文化・芸術

2013.07.17

エミさん、ユリさんへ 漫画「花より男子」を読みたい 二〇一三年七月十六日

エミさん、ユリさんへ 漫画「花より男子」を読みたい 二〇一三年七月十六日

 勉強、ブログのアップ、ビラの配布と力投した一日でした。

 きょう、ちらっとテレビをみたら「花より男子」をやっていました。
 うーん、これっておもしろそう。
 しばらくしてから漫画の、を買って読んでみようと思っています。

 【参考】

  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E3%82%88%E3%82%8A%E7%94%B7%E5%AD%90

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.07.15

【近現代文学の勉強】志賀直哉 『十一月三日午後の事』を読んで。

 【あらすじ】

 一九二〇年一月の作品です。
 一九一八年十一月三日、自分が住んでいる千葉県我孫子では七十三度(華氏)にのぼっていました(摂氏で二十二・五度)。この日、自分と従弟は、カモを買いに行き、途中で陸軍の騎兵、歩兵の演習を目撃します。外套(がいとう)を着て背嚢(はいのう。革製の四角いリュックサック)を背負い、肩に銃を担いでいる兵隊たちは暑さのため、ばたばたと倒れてしまいます。
 〈「止っちゃいかん」と士官が大きい声で言った。流れの水が石で分れるように人々は其処で二つに分れて過ぎた。人々の眼(め)は倒れた人を見た。しかし黙っている。みんなは見ながら黙って急ぐ。
 「おい起(た)て。起たんか」頭の所に立っていた伍長(ごちょう)が怒鳴(どな)った。一人が腕を持って引き起こそうとした。伍長は続け様(ざま)に怒鳴った。倒れた人は起きようとした。俯(う)つ伏(ぶ)しに延び切った身体を縮めてちょっと腰のところを高くした。しかしもう力はなかった。すぐたわいなくつぶれてしまう。二、三度その動作を繰り返した。芝居で殺された奴が俯つ伏しになった場合よくそういう動作をする。それがちょっと不快に自分の頭に映った。倒れた人は一年志願兵だった。ほかの兵隊から見ると背も低く弱そうだった。
「これは駄目(だめ)だ。物を去(と)ってやれ」と士官が云った。踏切番人のかみさんが手桶(ておけ)に水をくんで急いで来た。自分はそれ以上見られなかった。何か凶暴に近い気持が起って来た。そして涙が出て来た。〉
 この作品は、この事件の描写が中心で、買ったカモが半死に状態になったこと事件と重ねあわせます。

 【考察】

 一つの出来事を見つめて細かく描写して作品として仕上げる志賀の手腕に感心しました。
 十一月三日は、明治天皇(最初の大元帥)の誕生日にあたり天長節という祭日でした(その後、明治節→文化の日)。この日付を題名にして、この日に、こんな不快なことがあったよと書くのは勇気のいることだったと思います。
 一九一八年十一月三日といえば、三か月前の八月二日、政府はシベリアへの出兵を宣言しました。それと同時期にコメの価格急騰にともないコメよこせの運動が全国で起こっています。参加者は数百万人を数え、鎮圧のため三府二十三県で十万人以上の軍隊が投入されました。こういう状態のもとでの演習でした。 
 なお、作品で自分が中学校時代の行軍のことを思い起こすシーンがありますが、志賀は一八九五年、宮内省直轄の学習院中等科(六年制)に入学します(七年間在学)。この時代に、ここでは行軍がおこなわれていたようです。中学校などでの学校での軍事教練は一九二五年に始まっています。

 【参考文献】

・志賀直哉『清兵衛と瓢箪 小僧の神様』。集英社。一九九二年二月二十五日。
・米騒動については
 http://ja.wikipedia.org/wiki/1918%E5%B9%B4%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95(二〇一三年七月十五日閲覧)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.07.09

天皇制政府の内務省に禁止処分にされた一九九三一年版、一九三二年版の『日本プロレタリア詩集』

 「天皇制政府の内務省に禁止処分にされた一九九三一年版、一九三二年版の『日本プロレタリア詩集』」についてまとめました。

 お読みくだされば幸いです。

「purokenetu.pdf」をダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.06.28

金井新作の「戦争」 「行きたくありません」

 金井新作は、一九二八年十月二十一日に「戦争」を書いています。

 同年四月十九日、日本は国内の反対論をおしきって第二次山東出兵を強行していますが、そうした状況を反映した詩です。

 ――何故戦争に行きたくないと云うのか。

 ――殺さずにいられない気持ちが自分の中に動いてもいないのに、見もしらぬ人と殺し合わなくなるのが厭[いや]だからです。

 ――みんな喜んで召集に応じて来るではないか。

 ――嘘です。

 ――群衆はあんなに熱狂しているではないか。国中は沸〈わ〉き立っているではないか。

 ――瞞[だま]されているんです。

――瞞された位で、あんなに心底から熱狂出来ると思うのか。

――心底から?

