用品の保護のために使用される場合における白地に赤十字、赤新月又は赤のライオン及び太陽から成る識別性のある標章をいう。
 (m)
「特殊信号」とは、専ら医療組織又は医療用輸送手段の識別のためにこの議定書の附属書Ⅰ第三章に規定する信号又は通報をいう。

 【ジュネーヴ諸条約第一追加議定書】

 第四十三条 軍隊
 1 紛争当事者の軍隊は、部下の行動について当該紛争当事者に対して責任を負う司令部の下にある組織され及び武装したすべての兵力、集団及び部隊から成る(当該紛争当事者を代表する政府又は当局が敵対する紛争当事者によって承認されているか否かを問わない。)。このような軍隊は、内部規律に関する制度、特に武力紛争の際に適用される国際法の諸規則を遵守させる内部規律に関する制度に従う。
 2 紛争当事者の軍隊の構成員(第三条約第三十三条に規定する衛生要員及び宗教要員を除く。)は、戦闘員であり、すなわち、敵対行為に直接参加する権利を有する。
 3 紛争当事者は、準軍事的な又は武装した法執行機関を自国の軍隊に編入したときは、他の紛争当事者にその旨を通報する。
 第四十四条 戦闘員及び捕虜
 1 前条に規定する戦闘員であって敵対する紛争当事者の権力内に陥ったものは、捕虜とする。
 2 すべての戦闘員は、武力紛争の際に適用される国際法の諸規則を遵守する義務を負うが、これらの諸規則の違反は、3及び4に規定する場合を除くほか、戦闘員である権利又は敵対する紛争当事者の権力内に陥った場合に捕虜となる権利を戦闘員から奪うものではない。
 3 戦闘員は、文民たる住民を敵対行為の影響から保護することを促進するため、攻撃又は攻撃の準備のための軍事行動を行っている間、自己と文民たる住民とを区別する義務を負う。もっとも、武装した戦闘員は、武力紛争において敵対行為の性質のため自己と文民たる住民とを区別することができない状況があると認められるので、当該状況において次に規定する間武器を公然と携行することを条件として、戦闘員としての地位を保持する。
 (a)
 交戦の間
 (b)
 自己が参加する攻撃に先立つ軍事展開中に敵に目撃されている間
 この3に定める条件に合致する行為は、第三十七条1
 (c)
 に規定する背信行為とは認められない。
 4 3中段に定める条件を満たすことなく敵対する紛争当事者の権力内に陥った戦闘員は、捕虜となる権利を失う。もっとも、第三条約及びこの議定書が捕虜に与える保護と同等のものを与えられる。この保護には、当該戦闘員が行った犯罪のため裁判され及び処罰される場合に、第三条約が捕虜に与える保護と同等のものを含む。
 5 攻撃又は攻撃の準備のための軍事行動を行っていない間に敵対する紛争当事者の権力内に陥った戦闘員は、それ以前の活動を理由として戦闘員である権利及び捕虜となる権利を失うことはない。
 6 この条の規定は、いずれかの者が第三条約第四条の規定に基づいて捕虜となる権利を害するものではない。
 7 この条の規定は、紛争当事者の武装し、かつ、制服を着用した正規の部隊に配属された戦闘員について、その者が制服を着用することに関する各国の慣行であって一般に受け入れられているものを変更することを意図するものではない。
 8 第一条約第十三条及び第二条約第十三条に規定する部類に属する者に加え、前条に規定する紛争当事者の軍隊のすべての構成員は、傷者若しくは病者又は海その他の水域における難船者(ただし、難船者については、第二条約に係るもの)である場合には、これらの条約に基づく保護を受ける権利を有する。

 【俘虜の待遇に関する千九百二十九年七月二十七日の条約 捕虜条約】

 【第十二条】
 (被服)被服、下着及靴は捕獲国に依り俘虜に支給せらるべし此等用品の交換及修理は規則的に為さるべし右の外労働者は労働の性質上必要なる場合は何処に於ても労働服を支給せらるべし
 (酒保)各收容所内には酒保を設け俘虜をして地方的市価を支払ひて食料品及日用品を購買し得しむべし
 酒保に依り収容所管理部の收むる利益は俘虜の為に利用せらるべし

 【第十三条】
 (衛生的措置)交戦者は牧容所の清潔及衛生を確保し且伝染病予防の為必要なる一切の衛生的措置を執る義務あるべし
 俘虜は生理的法則に適ひ且常に清潔に保持せられたる設備を日夜供せらるべし
 右の外収容所が出来得る限り設備すべき浴場及灌水浴場の外に俘虜は身体の清潔を保つ為充分なる水を供給せらるべし
 俘虜は運動を為し及外気に当る機会を与へらるべし

 【第十四条】
 (医療)各收容所は医務室を備へ俘虜が其の必要とすることあるべき有らゆる性質の手当を受くることを得べし必要に応じ隔離室は伝染病患者の用に供せらるべし
 治療の費用(補欠用假装置の費用を合む)は捕獲国の負担たるべし
 交戦者は要求ありたるときは治療を受けたる一切の俘虜に対し其の病気の性質及期間並に受けたる手当を示す公の証明書を交付するの義務あるべし
 交戦者は特別協定に依り医師及看護人を收容所内に留め置き之と同国籍の俘虜を介抱せしむるの権利を相互的に有することを得べし
 俘虜にして重病に罹りたる者又は其の病状が重大なる外科手術を必要とする者は捕獲国の費用を以て比等俘虜を治療することを得べき一切の軍用又は民間の病院に收容せらるべし

 【第十五条】
 (健康診断)俘虜の医学的検査は少くも月に一回為さるべし該検査は一般の健康状態及清潔状態の監督並に伝染病特に結核及花柳病疾患の検出を目的とす

 【第十六条】
 (礼拝)俘虜は軍事官憲の定むる秩序及取締に関する規定に服することを唯一の条件として其の宗教の運行に付一切の自由を与へられ其の宗派の礼拝式に参列することを得べし
 俘虜にして或宗派の司教たる者は該宗派の名称如何に狗はらず自由に同宗派に属する者の間に宗教を司ることを許さるべし

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国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その七 「武力行使の手段と方法」

 【陸戰ノ法規慣例ニ關スル規則】

 第二二條 交戰者ハ、害敵手段ノ選択ニ付、無制限ノ權利ヲ有スルモノニ非ス。

 【ジュネーヴ諸条約第一追加議定書】

 第五一条(文民たる住民の保護)
 4 無差別攻撃は、禁止する。無差別攻撃とは、次の攻撃であつて、それぞれの場合に、軍事目
標及び文民又は民用物に区別なしに打撃を与える性質を有するものをいう。
 a) 特定の軍事目標を対象としない攻撃
 b) 特定の軍事目標のみを対象とすることのできない戦闘の方法及び手段を用いる攻撃

 【ダムダム弾禁止宣言】

  ダムダム弾の禁止に関するヘーグ宣言

  締約国ハ、外包硬固ナル弾丸ニシテ其ノ外包中心ノ全部を蓋包セス若シクハソノ外包ニ哉刻シタルモノノ如キ人体内ニ入リテ容易ニ開展シ又ハ扁平ト為ルヘキ弾丸ノ使用ヲ各自ニ禁止ス。

http://www.mahoroba.ne.jp/~felix/Sociosphere/PeaceResearch/Law_of_War.html

•1856年:海上法の要義を確定する宣言(パリ宣言)
•1864年:傷病者の状態改善に関する第1回赤十字条約
•1868年:セント・ピータースブルグ宣言
•1899年:
 陸戦法規慣例条約付属陸戦規約
 空爆禁止宣言
 毒ガス禁止宣言
 ダムダム弾禁止宣言
•1906年:傷病者の状態改善に関する第2回赤十字条約
•1907年:
 開戦に関する条約(ハーグ第3条約)
 陸戦法規慣例条約(ハーグ第4条約)付属陸戦規約
 陸戦中立条約(ハーグ第5条約)
 開戦の際における敵の商船取扱に関する条約(ハーグ第6条約)
 商船を軍艦に変更することに関する条約(ハーグ第7条約)
 自動触発水雷禁止条約(ハーグ第8条約)
 海軍砲撃条約(ハーグ第9条約)
 海戦における捕獲権行使の制限に関する条約(ハーグ第11条約)
 海戦中立条約(ハーグ第13条約)
•1925年:毒ガス等の禁止に関するジュネーブ議定書
•1929年:
 傷病者の状態改善に関する第3回赤十字条約
 捕虜の待遇に関する条約
•1936年:潜水艦の戦闘行為に関する条約
•1949年:
 陸戦傷病者保護条約(ジュネーブ第1条約)
 海戦傷病者保護条約(ジュネーブ第2条約)
 捕虜条約(ジュネーブ第3条約)
 文民条約(ジュネーブ第4条約)
•1954年:ハーグ戦時文化財保護条約
•1977年:
 環境改変技術敵対的使用禁止条約
 ジュネーブ条約第1追加議定書
 ジュネーブ条約第2追加議定書
•1980年:特定通常兵器使用禁止制限条約
•1993年:化学兵器禁止条約
•1997年:対人地雷禁止条約

【対人地雷禁止条約】

 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/arms/mine/genjo.html

 地雷問題・対人地雷禁止条約(オタワ条約)の概要
 2006年1月

 1.地雷問題の現状
 紛争地域を中心に埋設された地雷は、非戦闘員である一般市民に対し無差別な被害を与えるという、人道上極めて重大な問題を引き起こしている。また、そうした地域の紛争終結後の復興と開発にとって大きな障害となっている。
 2.国際社会の取り組み
(1)契機
 1990年代初頭より対人地雷問題に関する国際社会の関心が高まり、ICRCやブトロス・ガーリ国連事務総長(当時)、クリントン米大統領(当時)等がイニシアチブをとって対人地雷問題への取り組みの必要性を訴えた。
(2)特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)改正議定書IIによる規制
 1980年に採択されたCCWの地雷等に関する議定書(議定書II)は、対人地雷が主に使用される内乱には適用されず、また、探知不可能な地雷等を禁止していないなどの問題点を内包していたことから、地雷問題に関する国際的な機運の盛り上がりを受けて、1996年5月、同議定書が改正された。この改正議定書IIは内乱にも適用され、また、探知不可能なもの及び自己破壊装置のないものなど、悪質な対人地雷を原則使用禁止とし、移譲の制限が盛り込まれるなど規制の内容が強化された。2005年12月末現在、日本を含め85カ国が締結している。他方、この改正議定書IIも対人地雷の「生産」、「貯蔵」を禁止はするには至っておらず、また、「使用」や「移譲」の禁止に関しても一定の条件の下の規制となっており、全面禁止とはなっていない。
 3.対人地雷禁止条約(オタワ条約)の経緯・概要
 (1)特定通常兵器使用禁止制限条約基づく部分的な禁止では対人地雷問題の抜本的な解決には至らず、使用、貯蔵、生産、移譲の全面禁止が必要であるとする国際世論を踏まえ、地雷廃絶国際キャンペーン(ICBL: International Campaign to Ban Landmines)をはじめとするNGOと、対人地雷全面禁止に賛同する諸国の協力により、対人地雷禁止条約への道が開かれた。カナダ政府が1996年10月にオタワで開催した国際会議に端を発する、いわゆるオタワ・プロセスを通じて作成された対人地雷禁止条約(オタワ条約、正式名称は「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約」)は、1997年12月のオタワでの署名式において署名のため各国に開放され、1999年3月1日に発効した。
 (2)対人地雷禁止条約は、基本的に対人地雷の使用、貯蔵、生産、移譲等を全面的に禁止し、貯蔵地雷の4年以内の廃棄、埋設地雷の10年以内の除去等を義務付けるとともに、地雷除去、犠牲者支援についての国際協力・援助等を規定している。(条約の規定概要)
 (3)対人地雷禁止条約が発効した1999年以降、締約国会議が毎年開催されている。2004年11月には、条約発効後初の検討会議がナイロビで開催され、対人地雷廃絶に向けた過去5年間の取り組みの成果や課題をまとめた「検討」、残された課題に対する今後5年間の行動の指針たる「行動計画」及び対人地雷廃絶という目標についての政治的コミットメントを示した「ハイレベル宣言」の3つの文書が採択された。

 【陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則 陸戦規則】

 第二五条[防守されない都市の攻撃] 防守セサル都市、村落、住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス。
 第二六条[砲撃の通告] 攻撃軍隊ノ指揮官ハ、強襲ノ場合ヲ除クノ外、砲撃ヲ始ムルニ先テ其ノ旨官憲ニ通告スル為、施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘキモノトス。
 第二七条[砲撃の制限] 攻囲及砲撃ヲ為スニ当リテハ、宗教、技芸、学術及慈善ノ用ニ供セラルル建物、歴史上ノ紀念建造物、病院並病者及傷者ノ収容所ハ、同時ニ軍事上ノ目的ニ使用セラレサル限、之ヲシテ成ルヘク損害ヲ免レシムル為、必要ナル一切ノ手段ヲ執ルヘキモノトス。
被囲者ハ、看易キ特別ノ徽章ヲ以テ、右建物又ハ収容所ヲ表示スルノ義務ヲ負フ。右徽章ハ予メ之ヲ攻囲者ニ通告スヘシ。

 【ジュネーヴ諸条約第一追加議定書】

 第五十二条 民用物の一般的保護
 2 攻撃は、厳格に軍事目標に対するものに限定する。軍事目標は、物については、その性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に資する物であってその全面的又は部分的な破壊、奪取又は無効化がその時点における状況において明確な軍事的利益をもたらすものに限る。

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国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その六 「武力紛争法の適用」

 【ジュネーヴ諸条約第一追加議定書】

 第五一条(文民たる住民の保護)
 5 特に、次の攻撃は、無差別とみなす。
 b) 予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、過度に、巻添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を引き起こすことが予測される攻撃

