● 【連載 父は水中の特攻隊員でした】 ⑦ 高知県戸波[へわ]から高知市帯屋町まで自転車で…。
戸波[へわ]から高知市帯屋町まで自転車で…
ところで、矢野が小学校五年生の時、父と母が、戸波[へわ]から高知市帯屋町一丁目に引っ越しました(当時は、新開地といいました)。
新開地は、堀詰の鳳館裏小路を入り、帯屋町に抜ける一帯のことです。射的場、玉つき場、立ち食い店、楽器店、絵はがき屋、カフェもある繁華街でした。
母は、この一角で大衆食堂を経営するようになりました。
父は、この食堂の手伝をしながら日本生命の保険の勧誘員を始めました。
四人の子どもたちは、しばらくは祖父母たちと戸波で暮らしました。
矢野は、父母に会いたくて毎週のように、土曜日の午後、自転車を戸波から高知市帯屋町まで走らせました。延々十八キロ。仁淀川を渡り、荒倉山、または針木の山を越えてペダルをこいだのです。
一泊して日曜日の夜、戸波に帰ってきました。
時間もかかりましたが、台風の日にもいきました。
矢野は、高知市永国寺の高知県立高知工業学校(五年制)へ進学たいと考えようになりました。そこで学んで機械の技術を生かす仕事について「偉い人」になりたいと思っていました。
小学校六年生になると進学する矢野ら四人(内女子は一人)が放課後に受験の特訓教育を受けました。
その女子と帰りの方向が一緒だったので、一緒に帰りました。少し離れて、お互いに黙りこくって歩きました。別れ際に「さよなら」「さよなら」と声を交わしました。矢野の淡い思い出です。
(藤原尋子・義一)
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