――心底からだ。

――若しそうならたとえ瞞されているとしても、私は沈黙します。だが一人でも無理矢理引き摺()り出されて、仕方なく群衆に和している者があったなら、あなた方を憎悪します。

――憎悪した所で、どうにもなりはしないではないか。

――憎悪する者が無数に生まれてもですか。

――黙れ! 戦争はもう始まっている。お前も召集されているではないか。否(いや)でも応でも行かなければならないではないか。

――行きたくありません。

――銃殺するぞ!

――行きたくありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【反戦詩】 大道寺浩一は、一九三三年二月の『戦列〔詩・パンフレット第三輯〕』に「軍服を着た百姓」を発表しました。

 大道寺浩一は、一九三三年二月の日本プロレタリア作家同盟出版部刊『戦列〔詩・パンフレット第三輯〕』に「軍服を着た百姓」を発表しました。

 雪に閉ざされた茅屋(ぼうおく)の村々
 激流は山に谺(こだま)し
 空を蔽う雲は胸に群る暗さ
 百姓のくらしは飢え凍えても
 皇軍のいさおしを伝えられる冬
 山脈を殴る北国の吹雪の荒れ狂う日      
 おれは君の名誉の戦死を報らされた

 村のため、国家のためじゃ!
 勇敢なる宮(×)城連隊、東北の健児よ!
 地主の村長はそれを伝え
 村葬の花輪に飾られた君の白骨よ
 君の親父の泪(なみだ)はその誉れにかわき
 二千円の金一封を戴く手は慄え
 それを見るおれの心は戦(おのの)いた!

 おお! 三ヵ月前の君よ
 おれ達は田を奪われた仲間達と
 村有の不毛地を借りて耕した
 いくらかでもの来年の収穫(とりいれ)をあてにしながら
 新田を拵らえるおれだちの手は凍え
 鍬先はひっきりなしに砂利を嚙んだ
 霜柱のとけぬその日
 君は一枚の赤い紙切れを受取った
 一九三二年十月 万歳の轟く停車場で
 親父の皺は君の泪をそそり
 女房の鳴咽(おえつ)は顔を曇らせた
 だがおれたちに差しのべた握手の手は固く
 その眼は虐げらるる者の怒りに満ち
 銃剣を持つ決意はおれたちのものだった

 戦線からの音信(たより)はたった一度――
 雪に埋れた茅屋の中で
 仲間達と語る藁仕事の合い間に
 堆肥をつけた橇を曳きながら
 おれたちはどんなに君を思うていたことか!
 ああ! 飢え凍える川添いの村に
 君は今 名誉の戦死者

 共に語り 共に働いた仲間よ
 ソヴェートの国、
 シベリヤの凍原(ツンドラ)から吹き荒ぶ風に
 蒙古の砂漠を砥めて来る寒風に
 君の孤独は何を孕んだのか?
 荒涼とした草原の上
 北満の野に垂れ下る空は低く
 動くものは灰色の雲と銃剣持てる百姓
 僅かにもりあがるみみず腫れの丘の陰から
 隼(はやて)のように襲いかかる一団
 領土を死守するパルチザンに
 君は銃剣を振りかざしたのか?

 川鳴りの冴え響くころ
 雪の曠野に青空が浮かんだ朝
 君の葬式が済んでから七日目
 窃(ひそ)かにに君の遺族を訪れた二人の憲(×)兵
 やがて、彼等は橇を走らせながら
 おれたちの組合、
 全農××県連×××支部にやって来た
 おお! おれたちと共に語り共に働いた君よ
 今こそおれたちははっきりと知ったのだ!