 第五六条(危険な威力を内蔵する工作物及び施設の保護)
 1 危険な威力を内蔵する工作物又は施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合にも、その攻撃が危険な威力を放出させ、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらす場合には、攻
撃の対象としてはならない。これらの工作物又は施設の場所又はその近傍に所在する他の軍事目標は、攻撃がこれらの工作物又は施設から危険な威力を放出させ、その結果文民たる住民に重大な損失をもたらす場合には、攻撃の対象としてはならない。
 2 1に規定する攻撃からの特別の保護は、次の場合にのみ、消滅する。
 a) ダム又は堤防については、それが通常の機能以外の目的でかつ軍事行動に対し恒常的、重要なかつ直接の支援を行うために利用されており、それに対する攻撃が支援を終了させるための唯一の可能な方法である場合
 b) 原子力発電所については、それが軍事行動に対し恒常的、重要なかつ直接の支援を行うために電力を供給しており、それに対する攻撃が支援を終了させるための唯一の可能な方法である場合
 c) 1に規定する工作物又は施設の場所又はその近傍に所在する他の軍事目標については、それが軍事行動に対し恒常的、重要なかつ直接の支援を行うために利用されており、それに対する攻撃が支援を終了させるための唯一の可能な方法である場合
 3 文民たる住民及び個々の文民は、すべての場合において、国際法が与えるすべての保護(次条に規定する予防措置の保護を含む。)を享有する権利を有する。保護が終了し、1に規定する工作物、施設又は軍事目標が攻撃される場合には、危険な威力の放出を避けるために実際的なすべての予防措置をとるものとする。
 4 1に規定する工作物、施設又は軍事目標を復仇の対象とすることは、禁止する。
 5 紛争当事国は、1に規定する工作物又は施設の近傍に軍事目標を設置することを避けるように努める。もつとも、保護される工作物又は施設を攻撃から守ることのみを目的とする施設は、構築することを許されるものとし、攻撃の対象としてはならない。ただし、その施設が、保護される工作物又は施設に対する攻撃に対応するために必要な防衛行動の場合を除くほか、敵対行為において利用されず、かつ、その施設の武装が保護される工作物又は施設に対する敵対行為を撃退することのみのできる兵器に限られていることを条件とする。
 6 締約国及び紛争当事国は、危険な威力を内蔵する物に一層の保護を与えるために相互の間で新たな取極を締結するよう要請される。
 7 紛争当事国は、この条の規定により保護される物の識別を容易にするため、附属書I 第一六条に明記する同一軸上に置かれた3個の鮮やかなオレンジ色の円から成る特別の標識で、その物を表示することができる。表示のないことは、この条の規定に基づく義務を紛争当事国に免除するものではない。

 【ハーグ陸戦法規】

 ハーグ陸戦条約
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から
 
 ハーグ陸戦条約とは、1899年にオランダ・ハーグで開かれた第1回万国平和会議において採択された「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」並びに同附属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」のこと。1907年第2回万国平和会議で改定され今日に至る。ハーグ陸戦協定、ハーグ陸戦法規、陸戦条規とも言われる。
 交戦者の定義や、宣戦布告、戦闘員・非戦闘員の定義、捕虜・傷病者の扱い、使用してはならない戦術、降服・休戦などが規定されている。現在では各分野においてより細かな別の条約にその役割を譲っているものも多いが、最も根源的な戦時国際法として、基本ルールに則って正々堂々と戦争を行うよう規定している。云わば「戦争のルール」で、日露戦争等のごく限られた戦争ではルールに沿って整然と行われていた。
 しかし、スペイン内戦から第二次世界大戦、ゲリラ戦術や途上国の戦闘などで凄惨な戦争が生じ、その精神は破られてしまった。また朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争他に見られるように、一向に遵守される様子はない。 イスラム教圏のゲリラや民兵組織ではハーグ陸戦条約よりもイスラーム戦争法が優先される場合がある。
 日本においては、1911年11月6日批准、1912年1月13日に陸戰ノ法規慣例ニ關スル條約として公布された。他の国際条約同様、この条約が直接批准国の軍の行動を規制するのではなく、条約批准国が制定した法律に基づいて規制される。

 【傷病兵保護条約】

 衛生兵
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 衛生兵の国際法上の庇護 [編集]

 1929年にジュネーヴで傷病兵保護条約(ジュネーヴ条約)が結ばれ、衛生兵などは国際法規により保護されることとなった。

 戦地軍隊ニ於ケル傷者及病者ノ状態改善ニ関スル「ジュネーヴ」条約

 現代語では以下のような内容となる。

 衛生上の部隊・施設について(第2章)

 衛生部隊及び衛生機関の施設は交戦者によって尊重保護される。(第6条)
衛生部隊及び衛生機関の施設が害敵行為に使用される時は保護を失う。(第7条)
 以下の事実は衛生部隊及び衛生機関の施設が第6条による保護を失う理由と見なされない。(第8条)
 衛生部隊又は衛生施設の人員が武装し、その武器を自己又は傷病者の防衛の為に使用した場合
 武装した衛生兵がいない場合に歩哨又は衛兵によって衛生部隊又は衛生施設を守衛している場合
 傷病者より取り上げたにもかかわらず所轄機関に引渡されていない携帯武器及び弾薬が衛生部隊又は衛生施設内で発見された場合
 獣医機関の人員及び材料が衛生部隊又は衛生施設の一部分を構成しないでその中にある場合
 衛生兵について(第3章)
 以下に従事する人員は、如何なる場合においても尊重かつ保護しなければならず、敵中に陥った場合といえども捕虜として取り扱われることはない。(第9条)
 傷病者の収容・輸送・治療に専ら従事する人員
 衛生部隊及び衛生施設の事務に専ら従事する人員
 軍隊に随伴する宗教要員
 軍人であっても補助看護人・補助担架兵として傷病者の収容・輸送・治療の為に特別な教育を受け、その証明証を携帯する人員が職務遂行中に捕らえられた場合。
 衛生兵は自己又は傷病者の防衛の為の武器以外は所持してはならない。(第8条)

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国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その五 「軍縮」

 【国際連合憲章】

 第51条〔自衛権〕
 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

 【ニカラグア事件】

 145-参-日米防衛協力のた…-9号 1999年05月20日
 戦争法案について徹底追及
 (ガイドライン特別委員会)

○小池晃君 日本共産党の小池晃です。
 昨日、TBSテレビ「NEWS23」で世論調査の結果が発表されております。今審議中のガイドライン法案についてあなたはどう考えるか、こういう質問に対して、賛成するという方が、四月にも同じ調査をやっているんですが、四月は四一・四%に対して三七%と減っているんです。そして、反対という方は、二五・五%から二八・五%にふえている。わからないという方も三三・一%から三四・五%とふえている。
 審議が進めば進むほど反対の声もふえている。わからないという人もふえている。皆さんさっきから、わかっていないから反対だなどと非常に失礼なことを言っているが、わかってきているから今反対の声がどんどん広がってきているんじゃないでしょうか。
 いまだに法案の根幹部分である周辺事態の定義、これも不明確だ。周辺地域の周辺とはどこなのか、事態とは一体何なのか、明らかになっていないじゃないですか。
 そもそも憲法九条で武力による国際紛争の解決を禁じた日本が、何で日本が攻撃をされてもいない周辺事態で戦争への参加ができるのか。新ガイドライン関連法案で日本が行う後方地域支援は、これは憲法違反の武力行使そのものじゃないか。こういうことに答えてないんですよ。きょうはこうした点について質問をしていきたいというふうに思います。
 まず最初にお聞きしますが、日本国憲法も国連憲章も、これは二度にわたる悲惨な大戦の教訓を踏まえて、紛争は平和的に解決をする、こういう決意の上につくられております。国連憲章は、紛争の平和的な解決の手段を尽くした後の安保理の決議に基づく軍事的な措置を認めていますが、憲法はこの軍事的な措置への参加は認めておりません。
 紛争の平和的な解決に徹するのが憲法の立場だ、これは憲法制定時の衆議院本会議で、当時の吉田茂首相が憲法第九条に触れてこう述べておられる。憲法制定時の衆議院の本会議の議事録ですが、「斯かる思い切った条項は、凡そ従来の各国憲法中稀に類例を見るものでございます。」、「此の高き理想を以て、平和愛好国の先頭に立ち、正義の大道を踏み進んで行こうと云う固き決意を此の国の根本法に明示せんとするものであります。」、こう言われている。
 日本は世界各国の先頭に立って紛争の平和的な解決を目指そう、これが憲法の立場です。このこと、この立場は今日でも日本政府は変わらない、そういうふうに言えますね、お答えください。憲法問題ですよ、法制局です。

○政府委員(大森政輔君) 昭和二十二年に憲法が制定されまして以来、憲法に盛り込まれました平和主義の理念、これはその後定着し、その後憲法が改正されたわけでもありませんから、依然としてその方針は変わっておらないということはそのとおりでございます。

○小池晃君 その立場は変わってないんだと。
 この観点から、政府はこれまで日本がとれる軍事行動については国連憲章、国際法の基準と比べても制約がある、そういう見解を示してきております。例えば、八一年の角田法制局長官はこう答弁している。「いわゆる個別的自衛権、こういうものをわが国が国際法上も持っている、」、「ところが、個別的自衛権についても、その行使の態様については、」「たとえば海外派兵はできないとか、それからその行使に当たっても必要最小限度というように、一般的に世界で認められているような、ほかの国が認めているような個別的自衛権の行使の態様よりもずっと狭い範囲に限られておるわけです。」、こう言っているわけです。
 日本国憲法で認められる行動は、国連憲章で認められるものよりも狭い範囲に限られている、これも確認できますね。どうですか。

○政府委員(大森政輔君) お尋ねの日本国憲法と国連憲章等との間の差の問題でございますが、委員が言外に御指摘されているような意味における差があるかどうかはともかくといたしまして、御承知のとおり、日本国憲法は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」。そして二項におきまして、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」、こういうふうに規定されておりまして、この第九条の解釈といたしましては、我が国を防衛するために必要最小限度の実力組織を保持し、そしてその組織に基づく自衛行動を行うことはともかくとして、それ以外については一切武力の行使に当たる行為等は行わないという方針を採用しているわけでございます。
 それに対しまして国連憲章におきましては、まず第七章におきまして集団的安全保障措置に関する規定があり、安保理の決議がありますと陸海空軍の行動もとることを認め、また五十一条におきましては、ある一定の制約のもとで個別的自衛権あるいは集団的自衛権の行使を認めているというように、武力の行使についてある許容の範囲、例外の範囲というのは日本国憲法との間で制度的な差があるということは、そういう意味におきましては御指摘のとおりではなかろうかと思うわけでございます。

○小池晃君 私が言った違いというのはそういうことなんですよ、長々と言われたけれども。もうちょっと素直に答えていただきたいと思うんです。
 こういう憲法のもとで、こうした点から見れば、新ガイドライン法案というのは明らかにこうした憲法の制約を踏みにじるものである、そういう疑念を晴らすことができないわけであります。
 そこで次に、今国連憲章を触れられましたが、国連憲章についてお伺いしたい。国連憲章では、どういう武力の行使が禁止をされておるのか聞いていきたい。
 国連憲章二条四項ではこう言っております。
  すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
こうしております。
 二条四項で言っている武力の行使とは、軍事力をもって物事を解決することであり、それを禁止する、そういうことでよろしいですか。

○政府委員(東郷和彦君) お答え申し上げます。
 委員御指摘のように、国連憲章二条四項に、
  すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
と規定されております。
 ここに規定されておりますところの武力の行使、ユース・オブ・フォース、これにつきましては、起草の経緯などからして政治的、経済的圧力の行使は含まれておらず、専ら実力の行使に係るものと解されております。

○小池晃君 要するに、この国連憲章二条四項で言う武力の行使というのは、政治的、経済的な圧力は除くと、そういう議論は確かにあります。しかし、それ以外の実力による軍事的な圧力は含まれるんだと。つまり、これは戦闘行為だけではなくて兵たん活動など戦闘行為を支える活動も含まれる、そういうふうに理解してよろしいんですね。

○政府委員(東郷和彦君) ただいま申し上げましたように、専ら実力の行使に係るものと解されております。したがいまして、通常理解されておりますところの兵たん活動、こういうものは含まれていないというふうに解すのが一般的であるというふうに考えております。

○小池晃君 軍事的な実力の中に兵たん活動を含むなんて国際的な軍事的な常識じゃないですか。全くおかしい。

○政府委員(東郷和彦君) お答え申し上げます。
 法的な観点から申し上げれば、国連憲章二条四項におきますところの武力の行使、これは実力を指すというのが現下の国際社会の理解と申し上げて間違いないと思います。事実の問題として、兵たん活動を行えばそれは実力の行使と関係がある、ない、こういう議論がございます。しかし、法的な議論といたしましては、武力の行使というのは実力の行使ということで間違いないというふうに考えております。

○小池晃君 それでは聞きますけれども、この国連憲章二条四項で言う武力の行使、これは戦闘行為だけ、それに限定をすると、そういう決定が今まで国連の場で行われたことはありますか。どうですか。

○政府委員(東郷和彦君) 国際法上、この武力の行使自体の定義について、条約等、そういう成文法上の明示的な規定があるわけではございません。それから、国連におきましてはいろいろな国連総会の決議等というのはございました。しかし、法的な意味でこの武力の行使を定義したというものはございません。
 しかし、私が申し上げたのは、このような武力の行使に対する国際的な解釈といたしまして、専ら実力の行使を指すものであるというのが現下の国際社会の理解であるということを申し上げたわけでございます。

○小池晃君 ないということなんですよ。この戦闘行為だけに限定するという決定は今まで国連ではされていないということなんです。武力行使を戦闘行為に限る、こんなことは国連憲章の解釈からは全く出てこないんだ。国連のほかの決定に、今ちょっと決議等にも触れられましたが、その問題で次に議論を進めていきたいというふうに思います。
 一九七四年十二月に、国連総会で侵略の定義に関する決議というのが行われております。これは国連が国際関係において何をもって何を侵略というふうにするのか、これは二十四年間かけて議論を重ねてコンセンサス、全会一致で確認をしたものであります。
 この国連での審議の過程で日本も含めた六カ国、カナダ、イタリア、イギリス、北アイルランド、アメリカ、ここが共同修正案を出しております。これは一九六九年に提案をされている。これです。(資料を示す)
 ここに現物がありますが、これを見ますと、侵略を構成し得る武力行使には以下のものが含まれるというふうにして、目的として五項目、そして行為の内容、態様として八項目を挙げております。
 その八項目を見ると、他国の管轄下にある領域に対する爆撃、他国の軍隊、艦船、航空機に対する組織的な攻撃を行うこと、こういった直接のいわゆる戦闘行為。これ以外にも以下のような項目が含まれております。武装部隊もしくは非正規軍、義勇軍を組織、支援、指揮すること。支援というのはサポーティングという言葉を使われている。暴力的な内乱や他国に対するテロ行為を組織、支援、指揮すること。そして、他国の政府転覆を目的とした破壊行動を組織、支援、指揮すること。これは日本が提案しているんですよ、共同修正案。
 ここで禁止をされている武力行使は、これは戦闘行為に限定されていないじゃないですか。どうですか。

○政府委員(加藤良三君) 一九七四年の侵略の定義に関する総会決議、それから一九六九年の日本を含む六カ国提出の共同修正案についてお尋ねがございましたのでその順序で申し上げますが、最初に七四年の侵略の定義に関する決議、これは武力の行使それ自体に関する定義規定を有しておりません。この決議はあくまでも国連総会が安保理による侵略行為の認定のための指針として基本的な原則を定めようとしたものでございます。それにとどまるものでございます。
 この決議は、六条に明記されておりますとおり「憲章の範囲をいかなる意味においても拡大し、又は縮小するものと解してはならない。」のであり、当該決議中の武力の行使とは憲章第二条第四項の武力の行使、先ほど条約局長から説明がありました武力の行使と同義であって、専ら実力の行使にかかわるものと解されます。
 次に、六九年の日本を含む六カ国共同修正案を提出して、その内容について委員から御紹介がございました。確かにこの案文は、侵略の認定は国際の平和と安全の維持に主要な責任を有する安保理が行うものであるという観点から、侵略とは安保理が用いる用語であるとした上で、侵略という言葉の定義及び侵略を構成する武力行使の目的及び手段を例示しているということでございますが、基本は七四年の決議について今私が申し述べたとおりでございます。

○小池晃君 だから、この侵略の定義に書いてあるんですよ。侵略と武力行使というのは全く別じゃないんですよ。最も深刻かつ危険な違法な武力行使なんです、侵略というのは。ですから、侵略に対して定義をしたということは、侵略というのは武力行使の一部分なわけですから、その態様を定義したということは、それは武力行使というのにこういう態様のものが含まれるということじゃないですか。だから、武力行使というのは単に直接の戦闘行為だけではなくて、その戦闘行為を支える数々の支援活動、組織活動、指揮活動、こういったものが武力行使に含まれるということを、これは一九六九年の時点で日本の政府が提案しているんじゃないですか。そのことを言っているんです。

○政府委員(加藤良三君) ただいまの御指摘は正確でないと思います。
 侵略の定義に関する決議というのは、まさに第三条に「次に掲げる行為は、いずれも宣戦布告の有無にかかわりなく、」「侵略行為とされる。」ということが書いてありますが、その前に「第二条の規定に従うことを条件として、」という縛りがかかっております。
 第二条、これが何が書いてあるかと申しますと、国家による憲章違反の武力の先制的行使は、侵略行為の一応の証拠を構成する。ただし、「安全保障理事会は、国際連合憲章に従い、侵略行為が行われたとの決定が他の関連状況に照らして正当化されないとの結論を下すことができる。」。すなわち、安保理は安保理として最終的な決断を下すということはこの七四年の決議において明記されているわけでございます。そしてさらに、前文に「侵略行為が行われたか否かの問題は、個々の事件ごとのあらゆる状況に照らして考慮されなければならない」云々という記述があるわけでございまして、その例示された侵略の行為というものがすぐ武力の行使につながるということではないと考えます。

○小池晃君 そんなことを聞いているんじゃないんですよ。これに書いてあるからこれで自動的に武力行使になるんだって、そんなこと一言も聞いていないでしょう。武力行使の形態として挙げているんです、こういうものを例示的に。だから、こういうふうに示しているということは、武力行使というのは戦闘行為に限られないという見解をその当時日本政府は持っていたということなんじゃないですかというふうに聞いているんです。答えてください、そこのところ。

○政府委員(加藤良三君) まず、一九七四年の決議、六九年の共同修正案ということの性格なんでございますが、委員がおっしゃっておられるのはむしろ一九三三年ごろの侵略の定義に関する条約というものに近いのかなという感じがいたしまして、こちらの方はそういうものではございません。
 確かに、今申されたような一国による例示列挙ということがございますけれども、同時に一国による国連憲章に反する兵力の先制使用は侵略行為の一応の証拠を構成する、これは第二条に書いてあります。そういう推定規定を設けながら、この定義が安全保障理事会による国連憲章三十九条に基づく侵略行為の存在決定に当たっての指針である、これ自体が物を決めているわけではない、決めるのは安保理なのである、安保理がその権限を有しているのである、具体的ケースにおける侵略行為の存在、認定の権限を有する安全保障理事会の裁量権を第二条が確認しているわけでございまして、そのことを私は申し上げたつもりでございます。

○小池晃君 全然説明になっていないです。安全保障理事会で決定するのは当たり前ですよ。総会決定というのは法的拘束力はないんでしょう。一々の事態について、個々の事態についてそれを安全保障理事会で決定していくわけでしょう。これは当然のことを言っているだけですよ。
 その際に、いろんな形態の武力行使が行われるであろう、そのことが武力行使に該当するかどうか、例えばテロ行為に対する支援というのは武力行使なのかどうなのかというときに、これを指針として示したわけじゃないですか、そういうことも含まれると。そして、それを日本政府が提案したわけではないですか。ということは、その時点では日本政府は、武力行使というのは戦闘行為に限られるということではなくて、それを支えるさまざまな行動も武力行使の形態としてあり得るというふうに考えていたということじゃないですか。そのことに正面から答えてください。

○政府委員(加藤良三君) ちょっと経緯について説明させていただきますけれども、国際法違反行為として制裁の対象となるべき武力行使としての侵略、これを定義するということについては、定義の可能性と有用性という問題が当時ずっと提起されていたわけでございます。
 第一に、いかなる行為がいかなる状況のもとで国際法上違法な武力行使としての侵略であるかを外延と内包を全部確定して一般的に妥当する定義で決定することは不可能に近いという認識が当時国連であったわけであります。
 それから第二に、具体的行為が具体的状況のもとで国際法上違法な行為としての侵略であるかをそういった一般的な定義の適用によって設定することは極めて危険であって、したがってそのような定義は仮に可能であったとしても有用ではない、こういう議論が盛んに出されていたわけでございます。
 そういう議論の流れを受けて、私が先ほど申し上げましたように、安保理が明確な決定の権限を持つ、そのためのガイドライン、基本原則みたいなものを例示的に示すということでおさまりがついた、こういう流れであったわけでございます。

○小池晃君 私の質問に正面から全く答えていただけない。
 特別委員会が最終草案を採択したときに、日本代表は席上でこう発言しております。この侵略の定義が総会二十九会期に採択されると、国際法の歴史に新しい一章が書き込まれ、多くの高名な学者の夢が実現することになるだろう、こういうふうに言っているんです。少なくとも一九六九年のこの修正案を出した時点ではこれは禁止すべき武力行使に支援も含めていた、外務省、日本政府はそういう見解であったということは否定できないはずです。このことはどうですか。このことに答えてください。

○政府委員(加藤良三君) 正面からお答えしているつもりなんでございますけれども。
 その決議案の作成段階における提案、議論の内容については交渉過程にかかわるということもございますので、その決議が採択された後の時点において逐一コメントすることは私は適当でないと考えまして、一般論として申し上げるわけですが、交渉中に各国がとった立場が最終的立場としてその国を拘束するということはもちろんないわけでございます。
 いずれにしても、侵略の定義に関する総会決議は、先ほど来申し上げておりますとおり、国連憲章上、侵略行為の存在を決定する権限は安保理にあるということを前提として、安保理が侵略行為の存在を決定する際の指針として作成されたものであるということでございます。
 今議論になっております両文書というのはあくまでも総会決議でございまして、それ自体としては委員が示されたとおり法的な拘束力を有するものではございません。また、両文書ともその中に国連憲章の関連規定の範囲をいささかも変更するものではないということを明記しておるわけでございます。そのようなものとしてこの両方の決議ともコンセンサスで採択されたものでございますし、日本もそのような認識に立ってコンセンサスに参加したということでございます。

○小池晃君 正面から答えないんです。この時点で認めていたことははっきりしているんですよ。
 そしてさらに、個々の事態を安保理で認定する、これは当然のことです。個々の事態がどう認定されたか、そういう問題を議論したい。
 国際司法裁判所のニカラグア事件判決、この問題を取り上げたいと思います。
 この判決が武力行使の範囲について認定した唯一の国際司法裁判所の判決である、このことは認められますね。

○政府委員(東郷和彦君) お答え申し上げます。
 武力行使との関連ということでございますけれども、御指摘のニカラグア事件判決、これは武力行使の問題にICJが正面から取り組んだ主要な事例であるというふうに理解しております。
 武力行使に言及したもの、あるいは武力行使にかかわる例としては、例えば一九四八年のコルフ海峡事件あるいは一九八六年のブルキナファソ、マリ間の国境紛争事件、さらには同じく一九八六年の核兵器の違法性に関するICJ勧告などがございますけれども、武力行使というものはどういうものかということに正面から取り組んだ主要な判決はこのニカラグア事件判決というふうに心得ております。

○小池晃君 これは大変大切な判決なんですよ、武力行使というのを国際法上考えていく上で。
 何でこの裁判について取り上げるのかちょっと説明をしたいと思います。
 この裁判は一九七九年にニカラグアにサンディニスタ左翼政権が誕生してからの話であります。ニカラグアの隣にエルサルバドルという国がある。アメリカはこのエルサルバドルと友好関係にあった。このエルサルバドルの政権に対して武力闘争をしているゲリラがいたわけです。それに対してニカラグアが援助をした、これがアメリカの言い分だったわけであります。そして、アメリカはこれを理由にしてニカラグアへの経済援助を停止した。ニカラグアの反政府勢力コントラに対する軍事援助を行った。そして機雷封鎖、ニカラグアへの直接の武力行使もやったんです。このことに対してニカラグアは、これは国際法違反だということで国際司法裁判所に提訴をした。そういう話であります。
 何でこの裁判を重要視するのか。これは裁判では、ニカラグアのエルサルバドルのゲリラに対する武器供与、兵たん援助、これが問題になったんです。アメリカはこれを武力攻撃だと言ったんです。これは武力攻撃だからこれに対して集団的自衛権を発動する、それを正当化したんです。ニカラグアというのは当時、人口三百万人、小さい国です。軍といったって歩兵部隊ぐらいで、対空兵器もない。そんな小さな国が隣の国に銃を運んだんだと、これは状況証拠しかないんですけれども、それをアメリカは、武力行使じゃないです、武力攻撃だと言ったんです。これに対して判決では、これは武力攻撃とまでは言えないが武力行使とみなし得るというふうにしたのがニカラグア事件判決の最大のポイントじゃないか。大きな意味があるんじゃないかというふうに思うわけです。
 五月十日の当委員会で、我が党の筆坂議員の質問に対して外務大臣は、国際社会におけるICJ、国際司法裁判所の判決は厳粛に受けとめておりますという答弁でしたが、これは武器、兵たんその他の支援の供与は武力の行使とみなされるという国際司法裁判所の判決の内容を認める、そういうことですね。

○国務大臣(高村正彦君) 御指摘のICJ判決は、ある国が他国内のゲリラ等の反政府勢力に対して行う支援等の論点につき法的評価を行ったものであります。政府といたしましては、国際社会における主要な司法機関である国際司法裁判所の判決は厳粛に受けとめておりますが、その判決の具体的内容については、それぞれの論点につき個別の事件の文脈に照らして理解すべきものと考えます。
 そうした前提のもとで申し上げれば、ICJの判決においては、一般に外国の反政府勢力に対する武器、兵たん、その他の支援の供与の形でなされる援助がその外国に対する武力の行使や干渉とみなされることもあり得ると述べていることは承知しております。しかしながらこの判決は、同時に、米国によるニカラグアの反政府勢力に対する支援のすべてが武力の行使等に該当するものではないとも述べていると承知をしております。
 したがって、一般論として、何が武力の行使とみなされることになるのかについてこの判決で明確にされているとは全く考えておりません。

○小池晃君 今ちょっと二つの問題を一緒におっしゃられたと思うんですが、まず最初のニカラグアのエルサルバドルのゲリラに対する支援とアメリカのニカラグアの反政府勢力に対する支援、この裁判では二つ認定されているんです。
 ところが、裁判の中心点は、これはニカラグアのエルサルバドルのゲリラに対する支援、これを問うている。そこでそれはどう表現されているかというと、サッチ アシスタンス メイ ビー リガーデッド アズ ア スレット オア ユース オブ フォースと。みなされるですよ。みなされることもあるというふうに今言ったけれども、みなされるというふうにはっきり言っているわけです。
 確かに、支援のすべてが武力の行使に該当する、そういう認定をしたわけじゃないです。それはそうです。けれども、少なくともこの判決からこういうことを言えるじゃないですか。一つは、武力行使というのは戦闘行為に限られる、そういうことじゃないんだということが言えると。それから、この全文を読むと、武力行使の範囲から除外されるものについては、一応資金援助というのは排除されているんです。それ以外に、明示的に武力行使の範囲から排除するものはないんです。
 すなわち、この判決で認定をしたのは、国際法上の武力の行使というのは戦闘行為だけに限定はされていない、兵たんなどの支援活動も含まれるということは認められるんじゃないですか。これは具体的な事例じゃないです。一般原則としてそういう判決を書いたんですから、その中身はICJの尊重され得る判決の中身として認められるんではないか、そういうふうに聞いているんです。

○政府委員(東郷和彦君) 委員より判決の条文についての御指摘がございましたので、念のために一点申し上げたいのでございますが、委員の御指摘になられた部分は、武器、兵たんその他の支援の供与の形でなされる反政府勢力の援助については、武力による威嚇または武力の行使としてみなされるかもしれない。英文で申し上げれば、サッチ アシスタンス メイ ビー リガーデッドということでございまして、常にみなされるということをこの判決が言っているわけではないというふうに理解しております。

○小池晃君 何を言っているんですか。メイというのは何々し得るというのが最も適切な訳ですよ。
 それからフランス語版を見ればさらに明瞭なんです。フランス語版を見ると、オン プ ボワールというのが書いてあるんです。明らかにこれはみなし得るという以外に訳せないんです。かもしれないなんという訳にはならないです、これは。明確です。
 この判決が、先ほどもちょっとおっしゃいましたけれども、個々の文脈で理解するんだと、これは当たり前ですよ。裁判というのはそういうものでしょう。当事者間だけ拘束する、それは当然であります。
 しかし、国際司法裁判所の判決というのは、これは高野雄一さんという方が「判例研究 国際司法裁判所」に書いておりますが、「それは当事国のみを拘束するものではあるが、争われ問題となっている国際法の規則そのものをあきらかにし確定する。それによって国際法に確実な発展の基礎を与える。」と言っているんです。
 ですから、先ほどから議論しているような武力の行使というものに対して、この国際司法裁判所の規定というのは、武力の行使というのは直接の戦闘行為だけではない、さまざまな援助活動、支援活動もそれにみなされる、そういうことを認めたということははっきり言えるんじゃないですか。そのぐらいは認めてくださいよ。