 豊饒なる満洲国 我が生命線を守るとて
 おれたちの仲間中国の百姓を虐殺(×)するために
 銃剣の嵐を捲き起す日(×)本帝国主義
 白馬の蹄に銃(×)口を向け(××)て斃れたる君
 おお! おれたちの名誉の戦死者よ
 君の白骨よ 党(×)の礎
 礎に誓う幾百万のおれたち!
 ――北国の吹雪は飢餓の嵐
 心には憎悪を刻み 胸には血にいろどられた花輪
 おれたちはそれを手向けて――
 君の白骨に静かなる黙禱を捧げる!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【反戦詩】 高橋基の「支那兵の死骸に ―北満、昂昂渓より六里の戦線にて―」。

 高橋基は『プロレタリア詩』一九三二年一月号で「支那兵の死骸に ―北満、昂昂渓より六里の戦線にて―」を発表しました。

 どす黒い血(×)が流れているこいつの五体は
 おいらと同じ匂いがする
 こいつの手はゴッゴッだ
 歯をくいしばった面は
 じっと、おいらを見つめている
 こいつは中国の飢えた貧農だろう
 おいらも同じ日本の小作人だ。

 おいらの銃(×)はこいつを打ち倒した
 うらみなんか、ねえ、こいつを―
 なのに殺(×)さにゃならなかったんだ
 おいらは万歳と拍手に送られ
 中国の兄弟を殺(×)しに来たのか!
     
 この戦争(××)は
 兄弟を殺(×)し会うためにあるのか!
 兄弟!
 もうすぐ夜明けだ
 その時、おれたちはきみをふみ越えて前進するだろう
 きみは凍った大地にめり込むだろう
 だが、きみのいかり
 おれたち千万の仲間のいかりは
 奴等のあばらを貫く銃弾(××)となるぞ

 氷点下三十度の蒙古風。
 鉄カブトもけしとベ
 防寒服もぬぎ捨てろ
 ゴツいはだかの腕を握りしめる
 この筒先はおれたちの背後の敵(×)へだ!

 きみ、
 中国の兄弟!
 今、大陸の大地はねむっている
 だが、聞け
 この北満にとどろくおれたちの叫びを。
 おいらは日本の兄弟に呼びかけるぞ
 中国の兄弟に呼びかけるぞ
 殺し合いをやめろ!
 敵(×)は奴等ブルジョア共だ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【反戦詩】 宮木喜久雄の『戦旗』一九二八年十月号の「勲章」。

  宮木喜久雄(一九〇二年~)は、『戦旗』一九二八年十月号に「勲章」を発表しています。
   
 それは眼に止らない位の小さな新聞記事だ
 戦死病歿した六十三人の兵隊に
 勲章をくれる記事だ
 直接交戦に戦死したものには一番いい勲章を
 流弾にやられたものには少しいい勲章を
 日射病やチブスで死んだものには安い勲章を呉れるのだ
 六十三人の息子が死んだかわりに
 百二十六人の両親が またその兄弟 息子が
 勲章一つを貫うのだ。          
 勲章一個は何銭かで出来る
 有難い年金で米の幾升かは買える
 それが苦労して育てて来た息子の代価だ
 夫をとられた妻の手にこっそり残ったものだ。 
 やがて無名戦死者の碑に花環が飾られるだろう
 その前で小学生たちは
 敵を呪う弔詞を教えこまれ 頭を下げさせられるだろう
 雇われた楽隊は悲しみの曲を高々と吹奏するだろう
 この時 これらの小さな魂に
 駄菓子に似た勲章を貰うためには
 このように死ななければならないと馬鹿共が教えこむだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.06.27

【反戦詩】 今野大力(こんの・だいりき)の「凍土を噛む」。

 今野大力の詩「凍土を噛む」が『プロレタリア文学』一九三二年二月号に載りました。〈兵士(××)は故国ヘ/おれたちの仲間/中国の仲間/そしてソヴェート・ロシアの仲間の/共同の戦線(××)こそ勝利(××)を固(×)めよ」と歌っています。

 土に噛りついても故国は遠い
 負いつ 負われつ
 おれもおまえも負傷した兵士
 おまえが先か
 おれが先か
 おれもおまえも知らない
 おれたちは故国へ帰ろ(××)う
 おれたちは同じ仲間のものだ
 お前を助けるのは俺
 俺を助けるのはお前だ
 おれたちは故国へ帰(××)う
 この北満の凍土の上に
 おれとお前の血(×)は流れて凍る
 おお赤い血(×)
 真紅のおれたちの血(×)の氷柱(つらら)

 おれたちは千里のこなたに凍土を嚙む
 故国はおれたちをバンザイと見送りはしたが
 ほんとうに喜こんで見送った奴は
 俺達の仲間ではない
 おれたちは屠殺(××)場へ送られてきた
 馬
 豚
 牛だ!
 いつ殺さ(××)れるかも知らない
 おれたちは今殺さ(××)れかけている