○政府委員(東郷和彦君) メイの訳し方についてはいろいろな見方があるかもしれませんが、ただ委員の御指摘にいたしましても、また私が申し上げたことにつきましても、そういうことがあり得る、すべての場合そうではないけれども、そういうこともあり得るという点では共通の理解があるのではないかと思います。
 この判決につきまして、外務大臣よりも申し上げ、私よりもぜひ申し上げたいのは、この判決というのはゲリラ等の反政府勢力に対して行う支援、そのゲリラに対する支援の実態については先ほど委員より御説明がございましたけれども、そういうゲリラに対する支援についての判決であったということでございます。
 今委員会の審議との関係で申し上げれば、冒頭、私より、いわゆる兵たん活動、つまり米軍が行動していてそれに対して自衛隊が兵たんとして支援をする、このようなケースとは全く違う、みずからが活動することなくゲリラに対して支援をする、そういう特殊な、特殊という言葉がもし適当でないとすれば、そういう特定の案件に対する判決であったということでございまして、そのような事案に対する判決として拘束力を持っているということでございます。

○小池晃君 これはゲリラに対する支援ですら武力行使となったというところなんです。正規軍に対する兵たん活動というのは武力行使じゃないと言うんですか。そんなはずがあるわけないじゃないですか。正規軍に対する兵たん活動が武力行使に当たるのは当たり前なんですよ。ゲリラに対する非常に特別な特殊な援助活動ですら武力行使だというふうに認定したというところがみそなんですよ。ゲリラに対する支援が武力行使だったら正規軍に対する兵たん活動なんて明らかに武力行使じゃないですか。全く話になっていない。
 もう一度聞きます。
 この判決が武力行使というのは戦闘行為だけに限定していないんだということを認めた判決であることは認めますね。

○政府委員(東郷和彦君) 繰り返しになって恐縮でございますけれども、ICJの判決というのはあくまでそれぞれの論点につき、個別の事件の文脈に照らして理解すべきである。そして、本件ニカラグア判決について申し上げれば、これは一般に外国の反政府勢力に対する武器、兵たん、その他の支援の供与の形でなされる援助がその外国に対する武力の行使や干渉とみなされることもあり得るということを述べているということでございます。
 以上が私どもがこのニカラグア判決に関して理解していることのすべてというふうに御理解いただきたいと思います。

○小池晃君 全然だめです。私の質問に全然答えていないです。
 武力行使を戦闘行為に限らなかった、そのことを認められるかというふうに言っているんです。イエスかノーかで答えてください。

○政府委員(東郷和彦君) 繰り返しになって恐縮でございますけれども、ICJの判決についての理解というのは、個別の事案について判断し、個別の事案の文脈に照らして理解するということでございます。
 この事案は何かと申し上げれば、これは外国の反政府勢力に対する武器、兵たん、その他の支援の供与でなされる援助、これがその外国に対する武力の行使や干渉とみなされることもあり得るということでございます。
 以上でございます。

○小池晃君 ということは、個別の事案、ニカラグア事件の判決に限って言えば、この判決はこのニカラグアの問題については武力行使を戦闘行為に限らなかった、これは言えますね。

○政府委員(東郷和彦君) ただいま申し上げましたように、この判決においては武力の行使や干渉というふうに、武器、兵たん、その他の支援の供与というものの援助がみなされることもあり得るということでございます。
 他方、一般論として、何が武力の行使とみなされることになっているかについて、この判決では全く明確になっていないということでございます。

○小池晃君 この判決では武力行使というのは戦闘行為に限っていないんですよ。そして、武力行使、戦闘行為以外のいろんな支援活動もみなされるということを認めている、これがこの判決なんです。これははっきりしています。答弁は回避されましたけれども、明確だと思います。
 それからもう一つ、この判決について、五月十日に条約局長は答弁の中で、「一方の当事者である米国の参加がないままに判決が行われた」というふうに言いました。しかし、これはおかしいと思うんです。一般原則として、訴訟のどの段階における一方当事国の欠席というのも、これは判決の効力に影響を与えるものではないんです。
 さらに、アメリカというのは、この件について国際司法裁判所が管轄権を持つかどうか決める管轄権審理、この段階には参加しているんですよ。そして、ICJは管轄権を持たないと主張したんです。ところが、ICJは、本件に対する管轄権は確定した。管轄権が確定された以上、アメリカはそれ以降ボイコットしたわけですけれども、訴訟の当事者という地位はこれは否定できないんです。
 そして、アメリカが管轄権がないというこの主張もひどいんです。アメリカは、一九四六年に管轄権を一般的に受諾する宣言を出した。ところが、ニカラグアが提訴する三日前になって、中米の紛争には適用しない、こういう通告を突然行った。これを理由にして、ほかにも理由はあるんですが、管轄権が適用されないと、こう主張したんです。これは、むしろアメリカというのは本当に身勝手な国だということを物語るエピソードじゃないかなというふうに私は思うんです。
 まさか外務省は、こうした経過をもって、このICJの判決の効力に疑問があると、疑問があるというふうに言うんですか。

○政府委員(東郷和彦君) 外務大臣及び私から累次申し上げておりますように、この判決に関しまして政府として申し上げたい点は二点でございます。第一点は、国際社会における主要な司法機関であるICJの判決は厳粛に受けとめているということでございます。第二点は、この判決の具体的内容、これは繰り返し申し上げておりますが、それぞれの論点につき、個別の事件の文脈に照らして理解すべきものであるということでございます。
 先般、当委員会で私が申し上げましたのは、このような政府の判決に関する立場に加えまして、できるだけこの判決に絡まる事実関係について御報告したいと発言した次第でございます。

○小池晃君 全然答えになっていないです。要するに、判決の効力に関係ないですね。アメリカが出なかったということは関係ないですね。それだけ答えてください。

○政府委員(東郷和彦君) 繰り返しになりますが、判決の効力の適否、当否について私はコメントした次第ではございません。この判決はICJの判決として厳粛に受けとめているということに尽きるということでございます。
   〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕

○小池晃君 要するに、関係ないということなんですよ。
 それからあともう一つ、これはもう聞きませんけれども、五月十日には、「学説上この判決については種々の見解もある」というふうに条約局長は言った。ところが、先ほど私が話したように、見解はいろいろ出ているけれども、アメリカというのは、小さなニカラグアという国のエルサルバドルのゲリラに対するその支援を武力攻撃だと言った、武力行使というふうに認定されたというのが経過なんです。武力行使とみなし得るというのは、アメリカにとっては当然なんですよ。だから、この「武力の行使とみなしうる」という部分に対する、これを真っ向から否定する見解、すなわち武器や兵たんの支援は武力行使ではないというふうにいったような見解は一つもないんですよ。ないんです、これははっきりしていると思うんです。ですから、やはりこの判決、ICJの決定として大変尊重する必要があるんだ、その尊重すべき国際司法裁判所の決定で、武力行使というのは戦闘行動に限られるものじゃない、兵たん支援も含まれ得るという決定をしたところに大きな意義があるのではないかというふうに思うんです。
 さらに、友好関係原則宣言、これも国連総会決議で全会一致で一九七〇年に決められています。ここでも、武力不行使宣言、武力不行使原則ということで、行ってはならない武力行使の例として幾つか挙げております。その中には、「傭兵を含む不正規軍又は武装集団を組織し又は組織を奨励すること」、「他の国において内戦行為又はテロ行為を組織し、教唆し、援助し若しくはそれらに参加すること又はこのような行為を行うことを目的とした自国の領域内における組織的活動を黙認すること」、こういうのが武力行使だというふうに言っているんです。禁止されるべき武力の行使として例示をされているわけであります。
 ですから、今まで触れてきた国連憲章に基づく国連総会の侵略の定義に関する決議、そして友好関係原則宣言、これはコンセンサスですから、全会一致ですから、単なる決議じゃない、重視されるべき決議なんです。ここでも、武力行使の中には、単に直接戦闘行動じゃなくていろんなものを含むんだという決定をしておるわけです。そして、国際司法裁判所のニカラグア判決も、兵たん支援、武器の援助は武力行使とみなされ得るというふうに認定をしているわけです。国際的には、禁止をする武力行使を戦闘行動などに限定していない、これは当たり前のことだと思うんです。
 私は、内閣法制局に武力行使とは何かというふうに聞いたら、資料を送ってくれました。有斐閣の「国際法キーワード」という本であります。これを見ると、「国連体制下での武力行使禁止の範囲」、そういう項にこう書いてあります。「「武力」の態様については、単に正規軍による他国領域への侵入・砲爆撃といった直接的なものに止まらず、不正規軍や武装集団の組織・奨励等を通じての間接的なものまでも含めて広く捉えられる傾向にある。」と。国際的には武力行為の範囲というのは直接的な戦闘行為にとどまらず広がっているんだ、これが国際的傾向であります。
 私は改めて聞きますが、国際法では武力の行使を戦闘行為に限定していない、兵たんなども含む概念として使っている、このことがICJのニカラグア判決、国連のさまざまな決議の到達点だというふうに思うんですが、いかがですか。

○政府委員(加藤良三君) ニカラグアの件については既に御議論が随分ございましたので、私から今御説明することはいたしませんけれども、先ほどの二つの決議にいたしましても、また友好関係原則宣言におきましても、これは法的拘束力を有するものでないということは当然の前提でございますけれども、やはりその中で、冒頭で国連憲章の第二条四項の文言を引用しながら、武力の行使は国際法及び国連憲章に違反するものであってはならないということを述べているわけでございまして、こういったものの中には武力の行使それ自体の定義というものは、繰り返しになりますけれども、ないわけでございます。
 決議中にも明記されているということを申しましたが、これらは国連憲章の規定の範囲を拡大したり縮小したりするものではなくて、決議及び宣言の中の武力の行使というのは専ら実力の行使に係るものというふうに考えておるわけでございます。したがいまして、ある国の個々の行為が直ちに今例示になられましたようなカテゴリーのものである、武力の行使や侵略行為に当たるということにはこれはなっていないということは先ほど来申し上げたとおりでございます。
 その上であえて申し上げますと、これらの決議のあるいは宣言の中で支援といったものに言及している部分があるといたしましても、例えば友好関係原則宣言における該当部分というのはいわゆる間接侵略について述べたものでございまして、また侵略の定義の該当部分というのは他国の侵略行為を前提とした侵略幇助というべき支援であって、そういうものについての話をしているということは実は明らかだと思いますので、この委員会の流れとの関係で申しますと、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態である周辺事態において、国連憲章及び日米安保条約に従って行動する米軍に対する支援とかいったものとはそもそもの前提を全く異にする話だと思います。

○小池晃君 全くのすりかえだと思いますよ。私は、禁止されている武力、その定義を聞いているんです。そして、違法であれ合法であれ、武力行使というのはどういうものか。これははっきりしているじゃないですか。もちろん、禁止される範囲が違法な場合と合法な場合で変わる、これは十分あり得ますよ。でも、武力行使の範囲が何で変わるんですか。違法な戦闘行為に対する支援を行ったらそれは武力行使で、合法な戦闘に対する支援をやったらそれは武力行使ではない、こんな話あるわけないじゃないですか。違法だろうが合法だろうが、それは違法な武力行使か合法な武力行使かの違いであって、武力行使であることに変わりないんですよ。あなた方、完全なすりかえですよ、今のは。全く説明になっていない。
 やはりこれはこの間の国連の決定を見れば、それを読めば、明らかに武力行使というのは戦闘行為だけに限るなんて決定はないんだと。兵たん支援、これが武力行使だと認定しているのはいっぱいあるんです。
 ところが、武力行使イコール戦闘行為だと認定したものは一つもないんですよ。ゼロです。このことを認めるでしょう。このことを認めてくださいよ。

○政府委員(東郷和彦君) お答え申し上げます。
 国連憲章二条四項に言う武力の行使、これは専ら実力の行使であるという国際的な理解というのは、本日の種々の議論にもかかわらず私は絶対に正しいというふうに確信しております。
 そして、委員がおっしゃられました武力の行使を超える範囲として種々御指摘になられたものは、ただいま同僚政府委員からも御説明いたしました、いわゆる間接侵略ということに収れんする例のみと申し上げてよろしいと思います。
 むしろ、本日委員より御指摘いただきましたニカラグアの判決、それから侵略の定義、それから侵略の定義について日本から提出した修正案、さらには友好関係原則、これらのものはいずれも、本委員会で御審議をいただいている米軍の行動に対する自衛隊の通常の兵たん活動、兵たん支援、こういうものは実力の行使という範疇の中には全く入ってこないということをこれらの文書が示しているのではないかというふうに考えます。

○小池晃君 では、お聞きしますが、国連憲章二条四項の武力の行使というのは実力の行使だと。実力の行使と戦闘行為とどう違うんですか。

○政府委員(東郷和彦君) 先ほど来申し上げましたように、国連憲章二条四項における武力の行使、これを明文上定義しているものはないわけでございます。
 したがいまして、武力の行使、実力の行使、戦闘行為、こういうものを国際法上どういうふうに仕分けするのかということは、確たる説明というものは申し上げにくいのでございますが、要するに武力を実際に行使する、これをもって実力の行使と言い、これをもって戦闘活動と言うというふうに概略御理解いただいてよろしいと思います。

○小池晃君 もう全然だめです。あんなので条約局長なんて大変ですよ。じゃ武力と実力、どう違うんですか。フォースとアームドフォースでしょう。全然違わないんです。同じことでしょう。武力の行使、実力の行使の中に何で兵たん活動が入らないんですか。実力の行使と言ったらばそれは兵たん活動も含む、当然のことじゃないですか。もう話になりませんよ。
 国際的には武力の行使というのは、これは戦闘行為に限定などされていないんです。武力の行使、実力の行使というのは言葉のすりかえをやっただけです。何の説明にもなっていません。国際的には武力の行使というのは戦闘行為に限定していない。さまざまな活動が入るんです。もちろん、すべて入るとは言いませんよ。民間企業が業務で協力したらば、その企業が武力行使した、そういうふうには言えないかもしれない。しかし、軍隊がその任務として紛争当事国の合意なしに行う活動、これは国際法の世界では明らかに武力の行使なんですよ。兵たん活動が武力の行使の一部である、こんなことは軍事的な常識です。
 その上でお聞きをしたいんですが、日本の政府というのは、日本国憲法九条で禁止をされている武力の行使、これをどう定義されておりますか。

○政府委員(大森政輔君) 憲法第九条第一項に規定をしております武力の行使の意味でございますが、これはいろいろなところで御説明いたしておりますが、文書の形で提示いたしたものといたしましては、平成三年九月二十七日のいわゆる衆議院平和協力特別委員会に出しました「武器の使用と武力の行使の関係について」と題する書面の中で、「我が国の物的・人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為」というふうに説明しております。

○小池晃君 今までの議論から言えるのは、日本の政府が言う武力の行使の範囲、これはもう明確なんですよ。戦闘行為だというふうにおっしゃっているんです。要するに、人を殺傷したり物を壊したりすることが、これが戦闘行為であり、これが武力の行使である。これが日本政府の統一見解です。
 一方、国際的な、国際法の世界での武力の行使というのは決して戦闘行為などに限定されていないわけです。どこまで含むかという定説がない、これは確かだけれども、戦闘行為に限定するなどということはいまだかつて一度も国際社会の場で認定されたことはないわけです。
 違うではないですか。日本政府が考える、日本政府の言う武力行使の範囲と世界の言う武力行使の範囲が違うじゃないですか。これはどうなっているんですか。

○政府委員(大森政輔君) 先ほど武力の行使をどのように定義しているかというお尋ねでございましたので「我が国の物的・人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為」、このように説明いたしたわけでございますが、ただ、我が政府も、憲法九条の意味する武力の行使は、今述べたような形式的意味における戦闘行為だけに限られるものではないということは述べてきているわけでございます。
 それがいわゆる一体化論でございまして、従来から補給、輸送協力等それ自体は直接武力の行使等に該当しない活動を我が国が行うことにつきまして、他国による武力の行使等と一体となるような行動としてこれを行う場合には、やはり憲法九条との関係で許されない行為に該当するというふうに答えてきているわけでございます。
 先ほどから委員は、武力の行使は戦闘行為に、行動に限られるものじゃないということ、そして他の諸形態があり得るんだ、特に兵たん支援の一部もこれに含まれるのは国際法上は常識であるということをるる御主張になっているわけでございます。それと全く同感ではございませんが、我が憲法の解釈といたしましても、それ自体は戦闘行為に当たらないものでも、他国の武力の行使と一体化する関係にある行為は我が国も武力の行使をしていると法的に評価されざるを得ない関係上、憲法九条の禁止する武力の行使に当たるとして許されないというふうに解してきているところでございまして、委員の批判は当たらないのではなかろうかと思う次第でございます。

○小池晃君 今の話は、要するに、我が国は武力の行使というのを戦闘行為に限定を言葉の上ではしているけれども、実態としては一体化した部分もあるから同じだというふうにおっしゃるんですか。だとすれば、武力行使という、まず言葉の問題をはっきりさせましょうよ。武力行使という言葉で意味するものは、国際法で規定されているものと日本国憲法、日本政府が認める武力行使と違うんですね。このことは認めるんですね。

○政府委員(大森政輔君) 武力の行使の定義を具体的な事案に適用して判断した場合に結果が同じになるか異なるかはともかくといたしまして、我が国の憲法第九条に規定している武力の行使という言葉の定義は、先ほど述べたように解しているわけでございます。
 これは何も政府が意図的にあるいは狭く解しているというようなことじゃございませんで、憲法解釈に関する学説等を参考にして、その通説的意見に従って述べている見解でございまして、何らの意図はございません。

○小池晃君 全く答えられません。
 これは武力行使という言葉が明らかに違うんです。国際的な、国際法の世界での武力行使とそして日本の政府が言っている武力行使と、明らかに違うんです。これはどう見てもそうなんです。
 そして、そこに一体化という話が今つけ加わってきているわけですけれども、同じだというような言い方をするけれども、その一体化というのも全然違いますよ。大体、一体化という言葉は、外務大臣おっしゃいましたよね、まさに武力行使と一体というのは我が国憲法の解釈の中で出てきた概念というふうにおっしゃったですね。ということは、これも日本独自のものなんですよ。武力行使の概念も日本独自であれば、それに一体化するかどうかという概念もまた日本独自、日本だけでしか通用しない議論なんです。日本が禁止をしている武力行使も、国際法での武力行使とは言葉の使い方も実際に意味する活動も全然違うんだ。
 私が今まで議論をしてまいりまして本当に痛感いたしますのは、一番最初に憲法九条の問題をやりました。日本は憲法九条を持っている。世界で最も厳しく武力行使を禁止したそういう憲法を持っているのが日本であります。その日本が、世界の常識よりも国際法の定義よりもずっと狭い解釈をしているんだ。
 世界の趨勢はどうでしょうか。不戦条約では第二次大戦勃発を防止できなかった。国連憲章では武力行使の禁止を決めた。そして、先ほど言ったように国連総会の友好関係原則宣言、侵略の定義、武力行使の範囲というのは広げる方向で、できるだけ武力行使をやらせないために広くとらえる方向で世界は進んできているんです。ニカラグア事件判決というのはその一つの到達点なんですよ。
 それなのに、武力行使を厳しく禁じた憲法九条を持つこの日本で、世界の進む方向とは全く逆に、武力行使を狭めることで逆に戦争への道を今広げているんだ、まさに世界の歴史に対する逆行だというふうに私は言わざるを得ない。その点で、この新ガイドライン法案というのは、憲法で明確に禁止した武力行使そのものに道を開く憲法九条廃止法案と言うべきものであるというふうに申し上げたいと思います。
 昨日の沖縄での公聴会でも、沖縄の歴史と実情を踏まえ、本法案に対する切実な声が出されております。この声をぜひ審議に生かすとともに、小沢自由党党首の発言と政府の見解の食い違い、これは憲法にかかわる重大問題ですから、現在理事会で協議が続けられておりますが、政府・与党統一見解を出すよう私も強く求めて、そしてこの法案の廃案を強く求めて質問を終わりといたします。(拍手)

http://www.a-koike.gr.jp/hilight/1998_2000/1999_05_20.html

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国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その四 「戦争の歴史」

 【国際連合憲章】

 第2条〔原則〕
 6 この機構は、国際連合加盟国でない国が、国際の平和及び安全の維持に必要な限り、これらの原則に従って行動することを確保しなければならない。
 
 【ジュネーブ条約共通第三条】

 ジュネーヴ共通三条
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 ジュネーヴ共通三条はジュネーヴ諸条約の共通条項である第三条。
 第三条は、ジュネーヴ諸条約の締約国内で内乱が発生した場合、戦闘外にある者の待遇について紛争当事者が守らなければならない最低限の人道的待遇を規定している。

 第三条〔内乱の場合〕
 締約国の一の領域内に生ずる国際的性質を有しない武力紛争の場合には、各紛争当事者は、少くとも次の規定を適用しなければならない。
 (1) 敵対行為に直接に参加しない者(武器を放棄した軍隊の構成員及び病気、負傷、抑留その他の事由により戦闘外に置かれた者を含む。)は、すべての場合において、人種、色、宗教若しくは信条、性別、門地若しくは貧富又はその他類似の基準による不利な差別をしないで人道的に待遇しなければならない。
 このため、次の行為は、前記の者については、いかなる場合にも、また、いかなる場所でも禁止する。
 (a) 生命及び身体に対する暴行、特に、あらゆる種類の殺人、傷害、虐待及び拷問
 (b) 人質
 (c) 個人の尊厳に対する侵害、特に、侮辱的で体面を汚す待遇
 (d) 正規に構成された裁判所で文明国民が不可欠と認めるすべての裁判上の保障を与えるものの裁判によらない判決の言渡及び刑の執行
 (2) 傷者及び病者(第二条約…傷者、病者及び難船者。)は、収容して看護しなければならない。
 赤十字国際委員会のような公平な人道的機関は、その役務を紛争当事者に提供することができる。
 紛争当事者は、また、特別の協定によって、この条約の他の規定の全部又は一部を実施することに努めなければならない。
 前記の規定の適用は、紛争当事者の法的地位に影響を及ぼすものではない。

 【ジュネーヴ諸条約第二追加議定書】

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 ジュネーヴ諸条約第二追加議定書(正文)は、1977年6月8日の国連人道法外交会議で採択された議定書である。1949年のジュネーヴ諸条約に共通する第三条(ジュネーヴ諸条約共通三条)を発展・補完するものである。正式名称は非国際的武力紛争の犠牲者の保護に関し、1949年8月12日のジュネーヴ諸条約に追加される議定書(第二追加議定書)。

 成立
 1977年06月08日 - 国連人道法外交会議にて採択
 1977年12月12日 - ベルン(スイス)にて署名のため開放
 1978年12月07日 - 効力発生

 加盟

 署名 - 55カ国
 批准 - 163カ国(2007年1月18日現在)

 日本

 加入 - 2004年8月31日(2004年の159回国会において両院通過)
 発効 - 2005年2月28日

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国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その三 「裁判手続」

 【アラバマ号事件】

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  同艦の艤装を中立国であったイギリスの民間会社が行ったのは中立義務違反であるとして、戦後に合衆国がイギリスに損害賠償請求した係争事案。

 1.アラバマ号事件(国際法の優越‐国内法援用禁止)
 {事実の概要}
 背景:米南北戦争(1861-1865)@
 提訴国:  米国
 被提訴国:英国
 争点:英国の中立国義務違反
 仲裁裁判所(1871年設立.米、英、伊、スイス、ブラジルが指名する5名の裁判官で構成)に付託                          {争点}
 中立義務の履行に関する注意の程度
 免責事由としての国内法令の援用
 {判示}
 (1)国内法令の援用
 英国は、その国内的法的手段が不十分であったとの抗弁を用いて免責事由とはなしえない
 (2)注意義務の程度
 一切の可能な配慮を払う必要がある
 {意義}
 国際法の優位性の原則を認めたリーディング・ケース。
 1969年ウイーン条約法条約27条に編入

 http://pubweb.cc.u-tokai.ac.jp/yishigak/newpage74.htm

 【ベーリング海オットセイ事件】

 1893年に判決の出たベーリング海オットセイ事件は,アラスカ沖の公海でオットセイの海上捕獲を行うイギリス船(カナダ船)をアメリカが拿捕し,船舶と乗組員を国内法で処罰した事件であるが,1892年の両国の仲裁裁判条約によって仲裁裁判所が設置され(裁判官7人),判決は,「オットセイが通常の3カイリの外にいるときは,アメリカはベーリング海のアメリカの島に来るオットセイの保護権・所有権はもたない」と判示し,アメリカが主張した公海におけるオットセイの保護権・所有権を否認し,公海の自由を確認した。また,判決は,仲裁裁判条約に基づいて両国間でとられるべきオットセイに関する共同規制措置を決定した。

 http://www.meijigakuin.ac.jp/~cls/kiyo/83/83mizukami.pdf#search='ベーリング海 オットセイ事件'

 【英仏裁判条約】

 

 【マリア・ルス号事件】

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 マリア・ルス号事件とは明治5年(1872年)に横浜港に停泊中のマリア・ルス号(ペルー船籍)内の清国人苦力を奴隷であるとして日本政府が解放した事件を言う。また日本が国際裁判の当事者となった初めての事例である。
 明治5年6月5日(1872年7月10日)、中国の澳門からペルーに向かっていたペルー船籍のマリア・ルスが嵐で船体が損傷したため横浜港に修理の為に入港してきた。同船には清国人(中国人)苦力231名が乗船していたが、数日後過酷な待遇から逃れる為に清国人が海へ逃亡しイギリス軍艦が救助した。そのためイギリスはマリア・ルスを「奴隷運搬船」と判断しイギリス在日公使は日本政府に対し清国人救助を要請した。
 そのため当時の副島種臣外務卿(外務大臣)は大江卓神奈川県権令(副県知事)に清国人救助を命じた。しかしながら日本とペルーの間では当時二国間条約が締結されていなかった。このため政府内には国際紛争をペルーとの間で引き起こすと国際関係上不利であるとの意見もあったが、副島は人道主義と日本の主権独立を主張し、マリア・ルスに乗船している清国人救出のため法手続きを決定した。
 マリア・ルスは横浜港からの出航停止を命じられ、7月19日(8月22日)に清国人全員を下船させた。マリア・ルスの船長は訴追され神奈川県庁に設置された大江卓を裁判長とする特設裁判所は7月27日(8月30日)の判決で清国人の解放を条件にマリア・ルスの出航許可を与えた。だが船長は判決を不服としたうえ清国人の「移民契約」履行請求の訴えを起こし清国人をマリア・ルスに戻すように訴えた。この訴えに対し2度目の裁判では移民契約の内容は奴隷契約であり、人道に反するものであるから無効であるとして却下した。また、この裁判の審議で船長側弁護人(イギリス人)が「日本が奴隷契約が無効であるというなら、日本においてもっとも酷い奴隷契約が有効に認められて、悲惨な生活をなしつつあるではないか。それは遊女の約定である」として遊女の年季証文の写しと横浜病院医治報告書を提出した。日本国内でも娼妓という「人身売買」が公然と行われており、奴隷売買を非難する資格がないとのこの批判により日本は公娼制度を廃止せざるを得なくなり、同年10月に芸娼妓解放令が出される契機となった。裁判により、清国人は解放され清国へ9月13日(10月15日)に帰国した。しかし問題はこれで終わらなかった。
 翌年2月にペルー政府は海軍大臣を来日させ、マリア・ルス問題に対して謝罪と損害賠償を日本政府に要求した。この両国間の紛争解決の為に仲裁契約が結ばれ第三国のロシア帝国による国際仲裁裁判(当時は常設の国際司法裁判所がなかったための措置)が開催されることになった。ロシア皇帝・アレクサンドル2世による国際裁判は1875年(明治8年)6月に「日本側の措置は一般国際法にも条約にも違反せず妥当なものである」とする判決を出し、ペルー側の訴えを退けた。

 【国際紛争平和的処理条約】

 第三七条[目的]
 国際仲裁裁判ハ、国家間ノ紛争ヲ其ノ選定シタル裁判官ヲシテ法ノ尊重ヲ基礎トシ処理セシムルコトヲ目的トス。
 仲裁裁判ニ依頼スルコトハ、誠実ニ其ノ判決ニ服従スルノ約定ヲ包含ス。

 【国際紛争平和的処理条約】

 第八三条[再審]
 当事者ハ、仲裁契約ニ於テ仲裁判決ニ対スル再審ノ請求ヲ留保スルコトヲ得。
 右ノ場合ニ於テハ、反対ノ規約アルニ非サレハ、判決ヲ為シタル裁判部ニ請求ヲ為スコトヲ要ス。右請求ハ、判決ニ対シ決定的影響ヲ与フルヘキ性質ヲ有スル新事実ニシテ弁論終結ノトキ裁判部及再審ヲ請求スル当事者カ知ラサリシモノヲ発見シタル場合ニ限、之ヲ為スコトヲ得。
 再審ノ手続ハ、裁判部ニ於テ特ニ新事実ノ存在ヲ確認シ、其ノ事実カ前項ニ掲ケル特質ヲ有スルコトヲ認識シ、且之ニ因リ請求カ受理スヘキモノナルコトヲ宣言スル決定ヲ為スニ非サレハ、之ヲ開始スルコトヲ得ス。
 再審ノ請求ヲ為スヘキ期間ハ、仲裁契約ニ於テ之ヲ定ム。