 おれたちは故国へ帰ろ(××)う
 土に嚙りついても故国は遠い
 だがおれたちは故国へ帰ろ(××)う
 戦争とはこういうものだ
 戦地ではおれたちの仲間がどうして殺さ(××)れたか
 あんな罪もない者を
 殺す(××)のがどんなに嫌でも
 何故殺(×)せと命(×)ずるのか
 殺す(××)相手も
 殺さ(××)れる相手も
 同じ労働者の仲間
 おれたちにはいま仲間を殺す(××)理由はない
 この戦争(××)をや(×)めろ

 兵士(××)は故国ヘ
 おれたちの仲間
 中国の仲間
 そしてソヴェート・ロシアの仲間の
 共同の戦線(××)こそ勝利(××)を固(×)めよ

 おお おれたちは今銃創の苦るしさに凍土を嚙み
 傷口から垂れた血(×)の氷柱を砕きつつ
 故国の仲間に呼びかけたい
 おれたちは故国へ帰ろ(××)う
 お前もおれもがんばろう

 今野大力は、天皇制政府による激しい弾圧のもとで、反戦平和と国民が主人公の世の中をつくるために、最後まで命がけでたたかった日本共産党員の詩人です。
 今野は、一九〇四年に宮城県丸森町に生まれ、三歳のとき北海道旭川に移住。父母は馬車鉄道の待合所をかねて雑貨店を営みますが、貧しい中で弟や妹を出生間もなく失います。しかし、今野は、逆境にめげず、幼少のころから心やさしく、仲間たちからも慕われました。旭川時代から郵便局などで働きながらも向学心に燃えて独学に励み、十七歳のころからは叙情性の豊かな作品で詩人としての才能が認められ、文学活動をつづけるなかで、民衆の生活への社会的関心をつよめていきます。
 一九三一年九月、中国東北部への侵略(満州事変)が始まると、今野は、「日本プロレタリア文化連盟(コップ)」(同年十一月結成)でひるまずたたかいました。
 一九三二年三月、文化運動の広がりと発展にたいして、天皇制政府は、文化活動家四百四人を逮捕。今野は駒込警察署での拷問がもとで、人事不省におちいり釈放されます。健康を害した今野は、奇跡的に回復すると、屈することなく、小林多喜二の虐殺、今村恒夫逮捕の後の「赤旗」(せっき)配布などに参加し、一九三三年には野呂栄太郎、宮本顕治の推薦で日本共産党に入党します。しかし、ふたたび結核が悪化し、一九三五年六月十九日、三十三歳で永眠しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【反戦詩】上野荘夫の「支那へ行くのか」。

  上野荘夫は「支那へ行くのか」という詩を書いています(『文芸戦線』、一九三七年九月号』。同年同月一日。文芸戦線社)。これは、戦士として中国に派兵される労働者、農民への反戦の呼びかけです。

 兵士よ!
 汗と埃に塗れたからだをひきづつて
 お前達は支那へ行くのか
 たくましい腕には銃を握り
 背嚢には重い弾薬を填め込み
 心臓には黄色の支那に対する侮辱と憎悪とを燃して
 兵士よ!
 お前達は支那へ行くのか

 かつてお前達の腕は
 埃で薄暗い工場に輪転機のハンドルを握り
 真夏の太陽が油のやうに焼けつく街路に
 ハンマアを振りあげてゐた
 それから麦の刈取られた段々畑に、水田に
 お前達の手には残らぬ収穫の種を蒔いてゐたのだ
 今、お前達のたくましい腕は
 恐ろしい銃を握つてゐる!
 おお、お前達は支那へ行くといふのか?
 病み衰へた母親を捨てて
 町へ買はれて行つた妹達を捨てて
 それから泣き叫ぶお前の子供らを捨てて
 支那の労働者たちを○○○○ために
 他でもない、彼らを○○○○ために

 昨日まで、そして今日も
 お前達の背中には
 残酷な地主の鞭が唸つてゐるのだ!
 非道な資本家どもの搾取機が備へつけられてゐるのだ!
 払つても払ひ切れぬ重税と
 耐えても耐え切れぬ迫害とが覆ひかぶさってゐるのだ!
 そいつを、
 散々お前達を苦しめ抜いてゐるそいつを、
 何時の間にお前達は忘れてしまつたのだ?
 昨日までお前達は
 あいつ等を憎んでゐたではないか!
 あいつ等をやつつけようと思つてゐたではないか!
 その反抗を、その憤怒を、
 何時の間に忘れてしまつたのだ、お前達は。

 兵士よ!
 「○○○」とは自分の国を愛することだといふのか?
 自分の国を愛することは
 お前達自身を、お前達の両親を、仲間を、子供らを、
 お前達の畑や、工場を、
 愛することだといふのか?
 さうなのか?
 よろしい、俺は言はう!
 それはかうなのだ
 おれ達をぶちのめした地主どもを
 おれ達を胡魔化してゐる坊主どもを
 おれ達を散々いぢめぬいたあいつ等を
 愛するといふことなのだ!