 【国際司法裁判所規程】

 第三十一条
 各当事者の国籍裁判官は、裁判所に係属する事件について出席する権利を有する。
 裁判所がその裁判官席に当事者の一の国籍裁判官を有する場合には、他のいずれの当事者も、裁判官として出席する者一人を選定することができる。この者は、第四条及び第五条の規定により候補者として指名された者のうちから選定されることが望ましい。
 裁判所が裁判官席に当事者の国籍裁判官を有しない場合には、各当事者は、本条2の規定により裁判官を選定することができる。
 本条の規定は、第二十六条及び第二十九条の場合に適用する。この場合には、裁判所長は、部を構成する裁判官中の一人又は必要があるときは二人に対して、関係当事者の国籍裁判官のために、また、国籍裁判官がないとき又は出席することができないときは当事者が特に選定する裁判官のために、席を譲るように要請しなければならない。
 多数当事者が同一利害関係にある場合には、その多数当事者は、前記の規定の適用上、一当事者とみなす。この点に関する疑義は、裁判所の裁判で決定する。
 本条2、3及び4の規定によって選定される裁判官は、この規程の第二条、第十七条2、第二十条及び第二十四条が要求する条件をみたさなければならない。これらの裁判官は、その同僚と完全に平等の条件で裁判に参与する。

 【国際司法裁判所規程】

 第三十五条
 2,裁判所をその他の国に開放するための条件は、現行諸条約の特別の規定を留保して、安全保障理事会が定める。但し、この条件は、いかなる場合にも、当事者を裁判所において不平等の地位におくものであってはならない。

 【国際司法裁判所規程】

 第三十八条
 1.裁判所は、付託される紛争を国際法に従って裁判することを任務とし、次のものを適用する。
 a. 一般又は特別の国際条約で係争国が明らかに認めた規則を確立しているもの
 b. 法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習
 c. 文明国が認めた法の一般原則
 d. 法則決定の補助手段としての裁判上の判決及び諸国の最も優秀な国際法学者の学説。但し、第五十九条の規定に従うことを条件とする。

 【国際連合憲章】

 第94条〔判決の履行〕
 1 各国際連合加盟国は、自国が当事者であるいかなる事件においても、国際司法裁判所の裁判に従うことを約束する。
 2 事件の一方の当事者が裁判所の与える判決に基いて自国が負う義務を履行しないときは、他方の当事者は、安全保障理事会に訴えることができる。理事会は、必要と認めるときは、判決を執行するために勧告をし、又はとるべき措置を決定することができる。

 【国際司法裁判所規程】

 第四十一条
 1,裁判所は、事情によって必要と認めるときは、各当事者のそれぞれの権利を保全するためにとられるべき暫定措置を指示する権限を有する。
 2,終結判決があるまでは、指示される措置は、直ちに当事者及び安全保障理事会に通告される。

 【ラグラン事件】

 ラグラン事件判決(仮保全措置の効力部分)
 1 事件の概要
 兄ウォルター・ラグランと弟カール・ラグランの兄弟は,それぞれ1962年と1963年にドイツで生まれたドイツ人である。兄弟はまだ幼い頃に母親とともにアメリカに移住した。兄弟はその後もずっとドイツ国籍のままであり,アメリカ国籍を取得しようとはしなかった。しかし兄弟ともドイツ語を話すことはできずアメリカ生まれのアメリカ市民とほとんど変わりがなかった。
 1982年にラグラン兄弟はアメリカ国内において強盗殺人容疑などにより逮捕され,1984年にはアリゾナの裁判所で死刑を宣告された。しかしこの際領事関係に関するウィーン条約36条1項(b)で要求されている,容疑者に対して領事と通信する権利があることを告げる義務をアメリカの当局者が怠った。そこで在アメリカ・ドイツ領事はこれが手続法違反であるとしてアメリカの裁判所において異議を申し立てたが,認められなかった。結局ラグラン兄弟に対して死刑が執行されることになり,ドイツは外交ルートを通じて諸方面に死刑の停止を求めたが受け容れられなかった。
 1999年2月24日に弟カール・ラグランについて死刑が執行された。兄ウォルターについては同年3月3日に死刑が執行される予定になっていたので,その前日にドイツは国際司法裁判所に対してアメリカを相手方として提訴し,同時にアメリカがウォルターの死刑執行を阻止するためにあらゆる措置をとることを求める仮保全措置を要請した。同年3月3日,国際司法裁判所は,アメリカに対してウォルターに死刑が執行されないようにあらゆる手段をとることを命じる仮保全措置を指示した。同時にドイツはアメリカの連邦最高裁においてアメリカ連邦政府とアリゾナ州を相手にこの仮保全措置に従うよう求める訴訟を提起したが,棄却された。そして同日ウォルターに対しても死刑が執行された。
 ドイツはアメリカが国際司法裁判所による仮保全措置に従わなかったことが,国際義務に違反すると主張した。しかしアメリカは仮保全措置は法的拘束力を有しないので,これに違反しても国際義務に違反することにはならないと主張した。そこで仮保全措置の法的効力が問題となった。
 2 判 決
 99 この点に関して当事者間において存在する紛争は主に…41条の解釈に関わる。この解釈は文献において広範な議論の主題となってきた。それゆえ裁判所は規程41条の解釈に進む。それは条約法に関するウィーン条約の31条に反映された,国際慣習法にしたがってなされる。31条1項によれば,条約は文脈によりかつその趣旨および目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従って誠実に解釈されなければならない。
 100 …この[仏文版]文章において,"indiquer"および"l'indiquer"という用語は,"doivent etre prises"という用語が命令的性格を有しているのと対照してみると,当該措置の強制的性格について中立的であると思われる。…
 アメリカによれば,英文版における"order"の代わりに"indicate"の,"must"あるいは"shall"の代わりに"ought"の,そして"ordered"の代わりに"suggested"の使用は,41条の下での決定は命令的性格を欠いていることを暗示していると理解される。しかしながら,1920年において仏文の文章が原典版であったという事実を考慮すると,"indicate"および"ought"という用語は"ordre"および"must"あるいは"shall"と意味的に同じであったと主張されるかもしれない。
 101 完全に調和していない2つの文章に直面したことを自覚したので,裁判所はまず第一に,憲章92条によれば,規程は「この憲章と不可分の一体をなす」ことに注意する。憲章111条の下で,後者の仏文および英文は「等しく正文」である。同じことは規程においても同様に真実である。
 憲章の等しく正文である諸版の間に相違がある場合,それも憲章もどのように進めるかについて示していない。この点について当事者間において合意が存在していないため,裁判所の見解では再び国際慣習法を反映している,条約法に関するウィーン条約33条4項に言及するのが適切である。この規定は「各正文の比較により,第31条および第32の適用により解消されない意味の相違があることが明らかとなった場合には,条約の趣旨および目的を考慮して,すべての正文を最良に調和する意味が採用される。」と読める。
 それゆえ裁判所は,41条の文脈とともに,規程の趣旨および目的を考慮する。
 102 規程の趣旨および目的は,裁判所がそこにおいて規定された諸任務,特に規程59条に従って拘束力ある決定による国際紛争の司法的解決という基本的任務を果たすことを可能にすることである。規程の中で41条について理解される文脈とは,裁判所の下で紛争の各当事者の権利が保全されないために,裁判所がその任務の遂行において妨害されることを防ぐことである。その文脈において読まれた場合の41条の用語からと同様に,規程の趣旨および目的から,仮保全措置を指示する権限は,問題となっている権限が,諸事情によりそれが要求された時に,裁判所の最終判決によって決定される当事者の権利を保護するおよび侵害することを回避するという緊急性に基づいている限り,そのような措置は拘束的であるべきであるということを必然的に伴うという結果となる。41条の下で指示された仮保全措置は拘束的ではないかもしれないという主張は当該規程の趣旨および目的に反するであろう。
 103 41条のもとでなされた命令の拘束的性格を示し,また裁判所が重要性を置いている関連する理由は,既に常設国際司法裁判所によって認められていた原則の存在である。それは次のように言われる。
 「国際裁判所によって普遍的に認められ,また同様に多くの条約において規定された原則は…事件の当事者は,与えられた決定の執行に関して侵害的効果を及ぼすことを可能とするいかなる措置も慎まなければならない,および,一般的に,紛争をさらに悪化させるあるいは,拡大させるいかなる種類のいかなる手段も取られることを許さないという趣旨である。」(ソフィアおよびブルガリアの電力会社事件,1939年12月5日の命令,P.C.I.J, Series A/B, No. 79, p. 199)
 さらに紛争をさらに悪化させるあるいは拡大させることを回避することを計画された措置が,しばしば裁判所によって指示された。それらは履行されることを目的として指示された。(核実験事件1973年6月22日の命令; 国境紛争事件1986年1月10日の命令,ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約の適用事件1993年4月8日の命令,1993年9月13日の命令,カメルーンとナイジェリアの間の陸および海の境界事件1996年3月15日の命令)
 104 趣旨および目的に照らして規程41条の文章の解釈において,裁判所によって上記の結論に達したすれば,当該規程の意味を決定するために準備作業に頼る必要があるとは思われない。それにもかかわらず裁判所は規程の準備作業は41条の下での命令は拘束力を有するという結論を排除しないことを指摘する。
 105 国際連盟の理事会によって創設された法律家委員会によって準備された,常設国際司法裁判所規程の最初の準備草案は,仮保全措置について何の言及もない。ブラジルの法律家ラウル・フェルナンデスからの提案に従って,委員会によって準備された草案の中にこの趣旨の規定がより遅い段階で挿入された。
 アメリカとスウェーデンとの間の1914年10月13日のブライアン条約に基づいて,ラウル・フェルナンデスは以下の文章を提示した。
・・・
 「紛争の原因が既に付託されたあるいは付託されようとしているある行為からなる場合,裁判所は,裁判所の最終判決を留保して,暫定的にかつできるだけ遅れることなく,取られるべき適切な保護措置を命令できる。」
 起草委員会は,2つの主要な修正がなされた,この文章の新しい版を準備した。1つは,「裁判所は…命令できる」("the Court may . . . order") という言葉が,「裁判所は提案する権限を有する」("the Court shall have the power to suggest")に置きかえられた。もう一つは,裁判所によって当事者および理事会に対して与えられる「提案された措置」("measures suggested")の通報を規定する第2項が付加された。…
 106 草案39条が国際連盟の第1総会の第3委員会の小委員会によって審査された時,多くの修正が考慮された。ラウル・フェルナンデスは再び仏文版において"ordonner"という言葉を使用するよう提案した。小委員会の議長が裁判所はその決定を執行する手段を欠いていると認めたため,小委員会は"indiquer"という言葉のままにすることを決定した。このため英文版の第1項の言葉は仏文版と一致させられた。このため"suggset"という言葉は"indicate"に,"should"は"ought to"に置きかえられた。しかし,英文版の第2項において"measures suggested"という句は変えられないままとなった。
 このように小委員会によって仏文および英文において修正されたその規定は,常設国際司法裁判所規程の41条として採択された。それはそのまま1945年にいかなる議論もなしにこの裁判所の規程として通過した。
 107 41条の準備作業は,仏文において"ordonner"よりも"indiquer"を与えられたという選択は,裁判所はその決定の執行を確保する手段を有しないという考慮に動機付けられたことを示す。しかしながら,執行手段の欠如はと拘束力の欠如とは,2つの異なる問題である。このため,裁判所がそれ自体は41条に従ってなされた命令の執行を確保する手段を有しないという事実は,その命令の拘束的性質に反対する論拠とはならない。
 108 最後に裁判所は,際連合憲章94条が仮保全措置を指示する命令に対して拘束力を帰させることを排除するかどうかを考慮する必要がある。…
 問題はこの規定の第1項における「国際司法裁判所の決定」という言葉に帰させられる意味に関して生じる。この言い回しは単に裁判所の判決についてだけでなく,それによって与えられる,仮保全措置を指示する命令を含めたいかなる決定についても言及していると理解されうる。それはまた,94条2項において規定されているように裁判所によって与えられた判決のみを意味するとも解釈されうる。この点について,裁判所規程の56条から60条までにおいて,"decision"という言葉と"judgment"という言葉の両者が用いられているという事実は,この問題をほとんど明確にしない。
 94条1項の第1の解釈の下では,その項の文章は仮保全措置の拘束的性質を確認する。ところが第2の解釈はそれらに規程の41条の下で拘束力を与えることを決して排除しない。したがって裁判所は,憲章94条は41条の下でなされた命令が拘束的性質を有することを妨げないと結論付ける。
 109 要するに,条約法に関するウィーン条約の関連規定において言及された,準備作業も含めた解釈の諸要素のいずれも,文脈および規程の趣旨および目的に照らして理解された41条の用語から得られた結論と矛盾しない。このため裁判所は,41条の下での仮保全措置に関する命令が拘束力を有するという結論に達した。

 http://gaimusenmonsyoku.hp.infoseek.co.jp/LaGrand%20Case.htm

 【国連憲章】

 第96条〔勧告的意見〕
 1 総会又は安全保障理事会は、いかなる法律問題についても勧告的意見を与えるように国際司法裁判所に要請することができる。
 2 国際連合のその他の機関及び専門機関でいずれかの時に総会の許可を得るものは、また、その活動の範囲内において生ずる法律問題について裁判所の勧告的意見を要請することができる。
 
 【国際司法裁判所規程】

 第六十六条
 裁判所書記は、勧告的意見の要請を、裁判所で裁判を受けることができるすべての国に直ちに通告する。
 裁判所書記は、また、裁判所で裁判を受けることができる国又は国際機関で問題に関する資料を提供することができると裁判所又は、開廷中でないときは、裁判所長が認めるものに対して、裁判所が裁判所長の定める期間内にこの問題に関する陳述書を受理し、又は特に開かれる公開の法廷でこの問題に関する口頭陳述を聴取する用意があることを、特別の且つ直接の通知によって通告する。
 裁判所で裁判を受けることができる前記の国は、本条2に掲げる特別の通知を受領しなかったときは、陳述書を提出し、又は聴取される希望を表明することができる。裁判所は、これについて決定する。
 書面若しくは口頭の陳述又はこの双方の陳述を行った国及び機関は、裁判所又は、開廷中でないときは、裁判所長が各個の事件について決定する形式、範囲及び期間内において、他の国又は機関が行った陳述について意見を述べることを許される。このために、裁判所書記は、前記の書面の陳述を、同様の陳述を行った国及び機関に適当な時期に送付する。

 【核兵器合法性事件】

 1993年に世界保健機関(WHO)が、翌年国連総会が、核兵器使用の合法性について、国際司法裁判所に勧告的意見を求めたことがありました。
 アメリカやロシア、さらには日本など22カ国が法廷に臨み、国際司法裁判所で初めて本格的に核兵器使用の合法性を問うものとなりました。
 国際司法裁判所は、WHOには勧告的意見を求める資格がないとして請求を却下しました。いっぽう、国連総会からの求めには応じ勧告的意見を出しました。
 これによると、核兵器の使用・または核兵器による威嚇は、国際人道法には一般的に違反するが、「国家の存亡に関わる極端な状況」については、合法か違法かは確定的に判断できないとしました。
 また、核軍縮交渉を誠実に行い、完結させる義務が存在することを認めました。

 http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20080309A/index.htm

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国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その二 「非裁判手続」

 【友好関係宣言】

 2007年11月7日(水)「しんぶん赤旗」

 国連の「友好関係宣言」とは?

 〈問い〉 9月21日付の「主張」に、国連が復仇(ふっきゅう)行為を禁止した「友好関係宣言」という言葉がでていました。これは、どんなもので、なぜ、国連がそんな決議をしたのか、を知りたいのですが。(千葉・一読者)
 〈答え〉 「友好関係宣言」は、国連総会が「国際法の一般原則」として1970年10月にコンセンサス(投票なしの全会一致)で採択したものです。国際関係を律する原則として国連憲章に含まれる七つの原則を発展させたもので、(1)武力行使の禁止、(2)紛争の平和的解決、(3)内政不干渉、(4)各国の相互協力、(5)人民の同権と自決、(6)各国の主権平等、(7)国際法上の義務の誠実な履行――の七つを規定しています。
 この宣言が採択された70年ごろには、アジアやアフリカで第2次世界大戦後に独立を果たして国連にあらたに加盟する国が国連加盟国の過半数を大きく超えるようになりました。これらの国は「非同盟諸国運動」に結集して、国際関係のいっそうの民主化を求めました。こうした国際状況を背景にしながら国連創設25周年を記念して、国際法の一般原則の現代的な発展と法典化をめざして採択されたのがこの宣言です。「宣言」は、その後、国連決議や国際司法裁判所判決などの国際文書で国際関係の規範としてひんぱんに引用されるようになり、国際関係を律するもっとも重要な文書の一つとなっています。
 「友好関係宣言」は、武力行使の禁止の一環として、「武力行使をともなう復仇行為」を明文で禁止しています。「復仇」とは、相手国の国際法違反の行為にたいして、その中止や原状回復を求めて実力を行使することで、普通にいう報復のことです。国連憲章はそもそも武力の行使を一般的に禁止していますが、「宣言」は武力による報復を重ねて明確に禁止したわけです。
 2001年10月7日、アメリカは同時多発テロにたいする報復戦争としてアフガニスタン戦争を開始しました。日本共産党はそれに先立って各国首脳に書簡(9月17日付)を出し、その中で、報復戦争は、「いっそうのテロ行為と武力報復の悪循環」をもたらし「事態を泥沼に導く」ことを指摘して、軍事力による報復ではなく、テロ容疑者を国際社会全体の包囲によって追い詰めて「法にもとづく裁き」の支配下に置くことを主張しました。アフガニスタンでの事態のいっそうの泥沼化によって、この指摘の正しさは誰の目にも明らかになっています。(小)
 〔2007・11・7(水)〕

 【紛争の平和的解決に関するマニラ宣言】

 「国際紛争の平和的解決に関するマニラ宣言」(国連総会決議37/10)は、「国家は誠実にかつ協力の精神で、国際紛争の一つの早くかつ衡平な解決を探求しなければならない」(附属書5項)とする。
 「交渉」(negociation; la négociation)とは、当事者が直接の話し合いによって解決のための共通の合意に達することをいう。最も基本的な平和的解決の手段である。それは「誠実な交渉」(negociation of good faith)であると考えられる。これは、単なる形式的な話し合いではなく、合意に到達する目的を持って、どちらかが自分の立場の変更を考えないでそれに固執する場合ではない、有意義な交渉であるとされる(「北海大陸棚事件」国際司法裁判所判決、I.C.J.Reports 1969, p.47, para.85、皆川『国際法判例集』394頁)。前記「マニラ宣言」も、「直接交渉は当事者の紛争の平和的解決の柔軟で実効的な手段である」(10項)とする。

 http://kjrcup.hohoemi35.com/2009/01/post_23.html

 【国際連合憲章】

 第12条〔安全保障理事会との関係〕
 1 安全保障理事会がこの憲章によって与えられた任務をいずれかの紛争又は事態について遂行している間は、総会は、安全保障理事会が要請しない限り、この紛争又は事態について、いかなる勧告もしてはならない。

 【国際連合憲章】

 第36条〔調整の手続と方法の勧告〕
 1 安全保障理事会は、第33条に掲げる性質の紛争又は同様の性質の事態のいかなる段階においても、適当な調整の手続又は方法を勧告することができる。

 【コルフ海峡事件】

 1946(昭和21)年5月14日 アルバニア本土とコルフ島の間、コルフ海峡を航行中のイギリス巡洋艦「オライオン」と「スパーブ」がアルバニアの沿岸砲台から砲撃を受ける
 5月22日 イギリス政府はアルバニア政府に抗議
 イギリスは国際海峡の無害通航権を、アルバニアは外国軍艦の事前通告及び許可無しの領海通航は許されないと主張
 10月22日 イギリス艦隊(巡洋艦「モーリシャス」、巡洋艦「リアンダー」、駆逐艦「ソマレズ」、駆逐艦「ヴォレージ」がコルフ海峡を航行中、「ソマレズ」が触雷・損傷し、火災発生
 「ヴォレージ」も「ソマレズ」を曳航中に触雷し、艦首を損失
 乗員45名死亡、42名負傷
 「ソマレズ」は廃艦(スクラップ)となり、「ヴォレージ」は新しい艦首を装備
 イギリスはアルバニアに海峡の掃海を通告
 11月12日~11月13日 イギリスはアルバニアの同意を得ずに掃海作業を実施し、敷設された機雷22個を除去
1947(昭和22)年4月9日 安全保障理事会が国際司法裁判所(ICJ)への提訴を勧告
 5月22日 イギリスが国際司法裁判所にアルバニアを提訴
 イギリスは無害通行権が侵犯されたとして損害賠償を請求
 国際司法裁判所に付託された最初の事件
 7月23日 アルバニア政府はイギリスが4月9日の安保理勧告に従っていなかったとする7月2日付の書簡を提出
 12月9日 アルバニアは裁判所にイギリスの提訴を認めないように要請
 裁判所は要請を却下
1948(昭和23)年3月25日 判決(管轄権)
1949(昭和24)年4月9日 判決(本案)
 アルバニアは1946(昭和21)年10月22日のイギリス艦の損傷に対する責任があり、賠償の義務があると認める(賛成11、反対5)
 1946(昭和21)年10月22日のイギリス艦隊の海峡の通航はアルバニアの主権を侵害しない(2対14)が、11月のイギリスの掃海作業は主権を侵害している(賛成満場一致)、と認める
 11月17日 公聴会
 12月15日 判決(本案)
 裁判所はアルバニアを敗訴とし、イギリスへの賠償金84万3947ポンドの支払いを命じた
 アルバニアは支払いを拒否

 http://www007.upp.so-net.ne.jp/togo/dic/ko/corfucha.html

 【国際連合憲章】

 第37条〔付託の義務と勧告〕
 2 安全保障理事会は、紛争の継続が国際の平和及び安全の維持を危くする虞が実際にあると認めるときは、第36条に基く行動をとるか、適当と認める解決条件を勧告するかのいずれかを決定しなければならない。

 【テヘラン大使館事件】

 イランアメリカ大使館人質事件
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 イランアメリカ大使館人質事件とは1979年11月にイランで発生した、アメリカ大使館に対する占拠及び人質事件。
 1979年1月に、フランスのパリに亡命していた反体制派のルーホッラー・ホメイニーを指導者とするイスラム教十二イマーム派(シーア派)の法学者を支柱とする反体制勢力によるイラン革命が発生し、アメリカをはじめとする欧米諸国からの支援を元に、親欧米化路線を敷いていたパフラヴィー朝国王のモハンマド・レザー・パフラヴィーが政府専用機でエジプトへ亡命し、革命は成功した。
 エジプトに亡命していたパフラヴィー元国王はその後「がんの治療のため」にアメリカへの入国を求め、アメリカ政府は「人道的見地」からその入国を認め国王とその一行はアメリカに入国した。
 アメリカが元国王を受け入れたことに、イスラム法学校の学生らが反発し、11月4日にテヘランにあるアメリカ大使館を占拠し、アメリカ人外交官や警備のために駐留していた海兵隊員とその家族の計52人を人質に、元国王のイラン政府への身柄引き渡しを要求した。
 この学生らによる行動は、シーア派の原理主義者が実権を握ったイラン政府が裏でコントロールしていた。なお、人質になった外交官らは大使館の敷地内に軟禁状態に置かれ、行動の自由を奪われただけでなく、占拠当初は学生らから暴力さえ受けることとなった。
 当然これらの行為は「外交関係に関するウィーン条約」による、「接受国(大使館所在当該国)は、私人による公館への侵入・破壊及び公館の安寧・威厳の侵害を防止するために、適当なすべての措置をとる特別の義務を負う」(同22条2)という規定に違反していたため、イラン政府は諸外国からの大きな非難を浴びることとなった。
 しかしイラン政府は大使館の占拠を解くばかりかそれを支援し、これに対してアメリカのジミー・カーター大統領は、1980年4月24日から4月25日にかけて人質を救出しようと「イーグルクロー作戦」を発令し、軍事力により人質の奪還を試みた。
 しかし、作戦開始後に作戦に使用していたRH-53D「シースタリオン」ヘリコプターが故障した上に、ロッキードC-130 輸送機とヘリコプターが接触する事故が起き作戦は失敗した。これにイラン政府も態度を硬化し、事態は長期化する傾向を見せた。
 アメリカ政府は軍事力による人質の解放をあきらめ、元国王をアメリカから出国させるとともに、イスラム諸国などによるイラン政府への説得を試みるが、1980年7月に元国王が死去したことで、学生らによる大使館の占拠の理由が薄れ始める。
 その後アメリカで行われた大統領選挙で、再選を狙ったカーター大統領が共和党のロナルド・レーガンに敗北した。その後イランは仲介国と人質返還でアメリカと合意し、レーガンが就任しカーターが退任する1981年1月20日に、人質は444日ぶりに解放された。

 【国際連合憲章】

 第98条〔事務総長の任務〕
 事務総長は、総会、安全保障理事会、経済社会理事会及び信託統治理事会のすべての会議において事務総長の資格で行動し、且つ、これらの機関から委託される他の任務を遂行する。事務総長は、この機構の事業について総会に年次報告を行う。
 第99条〔平和維持に関する任務〕
事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる。

 【国際紛争平和的処理条約】

 第九条[任務]
 締約国ハ、名誉又ハ重要ナル利益ニ関係セス、単ニ事実上ノ見解ノ異ナルヨリ生シタル国際紛争ニ関シ、外交上ノ手段ニ依リ妥協ヲ逐クルコト能ハサリシ当事者カ事情ノ許ス限国際審査委員会ヲ設ケ、之ヲ公平誠実ナル審理ニ依リテ事実問題ヲ明ニシ、右紛争ノ解決ヲ容易ニスルノ任ニ当ラシムヲ以テ、有益ニシテ且希望スヘキコトト認ム。

 【ポーツマス条約】

 ポーツマス条約
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 ポーツマス条約は、日露戦争の講和条約。日露講和条約とも。1905年(明治38年)9月5日15時47分に、アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトの斡旋によって、アメリカ合衆国ニューハンプシャー州ポーツマス近郊のメイン州にあるポーツマス海軍造船所において、日本全権小村寿太郎とロシア全権セルゲイ・ウィッテの間で調印された。また、条約内容を交渉した会議(同年8月10日-)のことを 日露講和会議、ポーツマス会議、ポーツマス講和会議と呼ぶ。
 日露戦争において終始優勢を保っていた日本は、これ以上の戦争継続が国力の面で限界であったことから、当時英仏列強に肩を並べるまでに成長し国際的権威を高めようとしていた米国に仲介を依頼し交渉を行った。
 当初ロシアは強硬姿勢を貫き「たかだか小さな戦闘において敗れただけであり、ロシアは負けてはいない。まだまだ継戦も辞さない。」という主張を行っていたため、交渉は暗礁に乗り上げていたが、これ以上の戦争の継続は不可能である日本が譲歩し、この調停を成功させたい米国がロシアを説得するという形で事態を収拾し、戦争賠償金には一切応じないという最低条件で交渉は締結した。日本が困難な外交的取引を通じて辛うじて勝利を勝ち取った。
 この条約において、日本は、満州南部の鉄道及び領地の租借権、大韓帝国に対する排他的指導権などを獲得したものの、戦争中に軍事費として投じてきた国家予算の約4倍にあたる20億円を埋め合わせるはずの戦争賠償金は取得することができなかったため、戦時中に増税による耐乏生活を強いられてきた日本国民が日比谷焼打事件などの暴動を起こした。

  ポーツマス条約概要

 日本の韓国に於ける優越権を認める
 日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満洲から撤退する
 ロシアは樺太の北緯50度以南の領土を永久に日本へ譲渡する
 ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する
 ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する
 ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える