 昨日まで、お前達の心臓は
 あいつ等に対する歯を喰ひしめた憎悪で
 忍従に耐えられなくなつた叛逆で
 圧迫された生活の苦痛で
 絶望からの自暴自棄で
 破裂しさうになつてゐたのだ!
 その憎悪を、叛逆を、苦痛を、自暴自棄を、
 お前達は支那へ持つて行かうといふのか?
 お前達と同じ憎悪から、叛逆から、
 振い立つた支那の兄弟を○○○○に行くといふのか?
 お前達のやうにぶちのめされてゐる支那の民衆を、
 お前達をぶちのめしたあいつ等のために
 ○○○○に行くといふのか?

 兵士達、兄弟よ!
 今、お前達が何をしようとしてゐるか
 考へて見るがいい!
 あいつ等の口実や
 あいつ等の胡魔化しを信ずるな!
 兵士達、愛する兄弟よ!
 誰がそれを命令しようとも、
 誰がそれを強制しようとも、お前達は
 「敵」のために、「味方」を殺しはしないだらう!

 さうだ!
 お前達はよく知つてゐるのだ!
 誰がお前達を戦争に追ひやるか、
 誰がお前達に「味方」を殺させるか。
 さうだ!

 お前達は支那へ追ひやられるだらう
 お前達は銃を持たせられるだらう
 だが、
 お前達の持つてゐる武器は
 憎むべきあいつ等を、お前達の真実の「敵」を、
 ○○○○ことが出来るのだ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.06.25

【反戦詩】 佐藤さち子は「田をうないつつ」。「おらア女でも野良着の便衣隊だ」。

 佐藤さち子は「田をうないつつ」を『プロレタリア文学』一九三二年四月作品増刊号に発表しました(北山雅子名で)。
 戦死した兄に思いをはせて反戦を誓う妹を歌っています。

 野良に早春の風が吹くど。
 今日もしきりと雲雀奴(ひばりめ)がさえずってるが
 ガッチャリと振り下ろした万能で
 昨年の根っ子を掘り返し乍ら
 おらが胸はむれ返るだ
 おっ母ア煙草を吸いつけなれや
 んー
 振り返りもせず黙々と万能を振るおっ母。

 この田が青田のままで差押さえられた時
 立入禁止の立札を引抜いて、へし折った兄ちゃんだったが。
 共同耕作と云えば真先に
 鍬をかついで出掛けて行く兄ちゃんだったが。
 昨年の秋。拘留の中から召集され
 間もなく受けとった戦死の報せ。

 おっ母は五黄の寅年生れ
 うこん木綿を持ち廻り
 一針一針愚痴まじりに年の数ほど縫い
 人様の顔を見れば、針を押しつけ
 縫い綴った千人縫も送ったが
 前からか
 背後からか
 とんで来た弾丸を防ぐどころか。

 今朝
 新家(しんや)のお茶に招ばれた時
 ふと眼についた新聞の写真
 ――これが勇士の母親だ――と、
 泣き笑いしたおっ母のかお。
 「お前ん家のおっ母は幸福者だぞや
 息子のおかげで、ほれ新聞さまであげられて」
 新家のご内儀は、苦もなく鼻の先で振って見せたが。

 兄ちゃんは名誉の戦死
 気の強いおっ母は、涙もこぼさないが
 あれから、ろくろく口もきかず
 万能振りつつ低声(こごえ)でつぶやく
 ――ここは御国を何百里――
 遠い満洲で戦死した勇士の
 母と妹は
 日手間稼いで芋粥すするだ。

 おっ母の一人息子、
 分骨された骨も 誰のもんだか
 おっ母、チャンコロを憎むのは止そうよ、
 「支那の仲間を殺したくない」と
 兄ちゃん手紙にも書いてあったが。
 兄ちゃんを殺(×)したのは兄ちゃんに
 爆弾を背負わせた奴(×)等だ

 おっ母。
 振り上げる万能は鉄砲のように重い
 今こそ泥に塗れ地主の田をうなってるが
 おらア女でも野良着の便衣隊《※》だ
 なあ おっ母
 野良に
 早春の風が吹くぞ。
 
 ※日本軍に抵抗するために、平服のまま一般市民にまぎれ、襲撃や宣伝などをした中国人の部隊。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