 【ドッガー・バンク事件】

 ドッガーバンク事件
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 ドッガーバンク事件(1904年10月21日深夜 - 22日未明)は、ロシア帝国のバルチック艦隊が、日露戦争に際して極東へ向かう途上、北海のドッガーバンクでイギリスの漁民を誤って殺傷した事件である。
 1904年、日本との戦争状態にあったロシアは、海上戦力で日本海軍に対抗するため、バルト海に駐留していたバルチック艦隊を極東へ向かわせることに決定した。10月15日、ロジェストヴェンスキー提督率いるバルチック艦隊はリバーヴァ軍港を出港した。
 日本は世界の海の支配者であるイギリスと同盟関係にあった(日英同盟)。そのためロシアは、日本艦隊が極東までのルート上のどこで奇襲攻撃をかけてくるかわからないと想像した。ロシアは世界各地でエージェントを雇い、日本艦隊の動向を監視させた。だがこれが裏目に出た。エージェントは報奨金目当てに、日本の水雷艇を発見したと世界各地から情報を送ってきたのである。
 デンマーク海峡を抜けて北海へ出たバルチック艦隊は神経過敏に陥っていた。バルト海を出ればイギリスの制海権下である。ロシアの雇ったエージェントはこの海域でも日本の水雷艇が待ち伏せしていると報告していた。日本側が偽情報を流していたとの証言も残る。
  事件の経過
 10月21日夕刻、バルチック艦隊は濃霧の中ドッガーバンク付近を進んでいた。この季節、朝晩の北海は濃霧に覆われることが多かった。工作船「カムチャッカ」が単艦で100キロあまり先行していたが、機関が故障したため遅れを生じ行方不明となっていた。21日午後8時45分、その「カムチャッカ」から旗艦「スワロフ」へ、「われ、水雷艇に追跡されつつあり」との無線通信が送られてきた。
 スワロフ:「何隻どの方向からか」
 カムチャッカ:「四方から」
 スワロフ:「水雷艇は何隻か。詳細を知らせ」
 カムチャッカ:「水雷艇約8隻」
 スワロフ:「距離は」
 カムチャッカ:「1ケーブル」(183メートル)
 「カムチャッカ」は通信を断ち、艦隊は緊張に包まれた。
 22日午前0時過ぎ、突然「戦闘配置につけ」のラッパが鳴り、次いで「水雷艇だ、魚雷攻撃だ」「駆逐艦だ、我々はやられた」という声が聞こえてきた。砲手は恐怖に襲われ暗い海面に向けてやみくもに発砲した。艦橋からは敵らしき多数の灯火が確認され、互いに発光信号を送っているように見えた。数隻の小型汽船が探照灯に照らし出され、うち1隻が戦艦「アレクサンドル3世」へ向けて突進してきたようだった。「アレクサンドル3世」と「スワロフ」は小型汽船に対して砲弾を浴びせかけ、これを撃沈した。
 ロジェストヴェンスキーはようやく何が起こったかを認識し、狂ったように怒鳴り続けた。「よくもこんな馬鹿なことがやれたものだ、よく見ろ、あれは漁船だ。」
 ドッガーバンクでは漁業が盛んで、イギリスのハル港から40から50隻のトロール船が毎日のように出漁していた。漁船は100トン程度で、それぞれ8、9人が乗り込んでいた。漁船団は確かに「にわとり艦隊」と呼ばれていた。だが言うまでもなく非武装の民間船である。
 この日いつものように「にわとり艦隊」がドッガーバンクで操業していると、遠くに軍艦が見え、次いでいきなり発砲してきた。漁民たちは驚き、「私は、自分たちが何者であるか示すために大きなカレイを指し示した。同僚はタラを示した」など努力したが無駄であった。漁船は魚網を切断して逃れようとしたが、運悪くロシア艦隊に接近しすぎた「クレイン」号が激しい攻撃を受けて沈没し、船長と乗員1人の合計2人が死亡した。「マイノ」号でも6人が負傷し、うち1人が半年後に死亡した。
 ロシア艦隊も落ち着きを取り戻した。戦艦「アリョール」は6インチ砲17発ほか砲弾500発を発射していた。「アリョール」から発射された砲弾のうち5発が防護巡洋艦「アウロラ」に命中し、従軍僧が片腕を失う重傷を負って後日死亡したほか数人が負傷した。装甲巡洋艦「ドミートリイ・ドンスコイ」も被害を受けた。
 漁船が半旗を掲げてハル港へ帰港すると群衆が押しかけてきた。さらにまずいことに、バルチック艦隊は犠牲者を救助しようともせず立ち去ってしまった。トラファルガー海戦記念日に発生したこの事件に対してイギリス世論は激高した。群衆はトラファルガー広場に集まり、野蛮人どもに対して断固たる措置を取るよう要求しデモを行った。新聞はバルチック艦隊を「海賊」「狂犬」と非難し、国王エドワード7世も「最も卑怯な暴行事件である」と報告書の余白に書き加えた。
 一方で日本の株は上がった。ハル市で死亡した漁師の葬儀が行われた日、時機を失せずに東京市長尾崎行雄から弔電が送られてきた。駐英日本公使の林董は、ドッガーバンクでの事件に日本人はまったく関与していないと公式に声明を出した。
 ドーバー海峡をそ知らぬふりで通過したバルチック艦隊に対して、イギリス海軍は巡洋艦隊を出撃させ、スペインのビーゴ港まで追尾させた。イギリス政府はスペイン政府に対して、バルチック艦隊へ石炭はおろか真水さえも供給するなら中立違反と考えるとの警告を送り、英露間に緊張が走った。
 ビーゴ港において、ロジェストヴェンスキーはバルチック艦隊の行動について、「海面に2隻の水雷艇が存在していたために偶発的に生じた」と説明し、「別の行動を取ることが不可能だったと思われる環境」で生じた犠牲者に対して「衷心から哀悼の意を表する」と謝罪を行った。ともかくイギリスでは一時的な興奮は収まった。
 事件の認定のため、12月にパリで国際審査委員会が開催された。そしてその審査の報告書では、「カムチャッカ」が事件の前にも数隻の外国船に対して発砲していた事実が明かされ、責任の所在や程度がそこで言及された。
 ロシア政府は死亡または負傷した漁民への補償として6万5,000ポンドを支払い、かつ沈没したトロール船の代わりに新しい船を提供することに同意した。
 この事件により、市民レベルで反露・親日の機運が盛んとなり、イギリス本土も植民地も「バルチック艦隊」の入港を拒否。また、イギリスが支配し当時の船の主力燃料である「無煙炭」の補給も拒否した。この無煙炭の補給途絶により、日本海海戦時には数ノット船足が落ちたとされ、これが追撃戦で日本が一方的な戦果を挙げた一因とされている。また、バルチック艦隊の日本海進出時には満足な補給も保養もなく、相当に疲弊しきっていたと思われる。

 【ノックス条約】

 調停(ちょうてい)
  [ 日本大百科全書(小学館) ] .

 国際調停の構想が登場したのは、アメリカの締結した1911年のノックス条約や、13年のブライアン条約が最初であるが、24年ごろから多くの調停条約が結ばれ、28年の国際紛争平和的処理一般議定書のなかでも、調停制度は重要な地位を与えられた。実際に調停に付された紛争は多くはないが、ふたたび調停制度を評価する傾向がみられる。たとえば海洋法条約では、紛争の強制的解決手続と並んで、ある種の紛争については当事国の選択により調停による解決手続を認め、条約法条約では条約の無効や終了に関する紛争については調停委員会に付託するものとされ、また、国際人権規約(B規約)では、人権委員会によって解決されない紛争については特別調停委員会に付託するものとされている。
[ 執筆者:石本泰雄 ]

 【ブライアン条約】

 ブライアン条約
  [ 日本大百科全書(小学館) ] .Bryan Treaties

 1913年、W・J・ブライアンがアメリカ国務長官に就任して以来、外国と締結する条約のなかに、「外交上の調整手段に失敗した時は、常設国際委員会に付託して調査および報告」をなさしめて解決し、武力行使を避ける条項を挿入した。国際紛争の平和的解決手段として、国際審査制度を強調し、武力行使を避けることをうたったことから、この種の条約を「ブライアン条約」とよんでいる。
[ 執筆者:經塚作太郎 ]

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国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その一 「紛争の平和的解決」

 【国際連合憲章】

 署名 1945年6月26日(サン・フランシスコ)

 第2条〔原則〕
 3 すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。 

【国際紛争平和的処理条約】

 署  名 1907年10月18日(ヘーグ)

 第一条[平和的処理の約定]
 国家間ノ関係ニ於テ兵力ニ訴フルコトヲ成ルヘク予防セムカ為、締約国ハ、国際紛争ノ平和的処理ヲ確保スルニ付、其ノ全力ヲ竭サムコトヲ約定ス。

 【不戦条約】

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 不戦条約(「戦争抛棄ニ関スル条約」)は、第一次世界大戦後に締結された多国間条約で、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し、紛争は平和的手段により解決することを規定した条約。
 1928年(昭和3年)8月27日にアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強諸国をはじめとする15か国が署名し、その後、ソビエト連邦など63か国が署名した。フランスのパリで締結されたためにパリ条約(協定)あるいはパリ不戦条約と呼ぶこともあり、また最初フランスとアメリカの協議から始まり、多国間協議に広がったことから、アメリカの国務長官フランク・ケロッグと、フランスの外務大臣アリスティード・ブリアン両名の名にちなんでケロッグ=ブリアン条約(協定)とも言う。戦争の拡大を防ぐために締結されたとされるが、一方で欧米列強の自国の植民地を守るために作った国際法だという見方がある。
 不戦条約は、期限が明記されていないため、今日においても国際法として有効であるとされる。もっとも、加盟国の多くが自衛権を留保しており、また違反に対する制裁もないためその実効性は乏しい。
 当時、日本は田中義一内閣で、山東出兵や張作霖爆殺事件などの中国での武力行使に諸外国の批判が高まっていたことから、全権として元外務大臣内田康哉を参加させて調印した。しかし、調印にあたって日本国内では、その第1条が「人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言」するとされていることから、枢密院や右翼から大日本帝国憲法の天皇大権に違反するとする批判を生じ、新聞でも賛否両論が起こった。そのため外務省はアメリカに修正を申し入れたが、修正には応じられず、人民のために宣言すると解釈するとする回答を得たに止まったので、日本政府は、1929年(昭和4年)6月27日、「帝国政府宣言書」で、該当字句は日本には適用しないことを宣言し、27日に批准された。実際に発効されたのは田中内閣総辞職後の同年7月24日であった。その後、日本の起こした満州事変についても日本側は自衛のための措置としたが、諸外国を納得させることは出来ず、国際連盟で非難決議があり、日本の国際連盟脱退に至った。
 日本国憲法第9条第1項は不戦条約第1条の文言をモデルにして作成された。

【戦争ノ抛棄ニ関スル条約(パリ条約、ブリアン=ケロッグ規約)の現代語訳】

 昭和4(1929)年7月25日 条約第1号
 昭和4(1929)年7月24日 発効
 (昭和4年 外務省告示第64号)
 以下のページから抽出しました。

  http://www7.ocn.ne.jp/~tomoni/jouyaku.htm#parigendaigo

 ドイツ国大統領、アメリカ合衆国大統領、ベルギー国皇帝陛下、フランス共和国大統領、グレートブリテン、アイルランド及びグレートブリテン海外領土皇帝インド皇帝陛下、イタリア国皇帝陛下、日本国皇帝陛下、ポーランド共和国大統領、チェコスロヴァキア共和国大統領は、
 人類の福祉を増進すべきその厳粛な責務を深く感銘し、
 その人民の間に現存する平和及び友好の関係を永久にするため、国家の政策の手段としての戦争を率直に放棄すべき時期が到来したことを確信し、
 その相互関係における一切の変更は、平和的手段によってのみ求めるべきであること、又平和的で秩序ある手続きの結果であるべきこと、及び今後戦争に訴えて国家の利益を増進しようとする署名国は、本条約の供与する利益を拒否されるべきものであることを確信し、
 その範例に促され、世界の他の一切の国がこの人道的努力に参加し、かつ、本条約の実施後速やかに加入することによって、その人民が本条約の規定する恩沢に浴し、これによって国家の政策の手段としての戦争の共同放棄に世界の文明諸国を結合することを希望し、
 ここに条約を締結することにし、このために、左のようにその全権委員を任命した。
ドイツ国大統領
外務大臣 ドクトル グスタフ ストレーゼマン
アメリカ合衆国大統領
国務長官 フランク B ケロッグ
ベルギー国皇帝陛下
外務大臣兼国務大臣 ポール イーマンス
フランス共和国大統領
外務大臣 アリスティード ブリアン
グレートブリテン、アイルランド及びグレートブリテン海外領土皇帝インド皇帝陛下
グレートブリテン及び北部アイルランド並に国際連盟の個々の連盟国でない英帝国の一切の部分
ランカスター公領尚書外務大臣代理 ロード クッシェンダン
カナダ
総理大臣兼外務大臣 ウイリアム ライオン マッケンジー キング
オーストラリア連邦
連邦内閣員 アレグザンダー ジョン マックラックラン
ニュージーランド
グレートブリテン駐在ニュージーランド高級委員 サー クリストファー ジェームス パール
南アフリカ連邦
グレートブリテン駐在南アフリカ連邦高級委員 ヤコブス ステファヌス スミット
アイルランド自由国
内閣議長 ウイリアム トーマス コスグレーヴ
インド
ランカスター公領尚書外務大臣代理 ロード クッシェンダン
イタリア皇帝陛下
フランス国駐剳イタリア国特命全権大使 伯爵 ガエタノ マンゾニ
日本国皇帝陛下
枢密顧問官 伯爵 内田康哉
ポーランド共和国大統領
外務大臣 アー ザレスキー
チェコスロヴァキア共和国大統領
外務大臣 ドクトル エドゥアルド ベネシュ
 よって、各全権委員は、互いにその全権委任状を示し、これが良好妥当あること認めた後、左の諸条を協定した。

第一条
 締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えないこととし、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。

第二条
 締約国は、相互間に起こる一切の紛争又は紛議は、その性質又は起因のがどのようなものであっても、平和的手段以外にその処理又は解決を求めないことを約束する。

第三条

 本条約は、前文に掲げられた締約国により、各自の憲法上の用件に従って批准され、かつ、各国の批准書が全てワシントンおいてに寄託せられた後、直ちに締約国間に実施される。

 本条約は、前項の定めにより実施されるときは、世界の他の一切の国の加入のため、必要な間開き置かれる。一国の加入を証明する各文書はワシントンに寄託され、本条約は、右の寄託の時より直ちに当該加入国と本条約の他の当事国との間に実施される。

 アメリカ合衆国政府は、前文に掲げられた各国政府、及び実施後本条約に加入する各国政府に対し、本条約及び一切の批准書又は加入書の認証謄本を交付する義務を有する。アメリカ合衆国政府は、各批准書又は加入書が同国政府に寄託されたときは、直ちに右の諸国政府に電報によって通告する義務を有する。

 右の証拠として、各全権委員は、フランス語及び英語によって作成され、両本文共に同等の効力を有する本条約に署名調印した。
1928年8月28日、パリにおいて作成する。
(全権委員署名 省略)

 宣言
 (昭和四年六月二十七日)

 帝国政府は、1928年2月27日パリにおいて署名される、戦争抛棄に関する条約第一条中の「其の各自の人民の名に於いて」という字句は、帝国憲法の条文により、日本国に限り適用されないものと了解することを宣言する。

 【国際連合憲章】

 第33条〔平和的解決の義務〕
 1 いかなる紛争でもその継続が国際の平和及び安全の維持を危くする虞のあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他の当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない。
 2 安全保障理事会は、必要と認めるときは、当事者に対して、その紛争を前記の手段によって解決するように要請する。

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